第86話 光の檻ごしの対談

 ぷかぷかと空を飛んでいく、目玉爆撃機。

 狂気王国の牧歌的な町並みが続いている。

 村があり、畑があり、風車があり、牧場があり。


「実に平和で、中世ファンタジー世界といえば想像できるような風景だ。これが全て作り物ということか」


 ズムユードから双眼鏡を借りたルーザックが、下の世界を眺めながら唸る。


「狂王の命令で、この風景が全て壊れるようにできているのだろうな。もったいない。我々ダークアイで接収したい」


「感傷じゃなく実利が出てくる辺りが旦那らしいなあ」


 ズムユードがげらげら笑った。


「確かに、この辺りは土地もいいよな。下手に開発されてねえぶん、利用のしがいがありそうだ。騎士王国よりもよっぽど、この国を落としたほうがいいぜ。一体どれだけの資材を集められることか……!」


「ああ。肥沃な大地、広大な国土、素朴な生活が営まれているであろう家屋や畑や施設の数々。これならば魔族にもそのまま再利用できるだろう。できるだけ無傷で手に入れたい。多くの魔族を養うことができるだろう」


「なるほどねえー。んでさ。狂王を倒したらここの人たちどうなんの?」


 アリーシャの疑問に、ズムユードが肩をすくめた。


「死ぬんじゃねえかな? 全部あの魔道具が埋め込まれる処置がされてんだろ? なあサイク」


『いかにも。全ての人間どもは狂王と魔力の糸で繋がっておる。大本である狂王が死ねば、こやつらも残らず死ぬだろうな』


「うへえ、えげつないわねえ。今まで見てきた中で、最悪の国じゃん。つーか、この国にはホントのところ、狂王一人しかいないみたいなもんじゃないの」


「それこそが、狂気王国バーバヤガの本当の姿ということだろうな。そら、見えてきたぞ」


 進む目玉爆撃機の先に、石の塊が出現した。

 かつては壮麗な城だったのであろうと想像させるそれは、今は崩れ落ちた瓦礫の山に過ぎなかった。


 異様なのは、瓦礫の山を中心として、人間たちの営む大きな都市が作られていたことだ。

 文明の程度は、恐らく十世紀なかばほどの西欧のものであろうか。


 道は賑わい、素朴な印象の人々が行き交っている。

 彼らは頭上に出現した目玉爆撃機を見て、皆驚きの声をあげた。


 子どもたちは手を振り、大人たちはわあわあと騒いでいる。

 狂気王国を空から眺める中で、何度も見かけた光景だ。


 ここでルーザックは、この光景の中に唯一存在しないものを理解した。


「敵意が無い」


「てきい? あ、みんななんか喜んでるみたい? やるぞーって人間はいないね」


 ジュギィもうなずく。

 人間たちの中には、初めて見るであろう目玉爆撃機に対し、驚きや感嘆の思いはあっても……これを危険視するものや、武器を携えて威嚇するものの姿は一つもなかった。


 誰もが、目玉爆撃機の存在を受け入れている。


「マイナスの感情をあらかじめ排除されているかのようだ。それらは人間が前に進むための原動力ともなるからな。存在しなければ、人間は一歩も先に進むことはない」


 喜怒哀楽の、喜と楽しかない人々。 

 それがバーバヤガの国民だった。


 ある時突然、彼らの動きが変わった。

 まるで何者かに命令されたかのように、さっきまで見向きもしていなかった瓦礫の山をめがけて走っていく。

 そして何人かが狂戦士化した。


 怪物となった人間たちが、瓦礫を除けていく。


「あれってもしかして、サイクが降りる場所を作ってる?」


『そのようだな。面倒がなくて助かるわい』


 やがて、着陸するために十分なスペースが確保された。

 人々はまた、街の中へと戻っていく。


 今度は誰も、降下してくる目玉爆撃機に注目すらしない。

 まるで、意識からそれが排除されてしまったかのようだった。


「どうやら狂王は、我々との対面を望んでいるらしい」


 着地した爆撃機。

 そこから、ダークアイ使節団が次々と降り立った。

 迎える者はいない。


 この瓦礫の山には、人間など住んでいないのだ。


『全ての魔力の糸が集まっておるな。とんでもない大きさの魔力が塊になっておるぞ。注意せよ。魔導王など比べ物にならん化け物がいるぞ』


 サイクが警戒を促してくる。


「魔導王以上か。だが、剣王は魔力を持っていないんだろう?」


『あやつは魔法など使う必要がないからな』


「ならば、魔力の大きさが即ち脅威度の高さに繋がるわけではなかろう。行ってみるとしよう」


 ルーザックが先頭になって歩き出した。

 ここまで来れば、魔力の流れをサイクから聞くまでもない。


 瓦礫の山の中央がうず高くなっており、そこだけ、何かに吹き飛ばされたように天井が開けていた。

 覗き込むと、輝く立方体がある。


「やあ」


 立方体の中から声がした。


「黒瞳王ルーザックだ」


「僕はラギール。かつては勇者だったけれど、今ではそう呼ぶものはいないね。狂王なんてひどい呼ばれ方をしてる」


「なるほど、勇者」


 ルーザックが顎を撫でた。

 つまりこの声の主は、初代黒瞳王を相手取って戦った七王の中心に立つものだったということだろうか。


「おっと、頭上から失礼した。今から降りる」


 ルーザックは無造作に、穴の中に飛び降りた。

 そして、壁面に黒い剣を突き立てる。

 剣はゆっくりと、壁を切り裂きながら下降していった。

 掴まっているルーザックがちょうどいい重しとなっている。


 後に続くのは、ジュギィとアリーシャ。


「やあ、いらっしゃい」


 光り輝く立方体が、空間を明々と照らし出していた。

 その中にいるのは、アリーシャと年齢もそう変わらないであろう少年である。


 豪奢な……だが、あちこちほつれ、古びた衣装を身に纏った彼は、満面の笑みでルーザック一行を出迎えた。


「僕は勇者で、君は魔王だ。千年以上の時を越えて、またこうして相まみえる時が来るとは思わなかったよ。とても会いたかった!」


「うむ。それを考えると、この邂逅は有意義であると言えるだろう。お会いできて嬉しいよ勇者ラギール」


「僕を勇者と呼んでくれるのか、魔王ルーザック! 嬉しいね」


 ラギールが立ち上がる。

 座していたのは、半壊した玉座だ。


 彼は背後を振り返り、それから周囲を見回した。


「いや、お恥ずかしいな。ひどいものだろう? 僕は生活能力というものが皆無でね。湧き上がってくる激情に任せていたら、ご覧の有様さ。我が国の民に僕への理解があってとても助かっているよ」


「操り人形にしてるのに?」


 アリーシャの突っ込みに、ラギールは笑みを浮かべた。


「不要な感情は取り除いている。だって本当に必要ないだろ。人間は生きてさえいればいいんだ。戦いだってない。いつまでも平和な世界なんだから。現に、みんなを自由にさせてた僕のパーティメンバーの国はひどいもんだと聞くよ」


「確かに。鋼鉄王国では人間は機械の下だったな。魔法王国では魔力が全ての身分制みたいなものだったようだ。ホークアイは比較的普通だったように思うが」


「ああ、ショーマスはねえ。あいつは話が分かるやつだったから。こうなってしまった僕に、最後まで同情的だった。魔王と戦っていた時は、僕の兄貴分みたいなやつだったんだけどね。彼を殺したのが君なんだろう、ルーザック」


「いかにも。私が倒した」


「鋼鉄王も殺した?」


「いかにも。私が倒した」


「魔導王と剣王にも関わったね? ああ、僕はね、運命の糸の残滓が見えるんだ。こう……細い光の糸みたいに」


「いかにも。両名とも私が退けた」


「あはは!! やるね! やるねえ、君! こうして見ていると、僕らパーティの誰よりも弱いのに! 本当に、こんなにちっぽけで弱い魔王なのに! なのに君は……一度も負けていない」


「むうー!! ルーザックサマ、弱くない! 強い!」


 ジュギィが憤慨した。

 ルーザックがそれを手をかざして抑える。


「侮ってくれるのは大変ありがたい。諸君の油断を突いて倒すことができるのだからね。そして、我らダークアイの力は黒瞳王たる私一人に依拠するものではない。世界からかき集めた全てと、世界からかき集める全てが我らダークアイの力となる」


「ああ」


 ラギールは微笑んだ。

 狂王の名に似つかわしくないほど、穏やかな微笑みだった。


「済まないね。僕は傲慢と侮りを抑えきれない性格なんだ。だって、今この場で戦うことができれば、僕は君に勝つ。影に隠れている連中も含めて、まとめてこの都ごと焼き尽くすことができる。だが……忌まわしいことにそれは敵わないんだ。だから君を招待した」


「その光の檻かな? これは七王の誰かが成した事だと推察するが」


「クラウディアさ。光の神と繋がったたった一人の女。あいつは面倒だねえ。気弱で泣き虫のくせに、僕以外の誰もあいつには勝てない。だって神様と繋がってるんだから。そんなクラウディアと他の仲間たちが僕を封印しようとしたんだから、流石にきついよ。あと一週間はこの中だ」


 そこまで淡々と告げた後、ラギールは突如、両目を見開いた。


「クソが!! 邪魔だ! 檻が邪魔だ! 邪魔なんだ!! 戦えない! 僕は力を振るえないじゃないか!! 全く! 全くもって不愉快だ! 久しぶりの全力を振るえそうな戦いが待ってるっていうのに!!」


 吠えながら、拳を光の檻に何度も叩きつけるラギール。

 その全身から稲妻がほとばしった。

 一瞬、少年であった彼の肉体が膨れ上がったように見えた。


 ルーザックが目を細める。


「なるほど。一週間後には解禁されるというか、君がこの檻を打ち破るというわけか。我々を呼んだのは、己の戦意を高めるためかね?」


「その通りだよ」


 ラギールは一瞬で冷静になった。


「でも、何よりも君に逢いたかった。逢えてよかった。君は僕の想像した以上に面白い人だ。一週間後にまた会おう。それまで、僕の国を観光して行ってくれよ。ああ、情報は集めてるんだ。君は敵の武器を使って戦うのが上手いんだろう? 僕はそれを見たい。見せてくれ。だから、こちらにお招きしたんだ」


「敵に塩を送るというわけだね。ではありがたく、視察させてもらおう。感謝する、勇者ラギール」


「ああ。楽しい戦いをしよう、魔王ルーザック」


 かくして、二人の王が分かれる。


 最後まで勇者と呼ばれたことに、ラギールは満足げに微笑んだ。

 そして再び、玉座に腰を下ろす。


 ルーザック達が去った後、狂王が殴りつけていた檻の一部が点滅し、爆ぜた。

 光の檻の拘束力が弱まっている。


 狂王ラギールが自由になるその時まで、後少し。


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