第68話 七王集う

 騎士王スタニック。

 七王の中で最も人品に優れ、理想的な治世を実現していると言われる王だ。


 スラリとした長身。

 栗色の髪を後ろへと撫で付け、口ひげはいつも丁寧に整えられている。

 その日も彼は、日課の鍛錬を行っていた。


 スタニックが鍛えた騎士団が、陣形を組んで攻め寄せてくる。


「陣形ーっ!! “ランスの型”!!」


 騎士たちが素早く、隊列を変更する。

 それを見下ろせば、鋭い穂先を持つ馬上槍を思わせたであろう。


 陣形とともに、騎士たちの全身に力が漲る。

 陣形とは、体を使って行使する大魔法。

 その陣形であることが、彼らに常識を超えた力を授ける。


「さあ、来たまえ!」


 スタニックは、右手に槍を、左手に大型の方形盾ヒーターシールドを構えて待ち受ける。


「参ります、我が君よ! 突撃ーっ!!」


 騎士団の先頭にいた女性が叫んだ。

 戦乙女ヴァルキュリアの異名を持つ、天翼騎士団長シャイアである。


 シャイアに率いられたランスの陣形は、一斉にスタニック目掛けて襲いかかった。

 その前方に、障害物が次々と立ちふさがる。


 横合いから飛び出す鉄の大板。

 だが、これを陣形は真正面からぶつかり、そしてひしゃげさせながら吹き飛ばす。


 次に、足元に開く大穴。

 しかし陣形は一つの生き物のごとく、地形を無視して何もない虚空を駆け抜けた。


 対象物を貫くまで、ランスの陣形は止まらない。

 ついに穂先はスタニックの喉元まで迫った。


「よく練り上げられている。よきかな」


 騎士王は笑った。

 そして、次の瞬間には真剣そのものの表情になる。


 手にした盾が、キラリと輝いた。


「ふんっ!!」


 ぶつかり合う、ランスの陣形と騎士王の盾。

 相手は騎士団十六名。


 シャイアが鍛え上げた天翼騎士団の最精鋭である。

 この突撃は、巨人族であっても一撃で倒す。

 だがこれを……騎士王スタニックはただ一人で拮抗して見せる。


 地につけられた彼の踵が、ほんの僅かに土を削って後退した。


「ふむっ!! では、私も力を使わねばなるまいっ! ほおあああああっ!!」


 スタニックは裂帛の気合を放った。

 すると、押し込まれていたはずの彼の足が、一歩、前に出る。


「ぬうううううっ! 前進! 前進せよーっ!!」


 シャイアが叫ぶ。

 だが、それに応えた騎士たちが限界以上の力を発揮してなお。


「おおおおおおああああああっ!!」


 吠えるスタニックの前進が止まらない。

 どこまでも突き進み全てを刺し貫くランスの陣が、押し戻されていく……!


「むんっ!!」


 騎士王が盾を振り払うと、陣形は総崩れになった。

 先頭のシャイアが弾き飛ばされ、続く騎士たちが膝を突き、あるいは尻もちを突いて動けなくなる。


「まっ……参りました!」


「うむ。諸君の鍛錬が日毎に練り上げられていく様が分かる。私は嬉しいぞ。精進せよ」


「はっ!」


 シャイアが跪く。

 騎士たちも団長に倣った。

 スタニックはこれに、鷹揚にうなずきながら応える。


 そこへ、駆け込んでくる者があった。

 スタニックの侍従、アルベルである。


「陛下!! お、おいでになられました!」


「またいきなりか。我が騎士王結界をものともせぬとはな。様子はどうだ?」


「落ち着いておられます。また暴れだすことは無さそうですが……」


「四聖騎士団がいつでも動けるようにしておけ。天翼、旋風、水竜、岩山、それぞれの団長に声を掛けておくのだ。ああ、シャイアならそこにいる。手間が一つ省けたな」


 ニヤリと笑ってそう言うと、スタニックは歩みを進めた。


「へ、陛下! お一人で会われるおつもりですか!」


「無論だ。私以外にあれを抑えられる者などいない。私が行くのが一番安全なのだ」


 向かう先は、壮麗なる騎士王の城、ハルバルディア。

 天を衝く斧槍を思わせる、美しくも異相の城塞である。


 白く輝く、その城の中へと踏み入ったスタニックは、まっすぐにそこへと向かった。

 城の中央に設けられている、謁見の間である。


 真っ赤な絨毯が敷かれたその中央に、彼は座していた。

 椅子に座るでもなく、直接尻を絨毯の上に置いて、くつろいでいる。


 一見すると、彼は黒髪、黒い瞳の少年のように見える。

 だが、身につけているのは仕立ての良い衣と、ごてごてと宝石飾りのついた剣であった。


 少年はスタニックがやって来たのを知ると、目を輝かせた。


「やあスタニック! 久しぶりだねえ! 何年ぶりだろうか!」


「百と三十五年。それに六十七日ぶりだ」


「相変わらず君は正確無比だなあ」


 けらけらと少年は笑った。


「今日は安定しているようじゃないか、我らが勇者よ。君が我が国を単身で訪れるとは、何事かな? いや、常に君はアポイントも無くただ一人でやって来るが」


「分かっているだろうスタニック」


 少年は立ち上がる。


「黒瞳王だよ。ほんと、とぼけちゃって」


「君が自ら当たるつもりか?」


「うん、もちろんそうしたい。そうしたいんだけどー」


 少年は首を傾げた。


「戦場に出たらさ、僕は多分、何の見分けもつかなくなるから。黒瞳王とか、君とかさ、何もかも分からなくなるでしょ?」


「魔王の呪い……。忌まわしき呪いだ。故に、世界は君を不名誉な名で呼ぶのだ。狂王とな」


「狂王ラギール。気に入ってるんだけどな」


 この少年こそ、狂王ラギール。

 七王の一人にして、かつて初代黒瞳王を倒したパーティの中心人物。

 勇者ラギールであった。


「それに何も分からなくなると、楽なんだよ。難しいことは何も考えなくていい。僕が持つすべての力で、目の前の相手を屠ればいいんだ。ねえスタニック」


 ラギールがほほえみを見せる。


「一緒に遊ぼうよ、あの黒瞳王と」


「断る。君との共闘など、悪い冗談のようだ。魔族どもよりも、我が軍の方が手痛い被害を被るだろう。いいかラギール、よく聞け」


 スタニックはラギールのペースに合わせない。


「君は戦場に出るな。王国の深奥で、大人しくしているがいい」


「ひどいなあ」


 少年の笑みが深くなる。

 それと同時に、黒い瞳の色が変わった。

 紫色に輝きながら、その中で光がぐるぐると渦巻き始める。


「僕にだって遊ばせてくれてもいいじゃない。君はいつもそうだ」


 ラギールの髪が逆立ち、やはり紫色に染まる。

 彼の体がふわりと浮き上がった。

 全身が、目に見えるほど濃厚な魔力によって包み込まれていく。


「僅かな感情の高ぶりでその有様だ。戦場に立った君が世界を滅ぼす、新たな魔王にならぬとは私は口が裂けても言えない」


 スタニックは冷静そのもので、盾を構えた。


「君が落ち着くまで、付き合うとしよう。“陣形・騎士王結界”」


 その瞬間、スタニックの背後に光り輝く騎士が何人も出現した。

 彼らは騎士王に続き、身構える。

 すると、騎士たちの放つ光が強くなった。


 光が謁見の間を包み込む。


「これでも、気休めか。城の一つは覚悟せねばならんな」


 スタニックは呟く。

 狂王と騎士王が、ぶつかり合おうとしていた。


「ちょっと待つネ」


 そこに飛び込んでくる者がいる。

 何もない空間を引き裂き、切れ長の目をした女が出現した。

 隣には、大きな剣を背負ったニヤニヤ笑いの男を連れている。

 さらにお供で現れた青年は、明らかに挙動不審だ。


「えっ、師匠、ここ、もしかして七王のうち四人がいます……!?」


「おいおい、しゃんとしろよ、ジン。こんなん滅多にないおもしれー場じゃねえか。おいスタニック、混ぜろや」


「アレクスか。ツァオドゥまで。アポイントは取ってもらいたいものだ」


「あはは! あはははは! 楽しい! 楽しいねえ! 懐かしい顔がいっぱいだ!」


「あー、もう、嫌になるネ。こんなんだから、集まりたくないヨ。ほら、そこでじっと傍観してる根暗女出てくるネ。四人いればラギールは抑え込めるヨ」


 魔導王ツァオドゥが虚空に声を掛ける。

 すると、そこから光が出現し、しずしずとドレス姿の女性が現れた。

 金髪碧眼に、冠と錫杖を手にした、まさに女王様といった姿の女性である。


「根暗なんてひどいです……。我らが神からは、まだお告げがありませんから、動いていないだけです。毎日の捧げものを受け取っているので留守では無いと思うんですけれど……」


 豪奢な姿からは想像もできない、気弱そうな物言いである。

 彼女こそが最後の七王、法王クラウディア。


 残る全ての七王がこの場に集ったのである。


 ここにいない盗賊王と鋼鉄王は、既に黒瞳王によって倒されている。

 七王に欠員が出たことは、歴史上初めてのことであった。


 だからこそ、狂王ラギールが自ら動こうとしているのだろう。


「よし、諸君。ラギールを抑え込むぞ。一斉に行く」


「指図するなネ」


「適当に突っかけるぞオラ!」


「あうう、皆さん大声出さないでください……」


 あまりにも個性的な五人の王。

 ジンは彼らを目の前にし、今にも卒倒しそうだった。


 世界の頂点が今、ここに揃っている。

 一人は狂気に侵されているが、それでも、彼らがその力を合わせることができれば。


 黒瞳王は倒すことができるだろう。


 そう確信できる光景だった。


 ラギールが稲妻そのものになって、周囲を焼き尽くそうとする。

 これを真っ向から盾で受け止めるスタニック。

 氷と炎の大魔法を同時に放ち、ラギールの動きを制するツァオドゥ。

 魔法の嵐が吹き荒れる中に飛び込み、ラギールを剣にて弾き飛ばすアレクス。

 光の檻を作り出し、そこにラギールを閉じ込めるクラウディア。


 流れるような動きで、騒動は見る間に収まっていく。


「あーもう!! 出せー! 出せよー!」


 むくれながら、光の檻を叩くラギール。


「じゃあ、その、わたし、ラギールをバーバヤガに置いてくるので……」


「ああ、頼むぞクラウディア」


「俺はちょっと騎士王国観光していくぜ。ついてこい、ジン」


「は、はい!」


「ほんと、勝手なやつネ!!」


 ツァオドゥがむくれている。

 だが、気位が高い彼女が剣王アレクスとともに行動しているとは珍しい。

 スタニックはその事を尋ねることにした。


「どうしたのだね、ツァオドゥ」


「どうしたもこうしたも無いネ。私は、誇りとか名誉は横に置いておくことにしたヨ」


「ほう!」

 

 スタニックが心底驚いた顔をした。

 本当に心底驚いたのだ。


 あの!

 ツァオドゥが!

 プライドを横においておく!


「何を企んでいるんだね?」


「人聞きが悪いヨ!! いいネ!? 私たちの敵は、あいつヨ、黒瞳王ヨ! 力を合わせて倒すネ! 鋼鉄王のバカチンは一人で挑んで死んだネ! どんなバカチンでも、永遠にサヨナラしていいわけじゃないヨ! 私たちはこれ以上、欠けるわけにはいかないネ」


「まさか君の口から、そんな人情派なセリフが聞けるとは……。これは、あの魔王が復活して暴れ出してもおかしくないほどの大事だな」


「それヨ。スタニック、忘れたカ?」


「うん?」


「世界を七つに分け、私たちが統治したは、あれが理由ヨ。魔神はあの黒瞳王を使い、蘇らせようとしてるネ」


「……まさか」


「最初はそんなつもりなかったと思うヨ。だけど、欲が出てきたに決まってるネ。現に……ホークウインドの方角からあいつの気配が強まってるネ。もう負けるわけには行かないヨ」


「ああ、なるほど。それは確かに。絶対に負けられない戦いだ」


 スタニックは凄みのある笑みを浮かべた。

 ここで、少なくとも、騎士王と魔導王、剣王が手を組んだのである。

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