第69話 オークのおはなし教室

「こーんにーちはー」


「こんにちブヒー」


「ブヒーはいりませーん!」


 ここは、鋼鉄王国の跡地にあるダークアイの町。

 様々な建物を撤去し、だだっ広い広場になったところに、臨時で柱と屋根が設けられていた。

 今も、ダークアイに恭順した人間の職人が、せっせと柱と屋根を設営している。


「流石だねー。あいつら手足が長いし、俺らほどじゃないが器用だからよ」


 ズムユードがあごひげを撫でながら、この光景を眺めている。


「大将、やっぱり人間を仲間に入れたのは正解だぜ。俺やエルフみてえなのは、あちこち人間より優れてるが、ピーキーだからよ。俺らじゃハシゴを上って、ああいう風にひょいひょい屋根を取り付けたりはできねえ。エルフのモヤシじゃ、そもそも工具が重くて持ち運べねえ。人間ってのは中途半端だが、それだけに便利なんだよな。教えりゃ何でもできるようになるぜ」


「なるほど。彼らが鋼鉄王国に恨みを抱いていたのも良かったな。人間もまた、一枚岩ではないということだ」


「そういうこった」


 ズムユードと並ぶのは、黒衣の男。

 彼の前を通る時、人間も魔族も、誰もがペコリと会釈する。

 男も会釈を返す。


 彼こそは、ダークアイの王にして魔族全てを統べるもの。

 黒瞳王ルーザックその人である。


「じゃあみんなー! これは何かなー」


「ぶいー!」


「ぶひー!」


「はい、そこ! ズーリヤいちばん早かった!」


「ぶ! ジュギィサマ、それ、ルーザックサマです!」


「せいかいです!!」


「ぶひー!」


「わー!」


 屋根の下で繰り広げられる、賑やかなやり取り。

 ズムユードはじっとそれを見て、


「なあ大将。ありゃなんだ」


「オークを教育しているんだよ。彼らは、文字や言葉を奪われ、動物のように生きてきていたからな。言葉を教育し、考える力を養い、そして自らの種族に誇りを持ってもらうのだ」


「ははあ、新しい魔族が加わったって聞いてたが、こりゃあ今までよりも手がかかる連中だなあ。それになんだ、ぶくぶく太りやがって」


「運動不足気味だからな。昼食と昼寝の後は肉体鍛錬だ。グローンから、教官役のオーガを推薦してもらっている」


「ははあ。あいつら、使い物になるのかねえ……。ああ、いや。あんたの前でこりゃ失礼な話だった。あんた、ゴブリンを従えて七王の一角を落とした男だもんな」


「いかにも。ズムユード、弱兵などというものは無いのだよ。君がさっき、種族の適性について話をしたのと同じことだ。彼らには彼らに向いた戦い方がある。我々はそれを見つけ、それができるように彼らを教育するだけだ」


「ぶれねえなあ、大将は」


「ちなみに君の祖父、ズムオールト氏も張り切って仕事をしているぞ。手先の器用なオークを教育して、ニワトリの世話係にするのだそうだ」


「あー。まあ、爺さんも生き甲斐が見つかったんならそりゃ何よりだ。てーか、オークってのは使えるのかい?」


「彼らはまっさらな状態だからな。大人しいし、教えたことをちゃんとやるそうだ。それに仕事をやるというのが生まれて初めての経験らしくてな。楽しそうだったぞ」


「ガキみてえなもんか。ま、そいつはそいつで……。って、おいまさか大将。最近俺に開発させてるありゃあ、まさか。なんで中途半端なでかさのダウングレードしたゴーレムアーマーなんか作らせてるかと思ったら……」


「うむ。彼らも、己の誇りを取り戻し、あるいは誇りを確認する場所が必要だろう。それに……鋼鉄兵団はいわば高性能な機体の集まり。やはり戦車のみならず、人型の量産型が欲しいじゃないか」


「大将の酔狂なところが出てきちまったなあ……」


 ズムユードが呆れ半分に笑うのだった。


 ルーザックは、この新たなる町を視察して回る。

 もともと、機能化された鋼鉄王国の都市である。

 そのまま利用して、ダークアイの町にすることは簡単だった。


「いわゆる、居抜きというやつだな」


 うんうん、と頷くルーザック。

 いつの間に隣に来たのか、セーラが無表情で手を叩いた。


「流石ですご主人様」


「うむ、褒めてくれ褒めてくれ」


 セーラには甘やかされてもいいルーザックなのだった。


「ところでご主人様。私の妹たちの修理が終わりました」


「おお、早かったな」


 セーラの後ろには、メイド服の女性の姿を模したゴーレムがずらりと並んでいる。

 その数はおよそ十体。

 彼女たちは、鋼鉄王が残した内勤用のゴーレムである。


 鋼鉄王国との最終決戦時、あまりに迅速なダークアイの攻勢に、鋼鉄王は対応しきれなかった。

 そのため、より内勤用にカスタムされていたこの十名は、戦闘用への仕様変更が間に合わず、塩漬けにされていたのである。


 メイドゴーレムの心臓部は、鋼鉄王への忠誠がプログラミングされている。

 これは無限機関に等しい、最高性能の動力炉ではあるのだが、それを用いることで鋼鉄王に忠誠を誓う敵を出現させることになる。

 一体を再生させてみたところ、そのパターンだったため、慌ててルーザックが動力炉をぶち抜いた。

 その時の爆発で、工房が一つダメになってしまっている。


 そして、動力炉をぶち抜かれたのが十人の一番後ろにいるメイドだ。

 あちこち破損した部位を、ゴーレムアーマーのパーツで補っている。

 あれはあれでカッコいいと思うルーザックなのだった。


「ご主人さまから直接魔力をいただく私と違い、妹たちは基本的に戦闘は不可能です。動力が足りません」


「だろうな」


「ですが、鋼鉄王ゲンナーが残した設計図や、彼の創作に関する哲学などが脳機能に残っているようです。妹たちは、元通り内勤に回し……」


「ズムユード率いる工廠組に加入させるのが吉、か。……そうか、身の回りをお世話するメイドは増えないのだな……」


 ちょっとガッカリするルーザックの脇腹を、セーラが無表情で打った。


「うっ」


「私がおりますから」


「分かった。うーむ、セーラは私に厳しいな」


「ご主人様の性根をあらぬ方向に向けさせぬこともメイドの努めですから」


 かくして。

 ダークアイは、多方面における戦力の拡張を始めた。


 まず作り上げられたのは、鋼鉄城の浮遊システムを応用した、小型飛行偵察機械である。


「ルーちん、こいつら名前どうすんの? なんか丸っこくてかわいーい」


「そうだなあ。うーん、うーん、ひとまず……」


「ヒトマーズね。ほいほい。じゃあ登録っと」


「あ、おいちょっとまってくれアリーシャ! そんなとりあえずみたいな名前で……」


 小型偵察機械、いわゆるドローンは、ヒトマーズと名付けられた。

 彼らは自由自在に空を飛び回る……とはいかない。貯蔵魔力量に限界があるからだ。

 それに、彼らが映像を撮影しても、それを送る技術がない。


 ということで……。

 ゴブリン戦車にヒトマーズは装着されることになった。

 そしてゴブリンが持っている望遠鏡と連動し、遠くの光景を戦車と連結した筒を通じて送り込むことになったのである。


「映像技術が欲しいなあ。だが、鋼鉄王ですらそれはできてなかったからな」


 試験運用が開始された、ゴブリン戦車・ヒトマーズ装備型。

 これの動きを眺めながら、唸るルーザックなのだった。


「いや、あの男のことだ。わざとスチームパンクくらいの技術で見た目は固めていたからな。映像はロマンがないからやってなかったに違いないぞ。私には分かる」


 一方で、オークたちの鍛え直しは順調に進んでいる。

 彼らの身体能力は、オーガには遠く及ばず、腕力だけはゴブリン以上。しかしゴブリンよりも小回りは効かない。

 特筆すべきは唯一。


「オークはタフネスが高い、か」


「ずっと走れる! あとね、オーガのひとにぺちってされても、すぐおきあがってくる!」


「ふむ、それは素晴らしい才能だぞ。簡単には脱落しない量産型。いいじゃないか、いいじゃないか。……だが、戦闘能力が低くていいという話にはならないな」


 ルーザックは考え込んだ。


「ひとまず、騎士王国か狂気王国で、盗めそうな戦術や技術を漁ろうではないか」


 黒瞳王は決定する。

 次なる戦いに向けて、ダークアイは着々と進んでいるのであった。

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