第77話 狂王動く
騎士王国ガルグイユ。
彼らは先日の、ダークアイの予想外の猛攻によって、戦線の後退を余儀なくされていた。
国境を一部削り取られた形になった騎士王国。
しかし、彼らとて猪突猛進する単純な存在ではない。
すぐさまダークアイへの対策を立てるべく、動き始めていた。
ここは、ガルグイユの王都。
輝ける王城ハルバルディアにて、会議が行われていた。
「陛下、内通者からの情報をまとめてあります」
「ご苦労」
侍従のアルベルから書類を受け取り、騎士王スタニックはそれに目を通した。
ダークアイが人間を取り込み、仲間にしたという情報は既に得ていた。
これを好機として、既にガルグイユは、魔族の国に密偵を派遣していたのである。
「ブライトレイザー……。アレクスの剣と同じ名をした組織か」
スタニックの顔に皮肉げな笑みが浮かぶ。
先日の戦いで、黒瞳王にかの聖剣をへし折られ、恐らくは初代黒瞳王以来の敗北を喫した剣王。
彼の凹みようを思い出したのである。
「これを利用してダークアイに一泡吹かせてやれれば面白いな」
「一泡ですか? 内通者によって魔族どもの作戦などが知れれば、我らガルグイユの力を以て一網打尽にできぬのですか」
旋風騎士団の団長、シュウザーが訝しげな顔をする。
水竜騎士団のヒューガと岩山騎士団のドミトールも同様。
「分からないか? スタニック陛下は、例えダークアイが下賤な魔族の国だとしても、侮ってはいないということだ」
天翼騎士団長にして、四団長の紅一点、シャイアが鼻を鳴らした。
「いいか? ホークウインドも、ゴーレムランドも、魔族どもを侮ったが故負けたわ。このガルグイユは何をしても負けることはないだろうけれど、それでも魔族の国ごときに苦戦することだってありうるわよ。特にあなたがたがそんな調子ではね」
「なんだと……!?」
「陛下の太鼓持ち風情が」
「まあまあ」
シュウザーとヒューガがいきり立つのを、ドミトールがなだめた。
「シャイアも、挑発するのは良いことではない。陛下の御前だからといって、強い言葉を使わずとも陛下は我々を平等に見てくださるであろう。我らが威勢よくするのは、戦場のみで十分であろう? がっはっは」
「ふん、そうだったわね」
シャイアが矛を収めた。
四つの騎士団は、それぞれがガルグイユ最強を謳う。
だが、それを証明するための機会に恵まれなかった。
この世界、ディオコスモは平和に過ぎたのである。
時折発生する、バーバヤガの暴発に対抗して、いかに彼らを抑え込めたかを比べあうくらいが関の山であった。
魔族の国ダークアイは、彼らに取って存分に力を振るえるまたとない好機。
他の騎士団長よりも抜きん出ようと、天翼、旋風、水竜の三騎士団長は火花を散らしていた。
なお、国の守りを標榜する岩山騎士団長ドミトールは、のんきなものである。
その大きな体を背もたれに預け、出された茶や菓子をパクパクと食らっている。
「気が済んだか、お前たち。だが、その槍を、弓を、剣を振るうべき敵は目の前の同胞ではない。魔族だ。ゆめゆめそれを忘れるな。この内通者の件だが、私はあくまで補助的に用いる程度に留めておくつもりだ。四騎士団においてもそのようにせよ。むしろ、この内通者からの連絡がなくなった時点で、彼らが内部を統制する力は高いものとなっていると警戒すべきであろう」
「なるほど」
侍従のアルベルが頷いた。
「陛下は、敵が一枚岩であるとすれば、それこそが最大の脅威であると仰られている」
アルベルが、四人の騎士団長に告げた。
団長たちが、この侍従を疎ましげに見る。
侍従という立場ではあるが、アルベルの地位は騎士団長と同格。
しかし、ただスタニックの隣に立つ資格を持っていると言うだけで、彼はまるで団長たちの主であるかのように振る舞う。
見えぬ火花が散る、騎士王国の最高会議なのであった。
だが、この喧々諤々のやり合いも長くは続かない。
部屋へと飛び込んできた騎士がいたからである。
「大変! 大変です!!」
騎士の顔は青ざめていた。
騎士団長たちは顔をしかめて彼を見る。
唯一、ドミトールが立ち上がり、自らが使っていた水差しを騎士に与えた。
「落ち着け! そして伝えよ。お前が焦るほどの何かが起こったのだな? そしてそれを陛下に伝えねばならなかったのだな?」
「はっ、はい!」
水を飲んでやや落ち着いた騎士は、声を張り上げる。
「申し上げます!! 狂気王国バーバヤガが挙兵!! ガルグイユ、ダークアイ国境線に陣を敷きました!」
「なんだと……!? ラギール、もうあの結界を破ったというのか……!!」
スタニックが立ち上がった。
事態は、悠長に構えていられる状況ではなくなった。
魔族の国と騎士王国との戦いに、狂気王国が参戦したのである。
「なに、隣国が攻めてきた?」
レジスタンスにて演説するためのシナリオを書いていたルーザック。
ゴブリン偵察隊からの一報を受けて、執筆を中断した。
「煮詰まっていたところだ。事件が起こってくれてちょうどいい。私の創作意欲を掻き立てる、何かドラマチックなインスピレーションを起こしてくれるかもしれんな」
「ルーちん、ブライトレイザー首領のキャラが抜けなくなってきたっしょ」
「そんなことはないぞ同士アリーシャ」
「ほらあー」
「しまった」
役者が、人格が役に引っ張られることがあるという。
ルーザックはそういうタイプらしい。
散々アリーシャにからかわれてから、彼は移動用の高速戦車に乗り込んだ。
「ルーザックサマー!」
「おお、ジュギィも来たか。よし、乗るがいい」
「はい!」
ジュギィを助手席に乗せて、ルーザックは走る。
アリーシャはテレポートを繰り返しながら、先に現場へ向かっていることであろう。
小一時間も走ると、国境が見えてくる。
高速戦車の速度は、時速百キロにも及ぶ。
荒れ地でその速度を発揮するのだから、乗り心地は最悪だ。
ダークエルフ組は絶対にこれに乗りたがらない。
グローンですら音を上げた代物なのだ。
なので、これに乗るのはルーザックと、彼の一の子分であるジュギィだけだった。
「ジュギィは報告を聞いているか?」
「聞いた! なんか、斧とか槍とかしか持ってないって! でも、騎士王国がすごく緊張してるみたい」
「なるほど。つまり、七王の権能で見た目以上の力を発揮する連中ということだな」
国境ギリギリで、ルーザックは高速戦車をドリフトさせながら止めた。
いや、ちょっと国境からはみ出した。
騎士たちがビクッと反応する。
「あ、ごめん」
ルーザックは謝りながら、戦車を国境に戻した。
「諸君らは緊張しているようだが、隣国はそれほど恐ろしい相手なのかね」
「お、お前はなんでフレンドリーに話しかけてくるんだ……!! 何者かは知らないが、今も幾千もの矢と槍がお前を狙っているのだぞ!」
「それはそれとして、隣国は恐ろしい相手なのかね」
「ぬ、ぬうっ! そうだ! バーバヤガの狂戦士は、数こそ少ないが単騎で陣形を作り上げた兵士一個小隊を凌駕する! 今はああしてぬぼーっとしているが、どんなきっかけで狂戦士化するか分からないのだ! いいか、刺激するなよ!? 絶対に刺激するなよ? 絶対に、絶対に刺激するなよ?」
「うむ」
ルーザックは頷いた。
「情報提供ありがとう」
そして彼は、高速戦車を動かして一旦自分たちの陣地に戻ろうとした。
その時である。
ルーザックは前進と後退のフットペダルを誤って踏んだ。
高速戦車のフットペダルは、近いところに設置されている。
瞬時に前進と後退を入れ替え、相手を幻惑するためである。
その代償として、よく前進と後退を踏み間違えるという弱点を負うことになった。
つまり……。
ルーザックが、狂気王国側にバックで突っ込んだのである。
「うわーっ!」
狂気王国の兵士を一人、バックで轢いた。
「あっ、ごめん」
ごめんで済むような次元ではなかった。
「攻撃……攻撃あり」
「怒り……怒り、怒り、怒り!!」
兵士たちがブツブツと呟く。
その全身が膨れ上がり、身に纏っていた粗末な鎧が弾け飛んだ。
出現したのは、オーガと見紛うばかりの筋肉だるまであった。
目はランランと輝き、血走って怒りに燃えている。
大きく開いた口から、よだれを垂らしながら言葉にならない咆哮を上げる。
「ば、ばかーっ!!」
騎士王国の兵士たちがルーザックを非難した。
「ごめん」
ルーザック、マジ謝りである。
だが、危険そうなにおいを感じ取ったので、高速戦車ですぐさま走り去る。
今度は前進と後退を間違えなかった。
「ルーザックサマ、うっかり!」
「うむ……根を詰めて執筆をしすぎてしまったようだ。いかんいかん。だが、これはチャンスだぞ。異なる七王の国の戦力を、見極めるチャンスなのだからな」
災い転じて福となす。
ルーザックはポジティブシンキングであった。
ちなみに転じた災いは騎士王国に降り掛かったのだが。
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