第73話 初戦・剣王vs黒瞳王

 騎士王国ガルグイユと、鋼鉄王国の国境線上。

 すぐ近くに、狂気王国バーバヤガがあるここで今、三国による小競り合いが生じていた。


 今やダークアイは、この国に誕生した最も新しい国家、魔王国ダークアイとして認識されている。

 騎士たちが見たのは、魔王国側からやって来る甲冑の群れだった。


 見上げるほど大きな、漆黒の甲冑。

 これは鋼鉄王国での戦いで魔王国の主戦力となったオーガ、鋼鉄兵であろう。

 では、それに随伴する人間サイズの甲冑はなんだろうか。

 一見してただの兵士に見える。


 だが、彼らはモスグリーンの甲冑に身を包み、重装甲ながら軽快に大地を走っていた。

 全体的に丸いフォルム。

 左肩に装備された盾。

 右手には、柄の短めな槍。


 それらは明らかに、誰も見たことがない一団だった。


「ダークアイの戦力だ。気をつけろ。絶対に何か仕込んであるぞ!」


 騎士王国が緊張する。

 魔導王と剣王を食客に迎えた騎士王国は、魔王国についての情報を得ている。

 それには、鋼鉄王国を吸収し、より戦力を高めたダークアイのデータは入っていない。


 国境線際で、睨み合う騎士王国と魔王国。

 すると、狂気王国側からも兵士たちがバラバラとやって来た。


 その姿は、騎士王国と魔王国のそれと比べて、あまりにもラフである。

 めいめい勝手に、ツギハギのある革鎧を身に着け、武器は斧であったり槍であったり。

 統一感というものがない。


 狂気王国側は、ぼーっとした様子で二国のにらみ合いを眺めているようだった。


「狂気王国を刺激するなよ。あいつらは全員がバーサーカーだ。同じ人間だと思うな」


 騎士隊長が部下へ指示を下す。


「弓兵隊、構え! 烈風の陣形!」


「了解! 烈風の陣形、始め!」


 ザッザッ、と規則正しく、弓兵が陣形を整える。

 彼らの鎧も、弓も紋章が刻まれ、これが正しい位置に収まることで戦力強化型魔法儀式、陣形が完成する。


「撃てーっ!!」


 号令とともに放たれる、矢の雨。

 陣形の力を得て、人間が放つそれとは段違いの速度、威力となってダークアイ軍へと降り注ぐ。

 事実、この一射一射が、狙撃用ライフル並の貫通力を持つ。


 一般兵をも最強の超人兵士に変える力こそが、この陣形の真価であった。

 例え相手が鋼の鎧を身に纏っていようと、当たればただでは済むまい。


 騎士王国は勝利を確信した。

 自分たちに射撃を許した時点で、敵の勝利はなかったのだと。


 だが。


「フォーメーション・ブーッ!!」


 騎士隊長の号令に応じるように、丸い甲冑の一団も号令を発していた。

 彼らはバタバタと走りながら、しかし迅速にある規則性を持った隊列を作り上げる。


 これに騎士王国が気付いたのは、矢が着弾した瞬間であった。

 光の壁が生み出され、放たれた矢を受け止めていく。


「なんだと……!? あ、あれはまさか! 陣形!? どうして魔族風情が陣形を!」


「フォーメーショーン・ブーブーッ!!」


 丸い甲冑の先頭にいる一体が、再び号令を放つ。

 それはよくよく見ると、額に角が生えており、一体だけピンク色をしていた。


「魔族が……あれが陣形を行使しているというか? ありえない! 我ら騎士王国の技術の、誇りの粋を魔族が使うなど……許されん!! 構えーっ! 撃て、撃て、撃てーっ!!」


 弓兵たちの練度は高い。

 鋼を貫く強度を持つ矢が、次々と放たれる。

 だが、それを受けながら、丸い甲冑の軍勢が前進を始める。


「あ、あれは、ファランクス!? 重装歩兵でなければ運用できない陣形をなぜ……!!」


 あまりの衝撃に、ガクガクと震える騎士隊長。

 他の騎士たちもまた、呆然としている。

 だからこそ気づかなかった。


 姿を消しながら自軍の只中に飛び込んできた何者かが、弓兵の鎧に濡れた紙を貼り付けたのを。

 あるいは、上空を飛び回る鋼鉄の鳥を。


「くそっ! 撃ち方やめい! 歩兵、前へ!! ランスの陣形にて打ち破る! 構えーっ!!」


 今度は騎士隊長が先頭となり、歩兵たちを動かしていく。

 錐状の隊列となった彼らは、盾と槍を構えた。

 これこそ、あらゆる守りを打ち破る最強の矛、ランスの陣形である。


吶喊とっかん!!」


「おおおおおおおお!!」


 兵士たちの咆哮が響き渡った。

 疾走が始まる。

 国境線を越え、騎士王国の一団が丸い甲冑の一団へと突撃してくる。


 ついにぶつかり合う、二つの軍勢。

 陣形の完成度と兵士の練度ならば騎士王国。

 それを種族のタフネスと技術力で補う魔王国。


 両者、一歩も退かない。


 状況は拮抗していると言えた。

 不思議なことに、この光景を鋼鉄兵は傍観しているのみである。

 彼らは、この後に起こる何かを知り、それに備えているのだろうか。


「おいおいおい、早速パクられてるじゃねえの。ほんと、ダークアイの連中は節操がねえというか、行動が早いと言うか……。だからこそ、舐めてられねえんだよなあ」


 ぶらぶらと歩きながら、国境線を超える男がいる。

 背負っているのは、長大な白銀の剣。


「師匠、やっと戦えますね」


「おう。ずっとお預け食らってたからなあ……。つーか、ここに来て俺と戦うことにしたってのは、いよいよ黒瞳王も腹を決めたってことか?」


「そうですかねえ……?」


 剣王アレクス。

 そしてその弟子ジンである。


 これに、鋼鉄兵が反応した。

 彼らは背中から、筒を取り出す。

 それを剣王目掛けて放った。


 放たれたのは、鉄の塊である。

 それが魔力による後押しで放出され、対象を撃破する。

 黒瞳王曰く、魔法バズーカ。


「マジかよ! バズーカをこの世界で使うのか!」


 笑いながら、剣王が走り出した。

 背中の剣を抜く。

 そして一閃。


 迫ってきていた鋼鉄の弾が切断された。

 それが伴う衝撃波ごと一蹴である。


「わはははは!! 俺には通用しないがな!!」


 これには、鋼鉄兵もたじろぐ。

 彼らは僅かに後退しつつ、剣王を迎え撃つ体勢に入った……ように見えた。


 だが、この様子を後方から見ていたジンは、鋼鉄兵の動きが剣王を懐へ誘い込む作戦行動なのだと理解できた。

 明らかに、鋼鉄兵の動きが規則正しすぎる。

 あらかじめ、剣王がこう動くであろうことを想定していたかのようだ。


 何かが来る。

 鋼鉄兵によって隠されていた何者かがやって来る。


 それが一体誰なのか?

 ダークアイにおいて、剣王の脅威を知りながら、あえて今その前に立ちふさがろうとする存在。

 今までの慎重さからは考えられないことだが、逆に言えばその男以外には考えられない。


「来るのか、黒瞳王……!!」


「なにぃ……!?」


『よし、戦場は整った。諸君、ご苦労。あとは私が担当しよう。余計な責任感など抱かず、無駄な犠牲とならぬように次なる作戦行動に移りたまえ』


『了解、黒瞳王サマ』


 鋼鉄兵が、背後から来る男に敬礼をした。

 そして、脚部から魔力を噴出しながら、丸い甲冑たちの援護に向かう。


「おいおい、なんだよ」


 剣王は立ち止まり、笑みを浮かべる。

 とんでもない物が、彼の目の前に現れた。


 漆黒の鎧……確か、魔導王の話では黒瞳王の姿はそうだったはずだ。

 だが、これは鎧と言えるのか?


 それは金属の塊だ。

 黒の中に、紫の光が幾本も走る。

 オーガすら一掴みにするであろうと言えるほどの巨大な腕が四本。

 そして、腕に比べればあまりにも短い足。


『やあ、お初にお目にかかる』


 それは、悠然と挨拶をして来た。

 頭部は、人を戯画化したようなデザイン。


「四本腕のゴリラじゃねえか」


『いかにも。これが剣王、君に相対するために用意した、私の武器だ。さあ、今まで君を敬遠していた詫びをしよう。これからは君を避けることはない。存分に戦うとしようじゃないか』


「抜かしやがる! わはははは! お前、どこに隠れてるんだ!? そんな姿で俺とやりあうってのか! 傑作だ! だが最高だ! やっぱ、敵はばかでかいモンスターじゃねえとな!」


 剣王は身構える。


「感謝するぜ、黒瞳王」


『ああ。私も君に感謝しよう。よくぞ乗ってくれた・・・・・・


 騎士王国vs魔王国初戦。

 まさかの、剣王と黒瞳王との戦いにて幕を開けるのである。

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