第79話 狂戦士を解析せよ

「さて、狂戦士化した隣国のメカニズムだが」


「あれは狂気王国バーバヤガですな」


「なるほど。ではバーバヤガの狂戦士と呼称することにする。これは、ただの人間であったものが戦意の増大とともに変化した。何か特殊なメカニズムがあるに違いない」


「ふむ……」


 ここは、元鋼鉄王国。

 現在はダークアイの暫定首都である。

 その研究室に、ルーザック、ディオース、ズムユードの三人が集まっていた。


 いわばダークアイの頭脳三名と言えよう。

 いつもならルーザックの他、技術担当のズムユードだけなのだが。


「今回のこれは、魔法的な仕掛けが施されていると考えている。そのために魔法担当の部長である君を呼んだ」


「賢明なご判断です。これには確かに魔法的な力が働いていますな」


「ふむ、となると俺はお手上げだが」


「ズムユード、魔法的な方法はあまりにも法則が多岐にわたりすぎている。故に、コピーが困難なのだ。これを擬似的に技術で再現するのが我らダークアイの強みだよ。つまり……」


「私が解析し……」


「俺が再現するわけか」


 ダークエルフとドワーフが目を合わせ、うなずきあった。

 ダークアイにおいて、エルフとドワーフの反目はほぼ無い。

 人間という共通の敵を倒すためには、そんなことにかまけている余裕が無いからだ。


 結果として、魔法のダークエルフと技術のドワーフという、魔族の国の最重要機関とも言える両翼が生まれつつあった。


「では、腑分けを行う。皆、魔法防御を固めておくように」


「うむ」


「おうよ」


 ルーザックとズムユードが、黒い布のようなものを被った。

 特定の鉱石から、魔法を阻害する効果を発見したドワーフが作り出した、魔法絶縁紙である。

 極めて高コストではあるものの、その効果は折り紙付きだ。


「精霊よ、我が刃となりて……」


 ディオースの指先に、傍らのボウルから水が集まった。

 台座に設置された狂戦士の頭を目掛けて、水は超高圧のメスとなって振り下ろされる。


「ふんっ」


 一気に、頭蓋骨が切断された。

 すると、その中から輝きが出現する。


『キキキキキキキッ!!』


 飛び出してきたのは、視認できる電撃。

 猿に似た顔を持つ、輝く獣である。


 それが周囲を飛び回る。

 獣が抜け出た狂戦士の頭は、あっという間にしなびていき、ミイラになってしまった。


「ふむ、これが……」


「ああ、こいつがバーバヤガの狂戦士とやらの正体だぜ。俺が見るに……こいつは電気だ」


「ふむ、この世界にも電気があったのか」


「あるさ。鋼鉄王のやつは魔力を使う技術を確立してたから、電気を生み出す必要がなかった。だが、俺らドワーフは奴らが来る前は電気を道具として使ってたのさ」


「私が知る電気とは随分違うな」


「旦那がどんな電気をイメージしてるのかは知らねえが……電気っつうのは強力な力を持った精霊だよ。そいつをなだめすかして制御する。そうすると、すげえ力を分けてくれるって寸法さ。俺らはこの精霊を、グレムリンと呼んでる」


 そう言うと、ズムユードは瓶を取り出した。

 どこにでもある瓶だ。

 これに、魔法絶縁紙を被せて、その中央に穴を空ける。


「旦那かディオース、なにか尖った金属は持ってねえか?」


「これを使え」


 ディオースがナイフを手渡した。


「おう、ありがてえ」


 ドワーフはこれを手際よく分解する。

 刃だけになったナイフを、絶縁紙の穴に差し入れて……。


「ほうれ!」


 高らかに掲げた。


『ギャギャギャギャギャ!!』


 部屋中を飛び回っていたグレムリンは、掲げられたナイフ目掛けて引き寄せられるように飛びかかる。

 そして……。


『ギャ!?』


 瓶の中に、輝く雷の精は閉じ込められてしまった。

 ナイフを抜き取り、蓋をするズムユード。


「よしよし、捕まえたぞ。つーか、こいつらまだ生きてたんだなあ。鋼鉄王の技術がすっかりこいつらを駆逐しちまったと思ったが……でも、火花が散ったり磁石と金属が触れ合ったりする度に、小さいこいつらが生まれてるんだよな」


 瓶をバンバン叩くグレムリンを見ながら、ズムユードはしみじみと呟く。


「では、これで狂戦士の正体を掴んだというわけだな? だが、私にはまだ分からないな。これがどうして人間を狂戦士化させるのだ?」


「そこは私が説明しましょう。この頭骨から脊椎に至る部分を御覧ください。金属が埋め込まれている。そしてこれには刻印が」


「おお、騎士王国の紋章のようだ」


「然り! そしてゴーレムの技術も根は同じ。どれも、魔力を効果的に流し込み、働かせるための技法です。この紋章は、脳内に宿したグレムリンを人間の全身に流し込み、神経を強烈に刺激、筋肉を肥大させる効果があると推測されますね」


「魔法的なドーピングだったのだな。七王は本当にいろいろな手を使ってくる」


「おう。しかも選んだかのように、人間どもを使い潰すパーツとする手段ばかりだ」


「奴ら、己以外の人間に価値を抱いておりませんな。無論、この狂戦士とて同じ……いや、最も邪悪な技術と言えますな。狂戦士として戦う度に、恐らくこの人間の寿命は十年削れるでしょう。全力で戦える回数は、およそ三回」


「まさに使い捨ての弾丸というわけか。狂気王国、そのあり方もまた狂気だな」


 そして、これは上手いことを言ってしまったぞ、と呟くルーザック。

 ズムユードが思わず吹き出した。


「だが、狂王ラギール……。これは初代黒瞳王の戦いの時にも存在していなかったはずの男です。いや、もしや、別の名前で存在していたのかも知れませんが。故に、ラギールという七王の能力は誰も知りません」


「データを集めねばならないのか。だが、当たりをつけて対応することはできる」


 ルーザックの言葉に、ディオースとズムユードが首を傾げた。


「当たりとは?」


「狂気王国の力がこの狂戦士なら、あちらの主とする戦闘手段はグレムリン……電気を使った力ということになる。つまり、狂王は電気使い。私が知る創作物的に考えるなら、雷撃の使い手であろう」


「なるほど……!」


「ああ、なるほどなあ。つまり、絶縁紙を使いまくって挑むってか、旦那は」


「いかにも。しかも、状況によっては初手で仕留める必要がある相手であろう。狂気王国という名だ。理性がないかも知れない。理性が無いということは、何をしてくるか分からないということだ。予測が立たないのはなかなかきついぞ」


 うーむ、と考え込む、ダークアイの幹部三名なのだった。

 結局、この場のメンバーではいいアイデアはでないと結論づけ、会議を開くことになった。





『我輩が魔眼光で全て焼き払ってしまえばいいのでは?』


 身もふたもない事を言ったのはサイクだ。

 だがこれは却下される。


「サイクは剣王にやられていただろう。狂王が剣王より弱いという確証もないのに、やれると慢心するのは危険だ。大体慢心した者がやられていくというのがパターンなのだ」


『むむむっ! 剣王を下したルーザックに言われるとぐうの音も出ん』


 サイクが大人しく引き下がった。

 ルーザックが剣王アレクスを下してから、サイクは完全にルーザックをリスペクトしているのである。


「今までさ、うちはなんかいきなり攻撃を仕掛けたり誘ったりしてると思ってたけど、全部計算していたわけなの?」


 ピスティルの質問に、ルーザックは頷いた。


「いかにも。盗賊王との戦いが偶発的な勝利が多かったものでな。魔導王国、鋼鉄王国との戦いでは、可能な限りリスクを取らないようにして戦ってきた」


「そうだねー。よくぞあんな、慎重な慎重な戦い方で勝ち続けてきたもんだよー」


 アリーシャがけらけら笑った。


「でも、だからこそなりふり構わずに相手の戦い方をパクって行くんだもんね。いやあ、ホークアイの頃からは想像もつかないくらい規模が大きくなってさあ。とれる作戦も増えてきた。あたしは楽しいなあ」


「ん! ジュギィも楽しい。あとね、それでね、ルーザックサマ!」


「なんだねジュギィ」


「ズーリヤがね、教えてくれたの。騎士王国のおくに、仲間になる人たちがいるって」


「ほう……!」


 一同の視線がジュギィに集まる。


「オークのお話でね、騎士王国には魔族が住んでたって。ケンタウロスっていうの」


「なるほど。想定できない動きをするであろう敵には、こちらの動ける手段を増やし、種族を増やし……多様性で対抗する。我々ダークアイの最も基本とするやり方だ」


 全ての幹部が頷いた。

 新たな種族を、魔族の軍勢に迎え入れる。


 次なる目的は、ケンタウロスの捜索。


 




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