第74話 全ては罠だ
「待っていたぞ黒瞳王! だが! 俺は! デカブツ相手が一番得意でなあ!」
猛烈な勢いで接近する剣王。
その脚力は人間のそれではない。
一飛びで走り幅跳びのそれに匹敵し、これを連続して超高速で接近してくる。
『人間をやめているな』
「お前がそれを言うか! はっはあ! それっ!!」
牽制のつもりか、剣王が繰り出す一撃が空を断つ。
真空の刃が、ゴリラ・黒瞳王を襲った。
これを、ゴリラ状ゴーレムアーマーは上腕を掲げることで迎え撃った。
そこから放たれたのは、なんと無数の羽毛である。
「なんとっ!!」
さすがの剣王が目を剥いて叫んだ。
剣風は舞い散る羽毛によって優しく減衰させられ、ゴリラ状の腕には傷一つ負わせられない。
「俺の剣をそんな方法で防げるのか!?」
『うむ。鋭きもの、強きものには柔らかいものをぶつける。ぶっつけ本番だったが、君の飛ばすタイプの剣撃にはその剣ほどの力はないな。サイクからの報告通りだった』
のそり、とゴリラ・黒瞳王が動き出す。
四腕のうちの一つが持ち上げられ、そこから放たれるのはくず鉄を加工して作られた散弾だ。
これが黒瞳王の無尽蔵の魔力を用いて、絶え間なく吐き出される。
「ぬおっ! なんだこの弾!? 不規則に飛んできやがる!」
散弾を次々弾くのは、さすが剣王。
だが、全ての弾は不揃いな形をしており、風を切りながらめいめい勝手、ばらばらな動きをする。
『君ほどの実力者ならば弾丸を弾くことも容易であろう。だが、弾丸全てに意識を割かねばならぬ状況ならどうかな? これは君の気を散らして疲れさせるための攻撃だ』
「最悪だなお前!」
散弾を次々切り裂きながら、だが、剣王は進む。
黒瞳王もまた進む。
ついに散弾を撃ち尽くした段階で、両者は接敵した。
「残念だったな! 俺にそんなものは通用し……」
吠える剣王の目の前に、ゴリラ状の前腕が掲げられた。
その手のひらの中は空洞になっており……。
『発射!』
放たれたのは、メイドゴーレムの動力炉をデッドコピーした不良品。
これに黒瞳王の魔力を与えてオーバーロードさせ、爆発させるためだけのものだ。
「おおおっ!? 話をさせろてめえ!!」
連続で放たれた動力炉弾が、剣王の眼前で爆発する。
爆風すらも切り裂く剣王だが、この連続射撃は彼に残心を許さない。
立て続けに爆風が襲いかかる。
「しかも! 微妙に発射間隔を変えてきやがる! 最悪だなお前!」
『相手の嫌がることを率先してやるのが私の得意技でな』
「意味が違うんじゃねえかそれは!! しかもてめえ、それ、ゴリラの形をしたアーマーかと思ったら……!」
ゴリラ・黒瞳王が、射撃を終えて爆風にも晒され、ボロボロになった前腕をパージする。
「それ全てがお前の武器庫か!!」
『いかにも』
ゴリラの腹部が展開する。
そこから放たれるのは、扁平な体をした虫のようなゴーレムの群れである。
『量産型ゴキちゃん、蹂躙せよ』
一気に広がる、ゴキちゃんシリーズ。
「うおわっ!!」
剣王の背中を嫌悪感が走り抜けた。
彼はゴキブリが嫌いだった。
「さ、最悪だなお前!! 俺が戦ってきた敵の中で、間違いなく一番性格が悪いぞ!!」
『うむ。研究した甲斐があった』
駆け回るゴキちゃんは、その背中に単発式の弾丸発射機構を備えている。
これをあらゆる方向から、剣王に向けて放つ。
全てルーザックによって遠隔操作されているのだ。
『こういう種類の、コミュニケーションが介在しないマルチタスクは私の得意とするところでね』
「ぬおおおおおっ!!」
周囲を這い回り、飛び回り、あちこちから弾丸を放ってくるゴキちゃんに、剣王が全力で対応する。
「舐めるなよ、てめええええええっ!!」
剣王アレクスは吠えた。
嫌悪感を振り払い、ゴキちゃんを切り裂く。
すると、金属の部品が飛び散った。
なんのことはない。
外見こそ嫌悪感をそそるゴキブリに酷似しているが(なんと背中にはテラテラと光らせるために油まで塗ってあった!)、それは金属製のゴーレムでしかない。
ならば、斬れる。
「おらおらおらおらおらおらあっ!!」
剣王は吹き荒れる嵐のようになった。
近づくゴキちゃんは粉砕され、弾丸は切り捨てられ、どれ一つとして彼の肉体には届かない。
「一発一発は、たしかにそれなりに強力かもな。俺以外には! 俺にとっては全て、目くらましでしかねえ!!」
『そこに気付くとは……なかなかやるようだな』
「上から物を言ってんじゃねえ!!」
ほとんどのゴキちゃんを破壊し、突っ切ってくる剣王。
ついに、ゴリラ・黒瞳王へと肉薄した。
「死ね。黒瞳王! 俺を焦らせたことは褒めてやるよ!」
『それはいささか性急な現状認識ではないかな?』
黒瞳王の声に被さるように、ゴーレムアーマーが発生した。
『フォーメーション・G』
ここで剣王は気付く。
ゴリラ状のゴーレムアーマーの腕にも、足にも、体にも、紋章が刻まれていたことに。
そして、パージされたはずの前腕部も紋章を光り輝かせている。
「マジか……!!」
発生したのは光のフィールド。
これが、剣王の一撃を受け止めた。
「一人陣形!! スタニックしかできねえことを、機械仕掛けでやってのけるのか、お前!!」
『なるほど。それは騎士王のことだな。騎士王スタニックの手の内が一つ知れた。感謝する』
「舐めてるのか、お前は!!」
『私は常に本気だよ』
「マジで! 最悪の野郎だな!」
剣王が僅かに間合いを取り、身構える。
「この陣形の硬さがあいつほどじゃないことを祈るぜ。おらっ!!」
獣のように低い構えから、剣王が走る。
放たれるのは、横薙ぎの強烈無比な一撃。
黒瞳王が張った陣形は、これに耐えきれずに砕け散った。
光り輝くガラスのようなものが飛び散り、空気に溶けるように消えていく。
『陣形は物理的に破壊できるか……!』
「当たり前だ! 魔法で作った壁でも、耐久力を超えるダメージでぶっ壊せる!」
『なるほど、勉強になった。また一つ新たな知見を得たぞ』
「何を言ってやがる! お前がそれを活かす機会はない!!」
『いや、機会は作るものだ』
陣形を打ち破られながらも、真っ向から掴みかかるゴリラ・黒瞳王。
「作れねえよ! 俺がお前の前にいるんだからな!!」
ゴリラ状アームを、剣王が叩き切る。
黒瞳王のゴーレムアーマー頭部からは、対人用と思われる弾丸が放たれた。
「悪あがきを!! 効かねえよ!」
これらを次々に弾く剣王。
そのまま、飛び上がって頭部を切断した。
そして、落下しながらゴーレムアーマーの巨体に剣を叩き込む。
巨大なゴーレムアーマーのあちこちから小さな爆発が起こった。
飛び散る火花。
「もうおしまいかよ、黒瞳王!」
『うむ。このアーマーに施した仕掛けは全て使い果たした』
「はっ! てめえは今までの黒瞳王じゃ、よくやった方だったな。これだけ俺を手こずらせた奴は……ああ、いや。俺はほとんど黒瞳王とやりあってなかったわ。みんな弱そうでよ。だが、こんな連中だったら、手合わせしても良かったな」
『おや。もう戦いが終わったつもりでいる? 剣王流には残心という概念は無かったのかな』
「あ!?」
黒瞳王からの弾丸ストレートな挑発である。
剣王のこめかみに青筋が浮かぶ。
「死ね」
放たれた横薙ぎの一撃は、ゴーレムアーマーの胴体を両断せんとする勢いであった。
そこには確実に黒瞳王が収まっているであろう。
そして、これを受けて無事に済むはずがない。
100%混じりけなしの殺意を込めた、必殺の一撃。
だからこそ、剣王はこの一瞬だけ。
初めて、全ての余裕を失っていた。
『待っていたぞ』
剣はゴーレムアーマーを横一文字に両断した。
物理的な剣が、入りから半ばまでを。
剣風が、半ばから抜けていく。
「おい」
剣王は目を見開いた。
「なんで……剣が抜けていかなかった」
振り切った彼の武器……聖剣は、半ばからへし折られていた。
二人の戦いの舞台から、遠く離れた場所へと、剣の切っ先は回転しながら飛び、やがて地面へと突き刺さった。
剣王の眼前に現れたのは、黒い甲冑に身を包んだ黒瞳王。
その鎧に、傷一つない。
手にするのは、黒い魔剣。
これが、ぶつかってきた聖剣を食い止め……そして一方的にへし折ったのだ。
「原子剣アトモス!!」
剣王が叫んだ。
「そいつに、俺の剣をぶつけさせるのがお前の狙いだったのか! まさか……今までの全てが、俺の剣を折るためだけの罠だってのか!?」
『その通り』
黒瞳王が、ゴリラーマーの中から踏み出してくる。
『極めて丈夫な剣でな。そういう名前だったのか』
「最悪だな、お前……!!」
『相手の嫌がることを率先してやる性格なのだよ』
「だが、折れた剣でもお前くらいはな!」
剣王が吠えながら斬りかかる。
恐ろしく速い斬撃だ。
「いけません、師匠!!」
誰かの声がした。
剣王はその言葉に、初めて冷静さを取り戻す。
「やべっ!!」
そして気付いた。
黒瞳王の原子剣が振りかぶられており、今まさに真っ向から剣王を断ち切ろうとしている。
さらに、黒瞳王の肩から、腰から、足から、六本の細い腕が伸び、その手にはぬらぬらと毒で輝く短剣を握っている。
「畜生!! 勝負は預けるぞ、黒瞳王!!」
突撃の最中に、剣王は空中を折れた聖剣で叩いた。
空気が爆発する。
その勢いで、剣王が猛烈な勢いで後退した。
「ジン、助かった。危うく、死ぬところだったぜ」
「師匠をも罠に嵌めるとは……恐ろしい男だ、黒瞳王……!」
黒瞳王の目に映ったのは、剣王の傍らにいる若き剣士だった。
『……こういうのは、後々最強の敵になって立ちふさがるパターンだな。……だがそういうのは大好物だ』
あえて見逃すことにする黒瞳王なのだった。
かくして、初戦。
騎士王国は敗れ去る。
剣王は聖剣を失い、敗退。
ダークアイの侵略が始まるのである。
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