第75話 戦利品と報告会
黒瞳王、剣王に勝利せり!
この一方は、ダークアイ全土に驚きと歓喜を持って迎えられた。
戦地より帰還したルーザックを、ダークアイの民衆が出迎える。
たくさんのゴブリンと、合間合間にオーガやらダークエルフがいる。
「ギール!」
「黒瞳王サマ、ギール!!」
「ギール!!」
ばんざい、ばんざい、と叫んでいるようなものだろう。
漆黒の甲冑はトコトコ歩きながら、周囲の者たちへ手を振り返す。
「すごい盛り上がりだな」
「ルーザックサマ、剣王やっつけた! すごい! みんな、剣王こわいやつって知ったの。ディオース先生がおしえてた!」
「なるほど、敵の脅威を知ることは大事なことだ。知識でがんじがらめになり、萎縮してしまうのは良くないが。だが、相手の脅威を知ったからこそ、これを倒せると皆が認識したことは素晴らしいな。我ながらいい仕事をした」
「ん! ルーザックサマ、いっつも良いお仕事してる!」
「そうかな? フフフ……」
ジュギィはルーザックを甘やかすので、ひたすら彼は調子に乗ってしまう。
「諸君! これが剣王の聖剣とやらを砕いた黒い剣だ! 名も判明した! 原子剣アトモス!」
「おおーっ!!」
観衆がどよめく。
多分、ルーザックの言っていることを半分も理解していない。
だが、あの黒い剣が凄くて、剣王があれでやられたと分かれば十分なのだ。
わいわいと盛り上がる中、戦場で回収された資材が粛々と研究施設へ運び込まれていった。
「では諸君、本日の戦利品を腑分けしていこう」
いつもの格好に戻ったルーザックが、研究施設にて宣言した。
彼が何かやるとなると、ダークアイの幹部が全員集まってくる。
みんな新しい物好きなのだ。
おそらく、ルーザックに影響されたのであろう。
「まずはこれだ。弓兵が身につけていた鎧の、胴体部分。そこに紋章があってな。これのコピーを取ってきてもらった」
紙で型取りしたものを、絵に書き起こしてある。
ゴブリン・ドローイングチームとでも呼ぶべき職能集団が既に生まれており、彼らの写実的なイラストはなかなかの精度であった。
ちなみに紋章は、八割似ていれば近い性能で機能することが分かっている。
「この紋章の効果は一体?」
ディオースがそれを指でなぞりながら尋ねる。
「うむ。飛び道具の射程距離と威力を増加する。恐らく、実体弾であるセーラやゴブリン戦車の弾にも採用可能だろう」
「ほう! では、魔法に関しては?」
「騎士王国は魔法の使用があまり盛んではないようだ。確認できなかった。これはこちらで実証試験を行っていくとしよう。紋章による魔法の強化が可能なら、ダークエルフ部隊は大いなるパワーアップをすることになるな」
「ええ。この紋章による陣形が、我らにも効果を成せば何よりです」
『それ、我輩にも効くの?』
サイクがじーっと、紋章に熱視線を注ぐ。
「サイクの魔眼光の効果を上げられたら凄まじいことになるな……! これは実際に試さねばなるまい」
『よしよし』
大きな目玉が、ウキウキとして弾んでいる。
「これ以上サイクロプスが強くなるわけ? ルーザックさ、あんたこいつを制御できるの?」
ピスティルが疑念を呈する。
彼女は、ルーザックにとって重要な幕僚だった。
基本的に、幹部たちはルーザックに対して疑問を抱かない。
この改革者の言うことを、やってみようという方向で肯定的に動く。
アリーシャは批判的なように見えるが、実はルーザックの言うことをそこまで分かっていない。
今も、今回の戦利品を取り上げては、退屈そうに眺めてその辺にぽいっと捨てて、ジュギィに叱られたりしている。
「ピスティル、貴重な意見をありがとう。君がいてくれて本当に良かった」
「は!?」
ダークエルフの娘がぽかんと口を開けた。
そして、次第にその頬が赤らむ。
「な、な、何言ってんのあんた!! いきなり私を褒めて、味方につけようって算段でしょ!? 残念だけど私はずーっとあんたが死ねばいいって思ってるわよ!!」
「うむ、それでいい」
ルーザックがアルカイックスマイルを浮かべる。
ピスティルの背筋が、ゾゾーッとなった。
「イエスマンだけの組織は脆い。だが、トップへの信頼がない組織は早晩瓦解する。バランスが大切なのだ。ピスティルが何事にも疑念を示してくれることで、我が組織は強靭となる」
「妹のはただ単にルーザック殿が気に入らないだけなのではないかと思う」
ディオースの呟きは流された。
『ふむ! 我輩がルーザックに反乱を起こすと? わはは! そいつはいい! だが、心配するな娘よ! 我輩がもしも、何かに操られてこの男に敵対することになった時には……こやつは既に準備を終えているであろうよ』
愉快そうに笑うサイク。
「準備?」
『この男が、我輩を倒せるようになっているということだ。それも、五体を揃えて完全となった我輩をだ』
「そんなまさかあ」
「さっきからピスティル様の仰る事が一々カチンと来ます。表へ出ろ」
「セーラ落ち着け、どうどう。ステイ、ステイ」
「はい、私は冷静です。私はクールです」
「何気にセーラって瞬間湯沸かし器よねー」
「セーラ、ルーザックサマばかにされる、ゆるさない! ジュギィもセーラの気持わかる!」
「ジュギィ様……」
「あ~あ~、良いか?」
オーガの長グローンが口を挟んできた。
「わしとしては、ルーザック殿が戦場で試した、一人陣形というものの効果について興味がある。わしらオーガは大人数での規則的な行動が苦手だ。種として強靭が故に、群れることを不得意とする故な」
「うむ、これは試した。鋼鉄兵団にも応用ができるだろう。現在は守りの陣形と射撃の陣形のみだが。ファランクスは鋼鉄兵団には合うまい。集団突撃の陣形だからな。オーガの体格なら、一人につき三人分の紋章を刻めるはず。これで三体一組となって行動すれば、それぞれが陣形を発動しての作戦行動が可能だろう」
「ほうほう……。わしは一人で行きたいのだが」
「グローンのゴーレムアーマーを巨大化させ、一人陣形が可能なようにする他あるまい」
「また……大きくなるのか……。わしは本当は生身が好きなのだが……」
「生身の時代じゃねえってことだな。つうか魔族はよ、生身で人間にボロ負けしまくったわけじゃねえか」
ドワーフのズムユードが歯に衣着せぬ物言いをする。
これは、サイクとグローンとディオースのハートをとても傷つけた。
三人とも、トラウマが蘇って呻く。
「ズムユード、フレンドリーファイアになる発言はよしたまえ……。士気が下がる……」
「おう、こりゃあ済まねえな。だがよ、俺らダークアイの強さは個人の力じゃねえってのは、あんたら上位魔族が一番よく分かってるんじゃねえのか? これまで旦那が率いてきた戦場で、個人が持つ力だけで勝てた戦場があったかよ? ねえ! 俺ら裏方は、あんたら強え奴らをさらに強くして戦場に送り出す。あんたらは戦場でデータを取ってくる。俺らがそれを見てさらに強化する! これがダークアイの強さよ」
「素晴らしい」
ルーザックがスタンディングオベーションした。
ジュギィが真似をする。
セーラはルーザックに追随する。
「え、これ、拍手しないといけないやつ? あたしもするかあ」
アリーシャがわけがわからないなりに真似をする。
ディオースも、ルーザックがやることならと倣う。
グローンは、これが黒瞳王の作法なのかと自分もやってみる。
「は? は?」
ピスティルは、自分とサイク以外の誰もが拍手をし始めたので唖然とした。
「それはそうと、次は回収した聖剣の欠片だが……。ああ、私の剣については剣王が詳しかった。原子剣アトモスと言うらしい。原子というものは、たしかにそれ以上細かくできない最小の単位。不壊の剣というわけだな。もしかすると、この剣自体が一つの原子なのかも知れないな」
「原子っつーと、理科のあれでしょ。あー、なんか知ってる知ってる」
ルーザックとアリーシャ以外、原子という物を知らなかった。
なので、この話はこれ以上膨らむこと無く流されることになる。
「聖剣をどうするかだ。ズムユード、これを加工できるか?」
「あー、これなあ。硬すぎるんだわ。それに聖なる魔力みたいなのを帯びてて、魔族との相性は最悪だわな。使えねえわ」
「ふむ、では我が軍で使用できる者は?」
「人間。あとはセーラだな」
「では、セーラの装備としてある程度の加工を頼む」
「了解だ。旦那の剣じゃねえと割れねえから、ちょっと貸してくれ」
「よし」
軽い調子で貸し借りされる、原子剣アトモス。
「時に、人間の仕事ぶりはどうだね?」
「はい、それについては私がお答えします」
セーラが挙手した。
「発言どうぞ」
「ありがとうございます。概ね、魔族に対して恭順しています。ですが妹たちがそれとなく内偵したところ、幾つかの派閥が生まれているようですね」
「ほう、派閥。人間は一枚岩にはなれぬ種族だからな。私は詳しいんだ。裏切ったり裏切られたり、嫉妬したりする生き物だ」
「ええ。だからこそ、鋼鉄王も人間を近くに置かなかったのだと思います。彼らは私たちダークアイに従う者と、裏で反旗を翻すことを考える者に分かれています」
「裏切るつもりか!」
グローンが鼻息を荒げる。
「わしが叩き殺してやる!」
「待て、グローン。いきなり芽を摘んでしまってはそれまでだ。セーラ、それ以上の情報は?」
「はい。恐らく、外部と繋がっているのではと。彼らはレジスタンスを名乗っているようですが」
「なるほど。具体的な行動は起こしていない?」
「はい。人間は目立ちますし、あらかじめ小型の魔族には、集団で行動するように指示を下してあります。ゴブリンたちが被害を受けるような状況を避けるためです」
「素晴らしい。では内偵を続行してくれたまえ。人間のガス抜きのため、そういった組織があることは望ましい。だが、そういった組織が我らに敵対する存在として機能を発揮することは望ましくない。レジスタンスを乗っ取り、我らの傀儡とすることにしよう」
黒瞳王は、絶対に油断をしない。
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