第85話 黒瞳王、狂気王国に堂々入国す

「ほう、狂王とやらからの招待状が?」


 ルーザックは少しだけ考えた。


「罠では? ルーザック殿、応じるべきではない」


「うむ。狂王の噂は聞いたことがある。理が通じぬ怪物だとか」


 ディオースとグローンが反対する。


「お二方の意見には私も賛成です。ご主人さま、軽々に王が他国の招きを受けるべきではありません」


「セーラも反対かあ。あたしはいいと思うんだけどなあ」


「ジュギィもいいと思う! 一緒に行ってみたい!」


『我輩もいいと思うぞ! 面白そうだから我輩も行くぞ!』


「グレムリンを使って人間を操るシステムなあ。あれが掴めるかも知れねえしな。俺は賛成だぜ」


 アリーシャ、ジュギィ、サイク、ズムユードは賛成。

 ちなみに、ダークアイでの会議は多数決を採っていない。


 多数決とは、風見鶏が発生し、責任の所在が曖昧になる愚かなシステムだというのが、ルーザックの考えだからだ。

 ということで、論を戦わせることになった。


 ディオース、グローン、セーラ側は、危険と現状維持のままで少しずつ戦線を押し上げていくべきだという保守的な論。

 アリーシャ、サイク、ジュギィは何も考えてない、面白そう論。

 ズムユードは一人だけ、狂気王国に踏み込むことで敵の情報が得られるという根拠を示す。


「敵さんがよ、何を考えて旦那を招いたかは分からねえ。だが、こりゃあまたとないチャンスだろ。前の戦争でも、旦那は敵の懐に入り込んでその手管を調べ尽くして勝った。同じだよ」


 これを言われると、反対派も弱い。


「だがしかし、ルーザック殿を欠いた上で、騎士王国との戦いになれば」


「剣王に魔導王は一度ルーザック殿に敗れたとは言え、生きておるからな」


 ここで、論議を傍から見ていた男が口を開いた。


「では、これを利用致しましょう」


 悪魔コーメイである。

 幹部連の中での最新参が、笑みを浮かべて策を語る。


「利用、とは?」


 ディオースの問いに、コーメイは頷いた。


「騎士王国にも、通告するのです。我社の社長は現在、狂気王国を訪れていると。記録を拝見するに、騎士王国は狂気王国と同盟を結んでいるわけではないのでしょう。だからこそ、我らと狂気王国が蜜月の関係を築こうとしている……と誤解させるのです」


「!?」


 会議場が疑問符に包まれた。


「つまり、社長が狂気王国を国賓として訪れている時に、我社を攻撃する……。これは、狂気王国の顔に泥を塗る行為になるわけですよ」


「なるほど……。難解だが、しかし効果のありそうな作戦だ」


 ルーザックが唸った。


「さすが、ストラテジーゲームを遊び込んでいないな」


「リアルの戦争を采配することになるとは思いませんでしたけどね」


 ルーザックとコーメイが、ふっふっふっふっふ、と笑い合う。

 これを見て、魔族の頭である数名は、黒瞳王みたいなのが増えた、と思った。



 そして、ダークアイ使節団が旅立つことになった。

 留守中の采配は、責任者がディオース。

 補佐としてコーメイが付く。


 使節団は、ルーザックを筆頭に、副社長のアリーシャとルーザック秘書のジュギィ、専務取締役サイク、開発部長のズムユードである。

 

 このうち、アリーシャとジュギィとサイクは物見遊山気分であった。


 今回の行程は、目玉爆撃機を用いながら堂々と行く。

 騎士王国にすら見せつけるように、鋼鉄の威容が空を飛んでいった。


 ガルグイユの国境警備連中が、わあわあと騒いでいる。

 そこにゴブリン戦車が走っていき、国境際から書類を発射した。


 書類を受け取るガルグイユの警備隊。

 彼らの顔が真っ青になるのが見て取れた。


「よしよし」


 ルーザックが頷く。


「よく考えたら狂気王国、狂気っていうくらいだから何も考えていないかもしれないのだが、騎士王国はとても真面目そうだ。真っ正直な考え方をして、我々がこちらにいる間はダークアイを攻めない可能性が高いな。コーメイ、そこまで読んでいたか」


「陰謀に特化したルーちんみたいな人だねえ、コーメイ」


「うむ、実に頼りになる。我が国は搦め手が不得意だったからな……」


「不得意……?」


 アリーシャが真面目に首を傾げた。

 

「みんな手を振ってるよ! なんだかいい人みたいにみえる!」


 ジュギィが目玉爆撃機から、狂気王国の人々に手を振り返している。


『うむ。異常なくらい悪意というものを感じぬな。表向き、狂気王国は平和な国なのであろうよ。だが、我輩はこの国こそがもっとも歪に見えるぞ』


「そうなの?」


『この人間どもには、魔力の糸がついておる。それが、狂気王国の中心に向かって全て伸びておるのだ。つまり狂王とやらは、国民の全ての意思を握っているのではないか? こやつらは狂王の操り人形に過ぎん』


「こわーい」


 ジュギィの緑色の肌が、ちょっと紫色になった。

 青ざめたのだ。


「サイクの旦那はジュギィにはいつも親切だなあ」


『わっはっは! なに、我輩もジュギィの先生であるからな! 鍛錬が実って、ジュギィは我輩の真似事ができるようになったのだぞ!』


「なんだって」


 これは初耳とルーザック。

 アリーシャもともに、ジュギィに注目する。


「えへへ! 秘密だったんだけど……見ててね!」


 ジュギィが一方向を指差した。


「んんんーっ! えーいっ!!」


 気合一閃!

 ジュギィが指し示した方向に、眩い光線が飛んでいった。


「おおー! プチ魔眼光とでも言うのか」


「あれ、再現できるんだねえ」


 黒瞳王と先代黒瞳王のコンビは、大変感心しながら振り返った。

 すると、そこにはパツパツの衣装を纏った、緑の肌のスラリとした体躯の少女がいる。


「……」


「……」


 ルーザックとアリーシャは一瞬黙った。


「あれ? 成長した?」


「んー」


 ジュギィが恥ずかしそうな顔をした。

 そして彼女の姿が、すぐに元の小さい体に戻る。


「まだ上手くなくてねえ、魔力が巡って、体が成長しちゃう」


『ごく一時的なものだがな! 魔眼光を撃ってもいいし、肉体を活性化させて戦ってもいいだろう! これが我輩がジュギィに教えた魔力操作である。そのうち魔力だけで飛べるようになるぞ』


 ちなみに肉体を活性化させ、成長したジュギィは、実質ゴブリンクイーンよりも上位の存在になるらしい。


『我輩の見立てでは、ジュギィが種族限界を恒常的に突破するようになると、ダークアイの3人目の悪魔になれるであろうよ』


 悪魔とは即ち、魔王を除けば魔族最上位の存在。

 サイク、コーメイにジュギィが並び立つということである。


「成長したなあ……」


「すごーい」


 ルーザックとアリーシャは大変感心して、ジュギィの頭をなでなでした。


「えへへ」


 照れるジュギィ。


 この様子に全く加わる様子も無いのはズムユードである。

 彼は実にマイペースに、狂気王国を眺めている。


「なんつーか、牧歌的な国だな。高度な工業化もされてねえ。市場の発達も未熟。一応あそこは貨幣でやり取りしてるな」


 望遠鏡を改造した、双眼鏡を使いながら観察に余念がない。


「人間を狂戦士化させる処置も雑多なもんだった。ありゃ、処置をされた時点で狂王の魔力供給がなければ死ぬやつだな。見た目平和そうだが、なんのことはねえ。この国は盛大なおままごとだってわけだ」


 なかなか無惨なこの国の在り様なのだが……。


「ふうん」


「へー」


「?」


『敵は狂王ただ一人ということであるな。わかりやすくて良い』


 イマイチ反応が薄いルーザック一行なのだった。

 それもそのはず。

 人間は光の神に属するもの。

 魔族は魔神に属するものであり、本来相容れぬ存在なのだ。


 つまり、人間を救うところまでは、ルーザックの領分ではないのだった。


「業務外の、しかも明らかにコストが本業を逼迫する作業をやる余裕は我々には無いからな。だが、気をつけねばなるまい。全ての人間が狂王の目であり、耳であり、手足であるならば……我々の動きは完全に察知されているだろう」


 狂気王国バーバヤガ。

 ひっそりと狂気をたたえ、魔族たちを迎えるのであった。

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