第95話 激突、黒瞳王vs騎士王 2

 各方面で、戦いが発生している。

 ダークアイの陣地近くで激しく争うのは、ジュギィ率いる魔猪、戦馬騎士団とガルグイユの水竜騎士団であった。


 水竜騎士団は、敵軍への速やかな浸透と、内部からの破壊を得意とする。

 一見してバラバラ、同時多発的に敵陣へと浸透するこの動きこそが、水竜騎士団の得意とする陣形、水の陣であった。

 これによって、鋼鉄兵団を掻い潜り、一瞬にしてダークアイへと入り込んだ水竜騎士団。


 しかし、彼らを止めたのは、ゴブリンロードの少女だ。

 集団で対応しきれぬ敵ならば、個人で相対する。


 水の陣は、陣形の形をなくして、とらえどころがない状態から攻撃を行う陣形だ。

 だが、とらえどころがないと言っても、陣形の最小単位は個人。


 個人が前に立ちふさがれば、それを通り抜けることは敵わない。


「つまり、お前を倒せばダークアイ本陣まで一直線ということだ!」


「ジュギィは負けない!」


 水竜騎士団団長、ヒューガは、ゴブリンロードらしき娘を前に身構える。

 ゴブリンとは、既に滅びたはずの弱小種族だ。

 それが辺境かどこかで生き残り、ダークアイに参じてこの戦場まで来ているのだろう。


 だが、どの文献を紐解いてもゴブリンとは弱小種族であるという表記に変わりはない。

 それがたった一匹で自分を止める?


 ヒューガは笑った。


「お前程度の下位魔族が、そんな事をできるものか! 俺は水竜騎士団の団長、ヒューガだぞ! そらあ!!」


 ヒューガの武器は、取り回しのいい片手剣である。

 槍も折りたたみが可能な短槍。

 水竜騎士団は、その軽やかな身のこなしを至上とするのだ。


 だが、ゴブリンロードの動きはその上を行った。

 叩き込まれた剣をスウェーバックで回避すると、その足元から黒く扁平な怪物が飛び上がってきた。


「ゴキちゃん、ゴー!」


「なにっ!?」


 慌てて怪物を切り払うヒューガ。

 すると、扁平な怪物は金属音を立てて跳ね返った。

 これはモンスターではない。

 ゴーレムだ!

 ヒューガは理解する。


 その躊躇の間に、ゴブリンロードの娘が飛び上がっていた。

 跳躍ではない。

 全身に風や、光り輝く精霊を纏って飛んでいる。


 そして、彼女の目が光った。


「魔眼光!」


「ぬおおっ!? さっきのあれか! どういう仕組なんだ!?」


 これを必死に回避するヒューガ。

 そこに、ゴブリンロードが投擲したナイフが降ってくる。


 ヒューガは剣を振り回し、これを切り払った。


「認識を改める。お前は、ただのゴブリンではないな!?」


「ジュギィはジュギィだよ!」


 対する彼女の返答はシンプルだ。

 名はジュギィ。


 彼女の名乗りに応じて、魔猪、戦馬騎士団の長らしき二人が歩み出て宣言する。


「ジュギィサマ! ダークアイ、えらい! すごい人!」


「黒瞳王様の右腕、ジュギィ様!! うおおおおおおーっ!!」


「なんだと!?」


 驚きに、一瞬だけヒューガの動きが止まる。

 まさか、ゴブリンロードが黒瞳王の右腕!?

 それだけ、ダークアイは人材がいないのか。

 いや、むしろゴブリンの身でそこまで上がってきた、化け物と言えるのか……!?


 刹那の間だったが、それはジュギィにとって十分な時間だった。

 跳ね返されてきた扁平なゴーレムが展開する。


 それはジュギィが纏う精霊に誘われ、彼女の体を覆うように装着された。


 これこそ、精霊を用いた魔導技術、ゴーレムを用いた鋼鉄王の技術、微細なコントロールの受け皿となる、黄鉄鉱の狂気王国の技術を結晶した最新のゴーレムアーマー。


 Gアームド・ジュギィである。

 命名は黒瞳王ルーザック。

 趣味丸出しであった。


 見た目は、緑の肌の少女が黒く刺々しい甲冑を身に着けているようなもの。

 だが、これはただの甲冑ではなかった。


「虚仮威しを!」


 ヒューガが襲いかかる。

 これを、ジュギィは短剣を掲げて受け止めた。


 すると、ジュギィの腕や肩を覆っていたアーマーが起き上がる。

 扁平なゴーレム……ゴキちゃんの脚部が変形した部位だったのである。

 その先端が光り輝き……。


「ゼロ距離魔眼光!」


「ぐわあーっ!?」


 避け得ぬ距離から、極細の魔眼光が複数、ヒューガへと突き刺さった。

 ジュギィが放つ魔眼光を全身に巡らせ、これをゴキちゃん脚部に装備されたチューブから一気に吐き出す、射出型魔眼光。

 これこそ、Gアームド・ジュギィの真骨頂である。


 全身を焼かれながらのたうち回るヒューガ。

 その背後で、魔猪、戦馬騎士団と戦っていた水竜騎士団がたじろいだ。


 全身から光を放ちながら、ジュギィが襲いかかってくるのである。

 水の陣形は、とらえどころのない無形の陣形。

 移動や攻めの時は強いが、守りに回れば脆い。


 またたく間に、水竜騎士団は末端から崩壊を始めた。


 魔眼光が閃き、貫き、切り払う。

 さらに、ジュギィは同時に小型のゴキちゃんを操ってみせる。

 それらが足元を駆け回り、移動を邪魔するのだ。


「さすがジュギィサマ!!」


「うおおおーっ! 我らも続けーっ!!」


 ジュギィの動きに感化され、魔猪と戦馬の騎士団も突撃した。

 水竜騎士団は敗走の体勢に入る。

 ヒューガの指揮を失った彼らは、烏合の衆となっていた。


 ほどなくして、水竜騎士団は全滅。

 魔猪騎士団と戦馬騎士団が前線へと上がってくるのである。




「なるほど、岩山騎士団……。情報通りの鉄壁ぶりですね……。我軍の魔猪騎士団と比較して、その練度が段違いだ」


 上空にて、コーメイが唸る。

 鋼鉄騎士団は戦線を押し込んでいっていたが、ある一点から先に進めなくなっていた。

 それこそが、岩山騎士団の守る陣地であった。

 横に広く展開した岩山騎士団は、盾と槍を構え、まるで岩のごとく不動。


 しかし、その強度は岩の比にあらず。


「なんという強固さよ! わしら鋼鉄兵団の攻撃でも崩れぬぞ!」


 グローンも舌を巻く。

 彼が対するのは、岩山騎士団団長、ドミトール。

 一見してオーガと見紛うような、壮年の巨漢である。


「魔族もやるものだな。ガルグイユの誇る陣形を真似てくるとは。がっはっは! この岩山騎士団、守りしか能が無い集まりだが、一度守りに徹すればまさに鉄壁ぞ。幾らでも攻めてくるがよい。その間に、天翼騎士団が攻め手を担ってくれるであろう」


 鋼鉄騎士団は、炸裂弾や弩弓、あるいは手持ちのスレッジハンマーや大斧で攻撃を加える。

 だが、そのことごとくが鋼鉄騎士団の構える盾の陣形によって阻まれた。

 異常なほどの強度。

 それを可能とする、尋常ならざる練度。


「岩山騎士団、恐るべし……!! 彼らに比べれば、旋風騎士団は使い走りのようなものですね」


 コーメイすらも唸った。

 岩山騎士団のあり方には、何の捻りも工夫もない。


 ただ、ひたすらに守り、その場にあり続ける。

 それだけに特化したあり方だ。


 故に強固。

 どんな策を弄しようとも、揺らぐ隙がない。


「これは……。迂回するしかありませんね。大変な時間のロスになります。それに、彼らが背後から追撃してくる可能性も考えねば」


 コーメイがぶつぶつつぶやきながら、扇子を手のひらに打ち付ける。


 だが、そこへ援軍である。

 ジュギィ率いる、戦馬、魔猪騎士団が駆けつけた。


 さらに、隠し玉であるダークエルフたちも背後に続いている。


「なるほど、これは発想の転換が必要ですね」


 コーメイが扇子を広げた。

 上空の右腕戦車から、戦場に向けて号令を放つ。


「鋼鉄兵団は、岩山騎士団との相対を継続! ジュギィ元帥、ディオース部長! 左右から岩山騎士団を迂回し、本陣へ向かってください!」


「はーい!」


「なるほど、心得た」


 ダークアイの動きは、変幻自在。

 多様な兵種を有するが故に、戦場での機動もまた自由なのである。


「ほお!! 俺たちを無視するか! だが俺たちの前には、敵の最高戦力がいる! こりゃあ、迂闊に動けんなあ! わはは! 天翼騎士団、あとは任せたぞ!」


「余裕だな人間! いつまでもわしらをここに留めて置けると思うなよ!!」


 ドミトールとグローンが、正面からぶつかり合う。

 両者、一歩も譲らない。


 かくして岩山騎士団は、鋼鉄兵団を釘付けにした。


 決戦の場は本陣。

 待ち受ける天翼騎士団が、ダークアイを迎え撃つ。

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