第84話 内部工作と狂王の招待状
新たな幹部の登場を、ダークアイの現幹部陣は驚きをもって迎えた。
それは、誰も見たことがない魔族だったからである。
「悪魔コーメイと申します。この度は社長の招聘を受け、ダークアイへと参加いたしました。以後お見知りおきを」
優雅に一礼する、黒い翼の悪魔。
「悪魔……魔神の眷属その者のことではないか!」
驚くディオース。
「知っておるのかディオース!」
グローンが尋ねた。
お約束というやつである。
「ああ。初代黒瞳王の代に、悪魔と呼ばれる魔神の眷属が何体も戦いに参加したらしい。最初の黒瞳王が従えたのは、魔将と呼ばれる五体の悪魔だったと言われている。だが、これらは次々と七王に討ち取られ、やがて初代黒瞳王も倒された」
『おっ、我輩、その悪魔なんだが』
ここでサイクから意外な告白。
えっ!? と驚く幹部陣。
『言ってなかったか? 我輩、確かに見た目は巨人だが世界に一体しかいない単一種の魔族だろ。それが悪魔の条件でもあるのだ。五体の魔将最後の生き残りが我輩だったのだが、いやあ、まさか後輩ができるとはなあ。コーメイ、我輩は専務取締役のサイクロプス、サイクであるぞ』
「これはこれは専務、そして悪魔としての先輩、よろしくお願いいたします。常務取締役のコーメイでございます」
『礼儀ができたやつだな! わっはっは!』
なるほど、サイクの同類か、とこの場の一同は納得した。
それに、ルーザックが自らスカウトしてきたのならば、変わり者であろう。
変わり者が増えるのは、ダークアイにとって日常だった。
この、雑多な魔族が共同生活を送る闇の国家では、実に巧みな棲み分けが成されていた。
例えば、日々を鍛錬に費やすオーガと、暇さえあれば何かを作っているドワーフ、精霊や魔法についての論議を交わすダークエルフは、そもそも文化も生き方も全く違う。
同じ生活空間で生きていけるものではない。
ということで、ダークアイ内部ではそれぞれの種族の自治区が生まれていた。
ゴブリンのみが、各種族の自治区を行き来することが許される。
彼らはすべての種族の小間使であり、同時に外の世界からの情報源であった。
さらに、黒瞳王ルーザックがゴブリンを重用していることから、誰もゴブリンを下位の種族だからと侮らない。
彼らが鋼魔戦争であげた凄まじい戦果が、ゴブリンたちを一端の魔族として確立したのである。
さて、今、コーメイはアリーシャに案内されながらダークアイを見て回っていた。
新たな幹部の顔を通すという意味合いもある。
「なるほど。正しく多様性ですなあ。アレです。異なる特性を持つ者同士は絶対に共同生活はできませんから、こうして生活空間が明確に分かれ、仕事の時だけ事務的に集まるというのは効果的ですよ」
「そうなん?」
「そうなんですよ。さすが柘植さん、デジタルだなあ。人間社会じゃしがらみが邪魔して絶対無理でしょうこれ。建前一切なしの打算100%の国家構成ですよ。こりゃあ痛快だ」
あっはっは、とコーメイが愉快そうに笑う。
「いやー、わっかんないわー。あたしにはわかんないわー。でもま、これでうちは喧嘩も全然なくて上手くやってるからいいのかもねえ。あ、次はケンタウロスの居住区ね。こっちは新しいんだけど、ルーちん何を考えたのかだだっ広いだけのところにケンタウロスを放り込んだんだよねー」
「ははあ、文明的なものは厩舎しかないですねこれ」
「寝床以外は、雨が降っても槍が降っても、ケンタウロスが外を走り回るからいらないって。確かにこいつらずっとハイテンションで走り回ってんだけどさ」
目の前で繰り広げられるのは、ケンタウロスたちの訓練風景である。
ゴブリンが持ってきたイラストを見て、その通りの動きをハイスピードで繰り返す。
いわば陣形なのだが、オークたち魔猪騎士団のそれとは明らかに理解の仕方、陣形の構成の仕方が違う。
「ふむ、まあこれはこれで」
「あっさり流したね?」
「これ、まだ完成形じゃないじゃないですか。私は戦略シミュレーションゲームにも詳しいのですが、こんなものまだ使い物になりませんよ。形になったらまた見に来ます」
「ほえー、ルーちんよりシビアだねえ」
「彼はゼネラリストでしょうが、私はスペシャリストとして入社しましたからね。結果を出すためには妥協はできませんよ。妥協したら彼らが死ぬんですよ?」
ケンタウロスを指差すコーメイ。
「ほえー、なるほどー。ルーちんはなんか、相手の意表を突くやり方でずっと勝ってきたけど」
「いつまでも続かないでしょう。奇策は限界が来る。正道で攻めて打ち勝つべきですよ。話を聞いた限りでは、文明レベルはこっちのほうが高いのでしょう? ならば、兵の練度と数を揃えて押し勝つやり方を、きちんと準備していきましょう」
「変な人だと思ってたけど、ルーちんと同じ感じで妙な方向に有能なんだねえ」
「そりゃあどうも。次はレジスタンスを使った情報操作でしたっけ? ご案内いただければ」
コーメイはレジスタンス、ブライトレイザーのリーダーとしての衣装をまとった。
翼は畳み込んで隠している。
そして仮面を被る。
「さあ行きましょう。演じ方は柘植さんから直々に教えてもらいましたからね」
「コーちゃんさ」
「コーちゃん!?」
「柘植さんって言うとなんかガクッと来るからさ、ルーちんのことはルーザックって呼んでくんない?」
「なるほど、副社長であるあなたの言葉は確かだ。この世界での彼はルーザックでしたね。では……我らが黒瞳王ルーザックの教えに従い、私がレジスタンスを使った諜報活動というものをやってみせましょう」
「おおー! それっぽーい!」
アリーシャが喜んで拍手した。
その後、レジスタンスに潜り込み、構成員たる過激な若者の好むような言動を放ち、ごく自然に溶け込んだコーメイ。
その中で気になる報告を受けるのだった。
「リーダー! 俺のツレがバーバヤガの人と親しいんすけど、あっちから会いたいって言ってきてるらしいっす」
「おお! 我らの高き理想にバーバヤガまでも賛意を示したか! 打倒悪しき魔族の国の悲願は今まさに達成されるところまでやって来ているぞ!」
「ま、マジっすか!? やべえ、すげえことになってるんすね!!」
「ああ。お手柄だ! 皆にも触れ回るがいい。だが、このアジトの外では漏らすな。どこにスパイがいるかも分からん!」
「わ、分かったぜ!」
レジスタンスの若者が去ったあとで、少女アリサのフリをするアリーシャが、リーダーのフリをするコーメイに話しかけた。
「やっとるねー。でも、なんでみんなに教えて回っていいのに外では言うなっていったのさ」
「人の口には戸を立てらないと言うでしょう。彼は黙ってようとするでしょうが、教えられた者は誰かにこれを伝えたくて堪らなくなる。人間側の噂話をゴブリンに集めさせましょう。ブライトレイザーに心情的に賛同する人間がどれだけいるかが判明しますよ。それらは危険分子です」
「ルーちんよりも突っ込んだことするねえ……!」
「それはそうです。社長はゼネラリストであるが故に、端々に目が行き届かないことがある。これは仕方がありません。大局を見据えて動かすの社長の仕事ですから。細部の不安因子の把握とコントロール、間引きはそれに向いた者がするのがいいでしょう」
「ふむふむ……。じゃあ、そいつらはみんな殺しちゃう?」
「いえ、偽の情報を各所で流しましょう。誰が内通者かが判明すれば、彼らにピンポイントで情報を与え、これをレジスタンスを通じて二国へと流す。気付いた者は英雄的な死を与えれば、レジスタンスの結束も高まり、ダークアイにとっての不安因子も排除できます。実に効率的ですよ」
「ひええ、邪悪~!」
「善人がストラテジーゲームで勝てるものですか。今後は、タクティクス(短期計画)とストラテジー(長期的計画)を私が担当します。発案と実行承認こそが社長の仕事になっていくことでしょう」
魔族の国、ダークアイでの役割分担が確立していく。
そしてコーメイが手に入れた情報は、驚くべきものであったことが後に明らかになる。
それは、狂王ラギールからの招待状だったのだ。
『バーバヤガにて、戦士を待つ』
レジスタンスの一員は、電気の精霊グレムリンに乗っ取られていた。
これを告げた後、彼は目や耳や口から眩い光を放ちながら爆発した。
「読み切るのが少々難しい相手もいるようですね。狂気王国バーバヤガ。これは社長に報告せねば……」
対バーバヤガ方面に動きあり。
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