第87話 ラギールの恩寵

 自由に見て回っていい、と狂王直々の許可をもらったルーザック一行。

 それでは、と狂気王国を視察して回るのである。


「俺が気になるのはな。狂戦士のシステムだな。あいつらに打ち込まれていた金属のアレな。俺は魔力のクサビって呼んでるけどよ。そのクサビを作る現場と、打ち込む現場が見たいんだ」


「なるほど。何かに利用できそうかね? ケンタウロスに打ち込むとか」


「いやいや、死ぬだろ。ありゃあ、打ち込んだ人間を爆弾にするようなもんだからな。そりゃあ魔族だって変わらねえよ。それに、生き物に打ち込んだら、外側から誰かが魔力を与えてやらねえとな。グレムリンはいねえんだし」


「ふむ……ということは、ゴーレムアーマーに取り付けて、装着者の魔力でブーストする事を考えているのだな?」


「ご明察だぜ旦那」


 ズムユードがニヤリと笑った。

 アリーシャとジュギィはさっぱり分からないようで、二人並んで首を傾げている。


「やーねえ、男って。意味のわかんないことで盛り上がって」


「うん、ルーザックサマ、むずかしいこと言うー」


 これを聞いて、またズムユードが、がははははと笑う。

 かくして一行は、魔力のクサビを作っているであろう場所を探すのだった。


『おや。狂王の魔力の糸が、新たに一本増えたぞ』


 サイクが何かに気付いたようだ。

 ふよふよと、巨大な目玉が先行する。


 狂気王国の人々は、サイクの異形を目にしても驚いたり、怖がったりしない。

 そんな感情は持ち合わせていないのだ。


 みんな自分から道を開け、物珍しそうに彼を眺めるだけだ。

 実に平和である。


「なるほど、精神的に去勢してしまえば確かに平和だ。何の争いも起きない。一応、この国の人間たちには自由意志が存在してはいるようだが」


 ルーザックは商店街を覗いた。

 そこでは、軒先で世間話をする店主と女性客。

 あるいは、店員に商品を勧められる男性客。


 誰もが、機嫌のいい様子でにこにこと笑っている。


 活気はある。

 だが、その全てが無理やり、喜びの感情に変換されているような。


 店には大した品物が並んでいない。

 乾物屋には、薪と必要なぶんだけの原始的な金物。


 食料品店には、保存食のようなものとあまり色の良くない野菜。

 肉屋は軒先で切り売りをしているが、その技術は実に拙く、切り分け方もぞんざい。


「生活を向上させ、快適にしようという意欲が欠如しているように見える。そのように進化しようとする意思は、不要というのがラギールの意思なのだろう。確かに、人間を部品だと考えるならば妥当なやり方だ」


『おいルーザック、何をよそ見しておる。こっちだぞこっち』


「ああ、すまないな」


 サイクに呼ばれて、ルーザックが戻って来た。

 

「尊厳を奪われていると言えば奪われているが。さて……」


 己の会社員時代を思い出すルーザックである。

 無理やりやり甲斐をひねり出し、日々無駄に残業をし、ストレスで胃に穴を開け、それでも店舗の人間たちからは憎まれ、陰口を叩かれ、家に帰れば作る暇のないプラモデルばかり増えていく。

 あそこにはまあ自由意志はあったが、幸福ではなかった。


「これはこれで、足るを知る人々による理想郷ではあるのだろうな、うん」


 狂気王国という国のあり方を、ルーザックは認めることにした。

 精神支配をされているとは言え、それ故に単純なことしか考えられない人々は笑顔に溢れ、幸福そうではないか。


「そして、この幸福な人々全てを敵に回した時、狂戦士となって牙を剥いてくる、か。なるほど、実に厄介だ」


「おう。魔力のクサビそのものをぶっ壊す手立てを考えてもおかねえとな。頭の中に住んでるグレムリンばっかりはどうにもならんからよ」


 ルーザックの呟きから、内容は戦術論になったと理解したズムユードが、話に加わってくる。


『ついたぞ。ここに新たな魔力の糸が接続された』


「ほう」


「へえ」


「うへえ、血のにおいがめっちゃくちゃする」


 アリーシャが顔をしかめた。

 血の臭気には慣れていても、彼女にとって嫌な臭いらしい。


 そこは、石造りの大きな建物だった。

 年若い少年少女たちが、入り口に並んでいる。

 彼らは皆不安そうな表情をしている。


 そして、一人が建物に入ってしばらくすると、凄まじい悲鳴が聞こえてくる。

 だが、やがて出てきた少年や少女は、その顔に満面の笑みをたたえているのだ。


「人間を狂戦士に作り変える工場というわけだな。ある程度の年齢になった人間に、魔力のクサビを打ち込むわけだ」


 どれどれ、と視察に移るルーザック一行なのであった。

 内部は一部屋しか存在せず、クサビを打ち込む担当の男と、クサビを管理する担当の男の二名だけがいる。


 不安そうな少年に背中を向くよう指示すると、男はクサビを少年の背骨に当てて、無造作に打ち込んだ。

 少年が激痛に絶叫する。

 血が溢れ、床に流れ落ちる。

 

 だが、次の瞬間には流れ落ちた血を伝って、光り輝くものが少年の中に流れ込む。


『グレムリンであるな。なるほど、あれは狂王の力によって、人間の血から生み出されておったのか。人体と親和性が高いはずだ』


 少年は立ち上がった。


「ありがとうございます!」


 彼は男に礼を言い、笑いながら外に飛び出していく。

 そして次の子どもが入ってきた。


「ちょっといいかな」


 ルーザックが、クサビを管理している男に話しかける。


「なんだい?」


「これは何をしているんだね?」


「成人の儀式の準備さ。ラギールの恩寵を体に宿して、初めて大人になれるんだ。心が不安定だった俺たちも、すっかり落ち着いて大人になる。これは絶対に必要なことなんだよ」


「ほう、なるほど。どこにラギールの恩寵を打ち込むか決まっているのかね?」


「ここと、ここさ」


 背骨の中心と、頭部と首の接合部を指差す男。


「なるほど、ありがとう。それで、このラギールの恩寵はどこで作られているんだね?」


「すぐ裏の工房だよ。必要分しか作られないからね。今は作ってないと思うよ。また来月の成人の儀式になれば作られるよ」


「何から何まで親切に説明をありがとう」


「どういたしまして!」


「……だそうだ」


 情報収集を終えたルーザック。

 アリーシャは目を丸くしている。


「ほえー、さすがだねえルーちん。当たり前みたいな顔して情報集めてきたねえ」


「狂気王国における情報収集は極めて簡単だと思うがな。よし、では裏の工房に行こう」


『ぬうー、我輩は入り口が狭すぎて入れぬ』


「では、サイクはそこで待っていてくれ」


『うぬぬ、我輩も見たい……』


「サイク! 今度俺が作るところ見せてやるからよ!」


 巨大目玉の表面をぺちぺち叩くズムユードなのだった。


 サイクを除いた一行は、一路建物の奥へ。

 裏口から出ると、そこには石造りの素朴な建造物があった。


「なんともまあ……。原始的な工房だなあ。俺らドワーフだって、何千年も前に使わなくなったような様式だぞ。こんなところで魔力のクサビが作られてるってのかよ」


「うむ。ここ以外にそれらしいものが無いのだから、ここなのだろうな」


「こんな素朴な設備でなあ……。あの狂戦士を御する……っつうか、人間を狂戦士に変えるクサビをなあ」


 ずかずかと工房に入り込む一行。

 その中では、道具を布で拭いている年かさの男が一人。


「やあ。恩寵は品切れだよ」


 彼は笑顔でそう告げる。


「それは分かっている。ラギールの恩寵の素材と作り方を知りたいのだが」


「ああ、そんなことか。変わった奴らだなあ、他人のことに興味を持つなんて」


 年かさの男は、壁に据え付けられた棚から、素材が入っている箱を降ろしてきた。

 その中には、黄褐色の石が幾つもゴロゴロと入っている。


「はあ、これが恩寵とやらの素材ってわけか。ほう……こりゃあ、黄鉄鉱だなあ。こいつはな、馬鹿が金と間違えたりすることから、愚者の黄金とも呼ばれるんだよ」


 ズムユードがこれを取り上げて、しげしげと眺めている。


「おい、ついでに一つ恩寵を作ってくれや」


「構わないぞ。暇だったんだ」


 男は立ち上がると、嬉々として作業は始めた。

 炉に火を入れ、黄鉄鉱を熱して溶かし、整形し始める。


「旦那、気をつけろ。こいつは毒のあるガスが出る」


「うむ、一旦外にでることにしよう」


 有毒な亜硫酸ガスが発生し、それが際限なく吹き出す屋内で、年かさの男が笑みを浮かべたまま黄鉄鉱を鍛え続ける。


「ありゃあ、ただの黄鉄鉱じゃねえな。狂王が長くこの土地にいたことで、雷の魔力を帯びちまってるのかもしれねえ。作り方はえらく簡単だ。こいつを溶かして、中にある魔力を外に出す。で、クサビの形に整形するんだな。クサビの形じゃねえと行けねえのは、先端から魔力を受け取り、あるいは注ぎ込むのに適してるんだ。まあ、呆れるほど単純な技術だなあ。旦那」


「どうしたね?」


「この素材、ちょっと多めに持ち帰らねえとな」


「次は鉱山というわけだな」


 ルーザック一行の視察は続くのである。

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