第78話 狂戦士、暴れる

 狂気王国バーバヤガと、騎士王国ガルグイユの戦いが始まった。

 これを遠巻きに眺めるダークアイ勢だが、見境なしのバーバヤガは見逃してはくれない。


「もがーっ!!」


「ギィ!」


「ルーザックサマ、こっち来たよー!!」


「わざわざ離れてるこっちまで駆け込んでくるのか。国境を越えた分だけ迎撃だ。ゴブリン写生チーム! 隣国の筋肉もりもりたちの戦いを記録し続けるんだ!」


「ギッ!」


 ルーザックは指示を飛ばした後、高速戦車を走らせた。

 これは、移動と、移動先での戦闘を考慮して作られた玉座戦車のバリエーションである。

 黒瞳王の魔力で運行するために、リミッターが外されている。


 走行こそ玉座戦車に大きく劣るが、機動力は別物だ。

 むしろ、ゴーレムキラー・ゴキちゃんシリーズに近い。


 いわば、玉座戦車とゴキちゃんの技術が合わさった新たなる力なのであった。


「行くぞ! ジュギィ、アサルトゴキちゃんの操作は任せた」


「おまかせ! いくよ、ゴキちゃんたち!」


 疾走する高速戦車の後部から、八体の小型ゴキちゃんが放たれた。

 これらはジュギィによってコントロールされる、新型のゴーレムキラーである。


「もがあああーっ!!」


 斧を振り回す、バーバヤガの狂戦士。

 騎士王国側の言葉が確かならば、あれ一体で陣形を組んだ小隊規模と互角だと言う。


「つまり、鋼鉄兵に匹敵する戦力ということだな。では威力偵察と行こう」


 斧の攻撃のギリギリを掠めようとするルーザック。 

 だが、彼はそこまで運転が得意ではなかった。

 生前は、ゴールド免許が輝く堂々たるペーパードライバーである!


「あっ、しまった」


 ずどーんと狂戦士に真っ向から突撃するルーザック。


「もがーっ!?」


 斧が高速戦車の先端を少し凹ませるものの、一撃が振り切られるよりも早く大重量の突進が狂戦士を跳ね飛ばした。


「ウグワーッ!」


 クルクル回って吹き飛ばされる狂戦士。

 受け身も取らずに地面に叩きつけられた。


「死んだかな……?」


 それを観察するルーザック。

 だが、狂戦士は何事も無かったかのように起き上がった。

 いや、体のあちこちから出血しており、腕もあらぬ方向に曲がっている。


 だが、戦意はいささかも衰えず、痛覚もないようでそのまま斧を振り上げて襲いかかってきた。

 目の前で、狂戦士の傷が塞がり、腕も元の位置に戻っていく。


「極めて高い耐久力、そして痛覚への耐性、高速再生。これはちまちまとしたダメージでは倒せないな」


「ルーザックサマ、お任せ!」


 ゴキちゃんシリーズが疾走しながら、高速戦車を追い抜いた。

 それが次々と離陸する。


 漆黒の八翼が天を舞った。


「もがああああっ!?」


 頭上をくるくる旋回するゴキちゃんシリーズに、狂戦士が空を振り仰いで吠える。

 斧を振り回しても、届かない。


「ゴキちゃん、ゴーッ!」


 ジュギィが指示を下した。

 それに従い、狂戦士目掛けて襲いかかるゴキちゃんシリーズ。

 内羽が展開され、鏡面加工されたこれが太陽の光を反射して眩く輝いた。


「もがあ!」


 目を眩まされる狂戦士。

 夜であれば闇に溶け、晴天であれば陽の光を味方につけるゴキちゃんシリーズ。


 そして黒い翼の一部は刃のごとく研ぎ澄まされていた。

 降り注ぐのは、意思を持つ刃。


 視覚を奪われて上手く迎撃できない狂戦士を、ゴキちゃんシリーズが連続で襲った。


「ウグワーッ!!」


 狂戦士がバラバラになる。

 ルーザックは、じっとそれを観察した。


「……くっつかないな」


「くっつかないね」


 ゴキちゃんが近づき、狂戦士だったものを足でつんつん、とつついた。

 動かない。

 ただの屍のようだ。


「バラバラにすると死ぬな。いや、首を落としても動くかもしれない。バラバラにしたことで、動く手段を失ったから動作を停止しただけかも知れない」


 ルーザックは慎重だ。


「どうさ? ゴーレムみたい」


 ジュギィの感想に、ルーザックは頷いた。


「人間を戦うためだけのゴーレム化する力を、隣の国は持っているのだろう。そう考えたほうがいい。相手を過小評価する思考は、事故を呼びやすいものだ」


「相手が強いって思って、いろいろ考えておいた方がいい! ジュギィ、ルーザックサマに教えてもらってる、いっつも」


「うむ。だからこそ、君が先程やらせたアサルトゴキちゃんの連続突撃は大正解と言えよう。手足と首をバラバラにしてしまえば、活動は不能だ。念の為に、かさばらない頭だけ持ち帰ろう」


「はーい!」


 ゴキちゃんシリーズが、狂戦士の頭部を回収する。

 

 ゴブリンチームも写生が終わったようだ。


「ダークアイ、撤収! 場合によっては国境線を放棄しても構わない。対策が完成すれば、幾らでも奪還することができるからな。無理をするな! 無理は続かない! 無茶をするな! それによって得られる成果は犠牲の上に立つものである! 我らダークアイは、一丸となり、無理すること無く平常心で勝利を掴み取る!」


 ルーザックが宣言すると、陣地にいた全ゴブリンが顔を出した。


「ルーザックサマ、ギール!!」


「黒瞳王サマ、ギール!」


「ギール! 撤収! 撤収!」


 素晴らしい動きで、陣地が解体されていく。

 あるいは、その場に残しても構わないありきたりのものなどは無視。

 得た情報と、ダークアイの技術で作られたものだけを持って、猛烈な勢いで彼らは撤退していった。


 少し遅れて、狂戦士たちがやって来る。

 だが、そこに彼らが戦うべき相手はいない。


 ややもすると、狂戦士たちの目に理性の光が宿った。

 そしてまた彼らは無気力になり、ふらふらと自国へ帰っていくのだった。


「むっ?」


「どうしたのルーザックサマ」


「敵兵士の首だが、さっき一瞬目がバチバチと光った。何かの信号を発した可能性があるな」


「信号?」


 ルーザックの予想は正しかった。





 遠く、狂気王国バーバヤガの宮殿にて、狂王ラギールが微笑む。


「ああ、君が黒瞳王ルーザックか。僕が知る黒瞳王と比べて、随分と小さく、弱くなってしまったものだねえ……。だが、そんな君があの剣王を倒したという。面白い。面白くてたまらない。君は何をどうやって、僕らに勝とうとしているんだい? 興味があるよ! はやく……はやく君と戦いたい……!!」


 バリバリと、ラギールの全身から稲光が漏れる。

 彼の周囲に張られた結界が、その稲光を遮断した。


 未だ、ラギールは法王クラウディアの作り出した結界から抜け出すことができていない。


「厄介だなあ、この結界! 本当に、クラウディアのやつは邪魔だなあ……。でも、あいつが本気になったら僕でも危なそうだ! あはは! それはいいな、それはいい! 次はあいつだ! 黒瞳王を倒したら、次はクラウディアを倒そう! どうしてこんな面白そうな事を今まで思いつけなかったんだろう! ああ、もう! 楽しいことが目白押しじゃないか!」


 ラギールは、玉座から立ち上がった。

 そこは、謁見の間。

 しかし、誰も手入れをしないで永い時が過ぎたそこは、荒廃し、風化し、壁も天井も崩れ落ちていた。


 ラギールの頭上には、曇天。

 狂気王国の城は、一見すると瓦礫の山にしか見えない。


 城の兵士はいない。

 狂王に守りなど必要は無いからだ。


 そんな荒廃した城が、ごく平凡な作りをした町の中央に存在している。

 ここが狂気王国の王都。


 民は誰も、瓦礫となった城のことなど気にも留めない。

 それは数百年も前からの日常であり、そして狂王によって精神を掌握された彼らは、己にとっての日常以外に意識を割くことなどできないからだ。


 狂気王国バーバヤガ。

 その国に存在する全ては、狂気の底にある。

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