第70話 盗み取れ、陣形の技

 ヒトマーズ搭載型ゴブリン戦車の運用が開始された。

 試験運用でいきなり実戦に放り込み、データを取る。


 悠長な試験をしていられるほど、戦況はゆっくりとは動かないのである。


 ヒトマーズの実効性を検証するため、戦場や敵地にて任務に当たるこの部隊は、ゴブリン戦車第三チーム改め、ゴブリンアタック中隊と名付けられた。

 なお、ヒトマーズだが、ゴブリンたちの間ではその名前ではなく、わかりやすくゴブリントップと呼ばれている。

 ゴブリン戦車のトップ部分が分離して飛行するからである。将来的には、ここに武装も搭載する予定らしい。


「ギギィ。にんげん、いる。なにしてる?」


「ギ、ルーザックサマ、じんけいいった。じんけい、あれ?」


「ギ、わからない」


「わからない、いい。でもわからない、いわない、だめ。わからない、えにする」


「ギィー!」


 ゴブリンアタック中隊には、数名の絵達者なゴブリンが配属されていた。

 ヒトマーズを使って見た情報を、絵に起こす。

 そしてそれを拠点にいる幹部たちに判断してもらうのである。


 ゴブリンたちがみた光景はこうだ。

 ダークアイと騎士王国の国境間際で、騎士団が展開している。

 彼らは演習を行っており、何やら不思議な隊列を組んだのだ。


 まずは隊列の形をイラストにサラサラと記録する絵達者ゴブリン。


 次なる絵達者ゴブリンは、より詳細な騎士団の姿を書いた。

 あくまで鳥瞰図的ではあるが、大事なのは細部ではない。

 大体、どういう形の隊列になっているかだ。


 あるいは、騎士たちの詳細な形を模写する。

 鎧の形、盾の形、武器は何か、人数は何人か。


「ギッ!」


「どうした」


「きづいた! ゆみや、うつ」


「にげる! ギッ!」


 ひゅんひゅんと、ヒトマーズ目掛けて矢が放たれてくる。

 狙いが正確らしく、そのうちの一発がヒトマーズに命中した。

 

 ヒトマーズの望遠機能がやられ、落下を始める。

 ゴブリンアタック中隊は、これを迅速に回収した。

 そして、猛烈な勢いで撤退を始める。


 情報は集めた。

 あとはこれを分析してもらえばいい。


 足りなければ、また情報収集するだけなのだ。

 地道に情報を積み上げていくことには、慣れていた。


 一方、騎士団が演習を行っている場所では……。




「なんだったのだ、あの飛んでいるものは。まるで鋼鉄王の使う面妖な兵器のようだったが」


 岩山がんざん騎士団団長、ドミトールは唸った。


「我らをただ見ていただけだったようだ。魔族ごときが、我ら騎士を見て何を考えていたのか。もしや、我らの数を見ていたのか?」


「団長、騎士の力とは数のみにあらず。我らの陣形こそが力ですよね」


「うむ、その通り。陣形があらばこそ、鋼鉄王の面妖なゴーレムどもも、魔導王の怪しき魔獣どもも寄せ付けないのだ。それを魔族ごときが盗み取れるはずはない」


 がっはっは、と団長は笑った。


 先ほど見えた、空飛ぶ面妖な兵器……ヒトマーズに対するため、演習はストップしていた。

 盾を地面に置き、弓でヒトマーズを射たのだ。

 故に、ほんのひとときの間であったが彼らは無防備になっていた。


 背後から忍び寄ったゴブリンが、濡れた紙を盾に貼り付けたことに誰も気づかなかった。

 克明に盾に刻まれた紋様は写し取られ、そそくさとゴブリンは撤収している。


 他、手入れ中の鎧なども同じ方法で、表面の紋様をコピーされている。

 静かに、だが確実に、ダークアイは騎士王国の持つ力に迫りつつあった。




「ルーザック殿! やはりこれは私の考えの通りでしたぞ!」


 得意げに、ダークエルフのディオース。

 彼の命を受けたゴブリン偵察隊が、盾や鎧に刻まれた紋章を写し取ってきたのである。


「これは、周囲の魔力を使用できるようにした魔法陣。簡易なものだが、これ以上の規模なら身につけている人間が魔力酔いを起こすのだろうと思われます。だが、それが本当なら陣形というものは、魔力を纏った人間どもが集団で行う魔法儀式と言えましょう」


「なるほど。そんな構造が。ではこちらの情報も見てくれ」


 ルーザックが用意したのは、紙に描かれた陣形の様子である。

 組み合わせ、足運び、そしてそれぞれの人物の姿。


「むっ、動きを用いて儀式魔法を行使している? なるほど、これならばただの人間が、魔獣やゴーレムに匹敵、あるいは凌駕するほどの力を発揮できるはずですな」


『どれどれ』


 サイクロプスのサイクがふわりと浮かび上がり、ルーザックとディオースの頭上から覗き込んだ。


『はあー、なんとも人間は、面倒なことをするものよなー。我輩のような強者には分からぬわい。このような魔法儀式などいくらやられても、我輩の敵ではないぞ。ルーザック、我輩の右腕と左腕が発掘されたのだろう』


「いかにも。目玉戦車に、右腕戦車と左腕戦車が随伴することになるぞ」


『わっはっは! 我輩の肉体も、骨だけになっておってこれは再生に手間取るぞと思っておったが、さすがはルーザックよな! そしてお前が考えたあの機構は、どうだ』


「君の魔力で制御せねばならんが、いけるようになった。合体できるぞ」


 ルーザックがにやりと笑う。


『むは、むはははは! いいないいな! 我が肉体なくとも、ゴーレムを用いて擬似的に再現する! 我輩に策あり! 次こそ、あの剣王めにひと泡吹かせてやろう!』


 愉快そうに笑いながら、巨大な目玉がころころと空中を転がっていった。


「サイクは機嫌がいいようだな。一時期、剣王にやられてから沈んでいたが」


「過去の魔族が置かれていた状況と今は違う。あらゆる手段を使って、我々は勝ちに行くのさ。全体の戦力が劣っていたとしても、要は戦力配分だ。人材や資材を適材適所で回せばいい」


 それでも、とディオースは思う。

 サイクを強化し、剣王へのリベンジをさせてやろうというのは、この黒瞳王の優しさであろう。

 そう、この魔王は優しいのだ。


「ではディオース。この紙を体に貼り付けたダークエルフと私で、陣形なる物の効果が現れるかどうかを実証してみようじゃないか。そうだな、とりあえず十時間くらいやろう」


 優しいのだ……?


 十時間後。


「ぜーっぜーっ、殺す……。絶対にルーザック殺す……!」


「はいはいお疲れピスティルー。これ、お茶ねー」


「ぜーっ、ひゅーっ、ぜひゅーっ、じゅ、十時間もぶっ続けで、やらせ、やがって、ぜひい、ルーザック殺す……あ……お茶おいしい……」


 アリーシャに抱き起こされながら、冷茶を飲ませてもらうピスティル。

 周囲には、ダークエルフたちが疲労困憊になって転がっていた。


 ピンピンしているのは、ルーザック一人だけである。

 あのディオースですらも椅子に腰掛け、滝のような汗を流している。

 涼しい顔を保っているのはプライドであろう。


「ど……どうでしたかルーザック殿。全八十回の試験のうち、七十回目から効果が発揮された、よう、でした、が……」


「ああ。データは取れた。あちらでゴブリンイラストチームが描き写していたからな。これで再現性のある陣形を行える。しかし驚いたな。紋章と動きの組み合わせだけで、魔法の効果が生まれるとは」


「こんな、まどろっこしい、ことを、しなくても、我々ダークエルフ、は、自力で……」


「無理して喋らなくていいぞディオース。ゆっくり休んでくれ。私はこれから、イラストチームを伴って工房へ向かう。早速陣形用のゴーレムアーマーをデザインするつもりだ。ふむ、これは鋼鉄兵団ではサイズが違いすぎて難しいな。テストをするなら……新設する魔猪まちょ騎士団か」


「魔猪……騎士団?」


「いかにも」


 ルーザックが唇の端を吊り上げた。


「騎士王国の諸君を、我ら魔族の騎士が真の騎士道でもって、蹂躙して差し上げようというのだ。私は意趣返しに燃える性質たちでね」


 黒瞳王は本気だった。

 サイクロプスの強化、オークの教育、陣形の習得。

 彼が一体何を考えているのか?


 いつもながら、今回も、ディオースには想像もつかないのだった。

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