第67話 単純明快で行こう
「いつも慎重なルーちんが珍しい。作戦とかろくに立ててないっしょ」
「うむ……。だが、何気に一刻を争う気がしてな。ゴブリンたちには、市街地攻撃マニュアルのFプランを読み込ませておいた」
「Fプラン?」
「ファイヤープランだ」
「うへえ」
アリーシャが呆れた。
その日の夜。
人知れず、オーク牧場のある街を、ゴブリン戦車が取り囲んだ。
もとより、極めて音の少ない機動兵器である。
さらに今回、ゴブリンが市街地攻撃マニュアルFプランを実行中。
平時以上の隠密ぶりが要求される。
そしてゴブリンたちは、マニュアルが要求する戦術を間違いなく実行できる次元まで己を練り上げていた。
かつてサイクが弱兵と呼んだゴブリンである。
魔族にして最弱の種族ゴブリン。
しかし、種族としての弱さは、高い練度と連携によって容易に覆すことができる。
「ギッ」
「ギギッ」
改良されたゴブリン戦車は、登攀、跳躍能力を手に入れている。
街を囲む塀が低い場所は、手近な木に登り、そこを足がかりとして跳躍。
飛び越えることにした。
見張り塔が近くにあったり、塀が高い部分は、登攀能力を使用する。
改良ゴブリン戦車の車体脇から、昆虫のような何本もの足が突き出す。
これがカサカサと塀を上っていくのだ。
「ギギッ」
「ギィ!」
ツーマンセルで運用されるゴブリン戦車。
一人が操作に集中し、もう一人は警戒に集中する。
警戒担当が問題なしと判断して、操作担当が一気に戦車を進ませた。
ゴブリン戦車、次々に市街への侵入に成功。
戦車を物陰に隠した後、ゴブリンたちは街の中へと散った。
街は、魔法のものであろうか。
ポツポツと街灯が存在し、夜闇を照らしていた。
「ギギ?」
「ギィ」
魔法の明かりでは、火や油を奪うことはできない。
ゴブリンたちは次なる物資を探す。
見つけたのは、家々に積み上げられた薪である。
これは乾燥している。
よく燃えるであろう。
さらに、家屋の材質を触って確認する。
木と漆喰。
これは燃える。
他に、軒先に干してある衣服などを調達した。
Fプランにある、次善程度の成果である。
ある程度の陽動にはなろう。
ゴブリンたちは行動に移す。
街のあちこちから、火の手が上がった。
最初は、人のいない納屋が最初は炎上した。
見回りの騎士が気付き、仲間を呼び寄せる。
家々から人が飛び出してくる。
無人になった家に、ゴブリンが火種を投げ込む。
油などが無いために燃え方はいまいち。
だが、それなりに煙だけは上がり、それが人間たちの目を引く。
「なんだなんだ!?」
「火事だ! 火事だー!!」
「どうしていきなりあちこちで!」
大騒ぎになっている。
今度は見張り塔から火の手が上がった。
「ギィー!」
見張り塔にて、監視役の騎士を後ろから倒したゴブリン。
彼が塔を燃やしながら合図を送る。
Fプラン実行完了、の合図だ。
「よし、突撃」
軽装備モードのルーザックが宣言した。
「任せられよ」
「ったく。ダークエルフは雑用じゃないんだけど」
ディオースとピスティルが歩み出て、精霊魔法で門番を無力化する。
扉に掛けられた閂は、門の外側から打ち込まれたルーザックの黒剣が断ち割った。
開いていく門。
堂々と、そして静かにダークアイが侵入する。
「オークの娘さん、仲間はどこだね」
ルーザックが、努めて優しい声で尋ねる。
同行していたオークの娘は、ジュギィに手を繋がれつつ、不安げに街の中を見回す。
鼻をひくひくとさせた。
「ブ、ブヒ。あ、あっち」
「仲間のにおいというわけか。では行くぞ諸君!」
ダークアイの軍勢が動き出した。
途中、門の様子を見に来たらしき騎士が現れるが……。
「ほいほいっと」
瞬間移動したアリーシャが、騎士の真後ろに出現した。
「お、お前らがっ」
首筋をダガーで切り裂かれている。
騎士はまともに物を発すること無く倒れた。
「お見事です。では参りましょう、ご主人様」
「ああ、行こう」
向かうはオークを閉じ込めているという穴蔵。
それは、街の外れにあった。
「だ、誰だお前ら……」
ルーザック一行を見て、誰何の声を上げた見張り。
だが、その時にはすでに、セーラが駆け出している。
スカートの下は高速回転する車輪である。
見た目以上の猛スピードで接近した彼女は、見張りが繰り出した槍を無造作に掴み取った。
もう片方の手に、スカートから飛び出してきた銃が握られる。
「お静かに」
そう告げながら、銃を見張りの腹に当てて射撃。
銃声は肉に阻まれて響かない。
見張りが血を吐いて崩れ落ちた。
セーラの隠し腕が、倒れた見張りを茂みの中に隠す。
「ご主人様、どうぞ」
「ああ」
ルーザックが歩む。
黒剣を構えて、穴蔵の扉へと突き立てた。
鉄でできている扉に、あっけなく剣が突き刺さる。
剣王流基礎の型の突きである。
ただの鉄の扉が耐えられるものではない。
剣が刺さった部分から、扉が二つに割れた。
穴蔵の中に、光が差し込む。
それは星あかりほどの微かなものだったが……しかしそれこそが、オークという種族にとっての希望の輝きであった。
穴蔵の中にいた幾つもの目が、恐る恐る、といった様子で入り口に注がれた。
そこに立つ、黒い鎧の男に注がれる。
視線に含まれた感情は、恐怖と戸惑い。
だが、ルーザックの傍らにオークの娘が立つと、それは安堵の混じったものに変わった。
「諸君。私についてきたまえ」
ルーザックは告げる。
オークたちは、困惑に満ちた目でルーザックを見る。
そして、彼の闇色の瞳を見た。
黒瞳王の名の元になった、漆黒の瞳である。
「ブッ」
「ブブッ」
「ブヒ……」
魔族のあり方の根源に刻み込まれた、畏怖の記憶。
漆黒の瞳を持つ魔族の王。
魔王。
種族としての記憶も、文化も何もかも失おうとしているオークにも、忘れてはいないものがあった。
それが、魔族としての根源の記憶だった。
「私はルーザックだ」
「ルー……」
「ザック……」
「来い。力を与えよう。諸君の尊厳を、取り戻そう」
突然現れた黒瞳王。
彼の言葉は難しい。
だから、隣りにいたゴブリン、ジュギィが代わりに言葉を発した。
「みんなで行こう! 人間、やっつけよう!! わたしたち、みんな、仲間!!」
「ブヒ!?」
「ブッ!?」
単純明快な言葉。
単語の意味がよく伝わっていなくても、なぜか、ジュギィの言わんとする事はオーク達の中に深く浸透した。
「ジュギィの新たな力かも知れんな」
ディオースが呟き、目を細めた。
弟子の成長を喜んでいる。
そんな兄を見て、ピスティルがため息をつく。
「兄さん、すっかり丸くなって……」
一方、オークたちは次々に膝を折り、ルーザックとジュギィに向かって頭を垂れる。
恭順の意を示したのである。
「ブ、ブヒ! 行く、みんな。ジュギイサマ、しんせつ。ルーザックサマ、守ってくれる」
オークの娘、ズーリヤの言葉に、オークたちが驚いたような顔をした。
そして、ジュギィに注目する。
「すっかりジュギィに懐いてしまった。よし、ではジュギィ。君をオークの教育担当としよう」
「ギッ! ジュギィがんばる!」
かくして。
大所帯となったダークアイは、燃え上がる街を背にして堂々と脱出したのだった。
この件は流石に、騎士王国でも話題となった。
騎士王スタニックの耳にもすぐに届くことになったのだが……。
彼には動けぬ理由があったのである。
隣国、狂気王国バーバヤガ。
その主である狂王ラギールが、ガルグイユの王都ルーアンを訪れていたからである……。
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次回更新は、9月17日(木)予定です。
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