第96話 激突、黒瞳王vs騎士王 3
「構えよ、天翼騎士団! 我らは守るのではない! 攻めるのだ!」
騎士団長シャイアの呼び声に応じて、翼の紋章が刻まれた鎧姿たちが陣形を組む。
「弩弓の陣!」
それは、翼を持つ鳥のような形の陣形。
その先端にシャイアがいる。
戦乙女の異名を持つ彼女は、天翼騎士団でも最強の使い手。
故に、騎士団長である彼女を切っ先とする攻撃的な陣形こそが、天翼騎士団の武器なのであった。
「なんかゾワゾワする! 魔猪騎士団、盾の陣形全開!」
「ブーッ!!」
ジュギィの命令に答えて、魔猪騎士団が駆け出した。
陣形を維持したままの移動である。
オークの膂力と体力があればこそ、可能となる。
「射出ーっ!!」
「みんな守ってー!!」
「ブーッ!!」
弩弓の陣形の力で、シャイア自身が光の矢となって襲いかかってくる。
これを受け止めたのが魔猪騎士団だ。
全員が一丸となり、分厚い盾の陣形を作り上げる。
「ブ……ブブーッ!」
だが、オークの軍勢であっても、陣形の力を受けたシャイアの一撃には押されてしまう。
魔猪騎士団全軍が、地面を削りながら僅かに後退させられた。
「戦馬騎士団! 行ってー!」
「うおおおーっ!!」
駆け出す、ケンタウロス軍団。
彼らには、難しい陣形の動きなどまともにできない。
ファランクスの陣形をやっと覚えただけである。
だが。
「うおおおおーっ!!」
勢いと、生来の突進力がある。
ファランクスの陣形は、本来ゆっくりと進みながら戦場を面で制圧していくものである。
だが、戦馬騎士団のファランクスは速い……!
「な、なんだ!?」
天翼騎士団が迎撃体制を整える前に、猛烈な勢いのファランクスがその横っ腹にぶち当たった。
「うわーっ!?」
「なんだ!? 今の突撃はなんだ!?」
「ファランクスだ! だが、あんな速度のファランクスはあり得ない!」
それがあり得てしまうのである。
ファランクスの中に、いつの間にかジュギィが潜んでいた。
天翼騎士団の横っ腹に突き刺さったファランクスから、Gアームド・ジュギィが飛び出す。
上空からの、拡散魔眼光が降り注ぐ。
「ぐわーっ!!」
「だ、団長ーっ!!」
慌てたのはシャイアである。
ダークアイの用兵術は、迅速にして柔軟過ぎる。
防御を固めながら、同時に強烈なカウンターを放ってくるのだ。
「待て、魔族め! お前などにやらせはしない!!」
騎士がひざまずき、足場となる。
彼の組み合わさった手を踏み、飛び上がり、別の騎士の肩を足場としてシャイアが駆ける。
すぐさまジュギィの真下に到着した彼女は、手にした槍を振り回して魔眼光を跳ね飛ばした。
「ええーっ! 魔眼光、効かない!?」
「我ら天翼騎士団の刃は、戦乙女シャイアにあり!」
「シャイアの矛先は無敵! シャイアの刃は鉄壁!」
天翼騎士団が吠える。
なるほど、その言葉に偽りはない。
騎士団を足場として降り立ったジュギィの前に、無傷のシャイアが立ちはだかる。
「勝負だ、魔族!」
「ジュギィだよ! ダークアイの元帥!」
「元帥……? 騎士団長のようなものだな! いいだろう。このシャイアがお前をここで討ち果たしてくれる!」
「負けないもん!!」
ジュギィがダガーを抜き放った。
一見して出刃包丁のように見えるそれは、アリーシャとおそろいの特製である。
すなわち……聖剣の欠片を利用した武器。
「子どもじみたことを! はあーっ!!」
猛烈な勢いで繰り出される槍。
これを、ジュギィはダガーでいなす。
シャイアは槍、ジュギィはダガー。
間合いの差は一見すると圧倒的だが。
「魔眼光!」
肩部アーマーから繰り出される、魔眼光が彼我のリーチ差を補って余りある。
ジュギィは両手を使って守りながら、同時に遠距離攻撃が可能なのだ。
「ちいっ!!」
すんでのところでこれを回避し、シャイアは歯噛みする。
槍を次々繰り出しても、片っ端からいなしてくる。
武術の心得があるのではなく、あれは生来の動きだ。
反射神経に任せ、しかし踏んだ場数がジュギィの動きを、熟練の戦士にも劣らぬものに変えている。
ダークアイにいる誰よりも、場数は踏んでいる。
いる場所は常に最前線。
並のゴブリンでは、刹那も持たない場所で、黒瞳王と肩を並べて戦い続けてきた。
それがジュギィである。
故に、彼女は進化した。
黒瞳王とともにあることは、魔族にとって、肉体的にも大きな意味を持つことだったらしい。
そして習い覚えた、精霊魔法、オーガの戦い方、ドワーフの技術。
それら全てを合わせれば……。
「妖精さん!」
今までなら、小妖精たるスプライトを呼び出すだけだった彼女の精霊魔法。
それはここに来て、一気に開花する。
大型妖精、スプリガンがジュギィを守るように出現した。
ジュギィの纏うGアーマーが輝く。
狂気王国の、魔力を受ける黄鉄鉱のクサビが、スプリガンの力を吸収しているのだ。
ジュギィの鎧が、鮮やかな桃色に輝いた。
「じゃあ、反撃!!」
「むうっ!!」
シャイアは身構えた。
次の瞬間、眼前からジュギィが消える。
「横か!!」
右手に気配を感じ、シャイアは槍を振り抜いた。
そこに現れたジュギィを、槍で確かに薙いだ……と思ったら、それは残像。
鮮やかな桃色の残像が、空気に溶けて消える。
同時に、シャイアの背中が強かに蹴り上げられた。
「ぐうっ!?」
振り返るが、そこも残像。
頭上からの攻撃。
これは、シャイアがなんとか防いだ。
だが、刹那ほどの間を置いて、腹部に強烈な一撃。
「ぐはあっ!? な、なんだ!? 敵は、魔族は何人もいるのか!!」
否。
ジュギィは一人。
ただ、桃色の残像を纏いながら、視認することすら難しい速度で動いているだけだ。
天翼騎士団も、戦馬騎士団も、魔猪騎士団も、これを見つめている。
目の前で繰り広げられる、信じられないような戦いを。
五人、六人、七人。
視認できるジュギィの数がどんどん増えいていく。
それが、まるで嵐のようにシャイアを襲う。
天翼騎士団長の鎧は弾け、槍が折られ、血がしぶく。
「ばかな……ばかな、ばかな、ばかなああああああっ! スタニック様ーっ!!」
敬愛する騎士王の名を叫びながら、シャイアは膝を突いた。
騎士王スタニックは現れなかった。
それもそのはず。
「直接こちらに来るとはな。一体、どのような手段を使った」
「戦場の外で目玉爆撃機から降りてね。ゴキちゃんシリーズを足に使って、斜め後方からやって来た」
周辺では、暴れまわるゴブリン戦車と、陣形を作る暇もなく防戦に入った騎士たちの怒号が響き渡る。
向かい合うのは、黒地に金色のラインが入ったゴーレムアーマーの戦士。
漆黒の長剣を構えて、その姿には一分の隙も無い。
黒瞳王ルーザック。
対するのは、白銀の鎧を纏う美丈夫、騎士王スタニック。
「常識外の戦術だ。背後から本陣を襲うとは、逆に包囲されて殲滅されるとは思わなかったのかね?」
「そうならないために、我が社は軍師を雇っている。彼の戦術により、戦場の全てに後衛が存在しなくなっていると思うが? この戦いは、全ての場所が最前線なのだよ。誰も、他人に関わっている暇など無い」
「なるほど……。戦況を混乱させ、陣形を組む猶予を与えない戦い方。噂に違わぬ戦いぶりだな、黒瞳王……!」
スタニックも剣を抜く。
左手には大きなヒーターシールド。
ダークアイvsガルグイユ、全面戦争。
いよいよ佳境である。
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