第62話 鋼鉄王国攻防戦1
「どうなっている!? さっきみたあの報告は冗談か何かか」
苛立たしげに靴音を立て、小太りな男が天空城の最上階に現れる。
『ご主人様、おはようございます』
『おはようございます』
その一室に詰めていたのは、全てが機械仕掛けのメイド達。
彼女たちは一糸乱れぬ礼を、主人であるこの男に行った。
男……鋼鉄王ゲンナーは、機嫌を直したようでニヤリと笑う。
「素晴らしい所作だ。諸君、おはよう。早速だが、僕は寝起きで不愉快な報告を受け、大変混乱している。状況を端的にまとめて説明してくれ」
彼はどっかりと、専用の玉座……作業用の椅子に腰掛けた。
長時間の着席状態でも体を傷めぬよう、クッション性とリクライニング機能を備えた優れものだ。
『こちらをご覧ください』
まとめた資料を卓上に置いたのは、筆頭メイドのミオネル。
鋼鉄王国において、ナンバー2の地位を持つ、ゴーレムにして政治、軍務の頂点。
『戦線が後退しております。ダークアイは我が軍の兵装を鹵獲し、それをコピーしたものを用いてきます。これと魔法を使うダークエルフ、オーガの波状攻撃。極めて危険です』
「むむむ……なんという恥知らずだ。奴め、本当に美学の欠片もない……!! 僕の技を真似して、それで己の力としたつもりか」
『失礼ながらご主人様。意見を申し上げてもよろしいでしょうか』
「うん、構わない」
『敵、黒瞳王は、魔法と機械を組み合わせ、独自の技術として構成しつつあるようです。あれは恐らく、美学が無いのではなく、
「むう」
鋼鉄王の顔が不愉快そうに歪んだ。
彼のデスクに、淹れたての珈琲が置かれる。
全て、鋼鉄王に供されるためだけに作られた豆である。
最高の焙煎を得て、珈琲はふくよかな香りを立てる。
「何が奴をそこまでさせるんだ? 報告によれば、盗賊王を騙し討ち同然に仕留め、魔導王の性格を利用して前線に引きずり出し、自らあれの相手をして撤退させたとか」
『その後、戦場には剣王アレクスが現れました』
「なにっ、あの白兵戦馬鹿がか!? 今のこの世界には、あの男が相手をせねばならない単眼巨人も、魔人も悪竜も存在しないと言うのに」
『魔導王の敗北と共に彼は戦場に姿を現しました。歴史の表舞台で剣王アレクスを確認するのは、五百四十年ぶりとなります。彼は間違いなく、黒瞳王と戦うために現れたのでは』
「数々の黒瞳王達ですら、雑魚と思ったか対面すらしなかったあいつに興味を抱かせるか。まあ確かに、僕達がこの世界に呼び出された原因は初代黒瞳王だ。あの恐るべき魔王に比べれば、他の黒瞳王など小物もいいところだろうな。だが……。今のあいつを、初代に匹敵すると本当に思っているのか? 剣王が相手をするならば、あの黒瞳王などすぐに殺されてしまいそうなものだがな」
『はい。その件ですが。剣王は、不完全体である単眼巨人を退けた後、占領された魔法王国へと進軍しました。ですが、それ以降一度もダークアイ側とは交戦しておりません。いえ、交戦出来ておりません』
「どういうことだ?」
鋼鉄王は訝しげに眉をひそめつつ、珈琲を啜った。
そして、その素晴らしい香りと味わいに頬を緩める。
そこにそっと、茶請けのチョコレートが差し出された。
鋼鉄王に供されるためだけに栽培される、豆から作られたものである。
『魔族達は、剣王を露骨に避けて動いています。まるで剣王を監視しているかのように、彼が決して戦場に辿り着けないよう、蛇行、分岐、合流を巧みに行いながら。ただし、剣王がいない魔法王国の部隊には、遭遇と同時に戦闘を仕掛けております』
「剣王を避ける、か。地球にも同じような戦術があったな。確か、ローマの盾という作戦だ。無敵の智将であったハンニバルを破った持久戦だな。ここでそれをやるか……。いや、あの雑多な魔族を統率してやってのけるのか」
チョコレートを手に取り、貪る鋼鉄王。
ようやく脳に糖分が回ってきて、思考が冴えてきたようだ。
「これは、あれだな。突進馬鹿の剣王では今の黒瞳王の相手にはならん。剣王を脅威と見做し、しかし奴が単騎だという弱点を的確についた戦術を、これだけの速度で判断し実行する。そんな思い切りのいい戦略家だ。力では勝てんぞ……」
チョコのついた指先を舐めながら、鋼鉄王ゲンナーは頭を働かせる。
「いつからだ? いつから、奴はそれほどの強さを身に着けた。いや、戦略は最初からあった。だが、気がつけば奴は、その戦略が僕にとって脅威になるほどの戦力を得ていた。ドワーフを取り込んだ時か? オーガを開放した時か? ダークエルフを懐柔した時か? いや。あれは、弛まず、休まず、ゆっくりと勢力を強くし続けてきたんだ」
次に放たれたゲンナーの言葉は、彼でしか言い得ないものであった。
「今のダークアイには、僕達七王が一人ひとりで当たっても、勝てないだろう」
『ご主人様?』
それは、プライドが高く、孤独を愛する鋼鉄王らしからぬ言葉だった。
冷徹なるゴーレムである、ミオネルが疑問の言葉を投げかけるほど。
「剣王では、戦う場を作れない。魔導王では戦場でペースを奪われる。僕では、奴の多様性に対応できまい」
ゲンナーは立ち上がる。
そして、天空城に設けられたその装置に歩み寄った。
長大な筒が据え付けられ、その先端は城の外へと飛び出している。
天空城大望遠鏡。
ディオコスモに存在する、最高性能の望遠鏡だ。
鋼鉄王はこれを覗き込む。
その先にあるのは、戦場。
ダークアイが、ゴーレムランドの軍勢を攻め立てる、今の最前線だ。
戦況は……悪い。
すこぶる悪い。
ダークアイが誇る、ゴーレム技術を纏ったオーガ部隊の鋼鉄兵。
機動性と拡張性で、様々な用途に対応する主力兵器、ゴブリン戦車。
後方から戦闘を支援し、戦況を大きく左右するダークエルフの魔法部隊。
これには、機械一辺倒のゴーレムランドでは分が悪い。
「悔しいが……僕も認めねばならないかもしれない。あれは、あの男は、魔王だ。このまま放置すれば、僕達が力を合わせねば倒せなかった、あの初代黒瞳王に及ぶことになる、魔王だ。ミオネル、使いを出せ。ツァオドゥに、スタニックに、クラウディアに。それから……狂気に囚われた我らが勇者、ラギールにだ。これは、七王が共闘せねば当たれない相手だぞ。僕達は再び、パーティになる必要がある。……もっとも、僕がここであいつを倒してしまうかもしれないがな」
ゲンナーは笑った。
ミオネルは、主のその笑みに、どんな意味があるのかを読み取れない。
だが、主人の命には絶対的に従う。
それが、ミオネルというメイドのあり方である。
『ご主人様、ご命令を』
「ああ。我が鋼鉄王国は、これより全面戦争に突入する。城内の全戦力を展開せよ。全てのゴーレムを、メイド達を展開せよ。天空城は降下行動に移れ。地上に降りるぞ! ここでダークアイを止められるかどうか。それは僕達ゴーレムランドの手にかかっている! これは、人と魔が争った、あの人魔大戦の再来だ……!!」
『かしこまりました、ご主人様』
メイド達が一斉に答える。
それが、ゴーレムランドが完全な戦闘態勢に移行した証であった。
遠く、戦場の後ろで。
メイドゴーレムが起動する。
「おお、目覚めた。やはりメイド服は漆黒だよ」
満足気に呟く男は、黒瞳王ルーザック。
彼の前には、デザインとカラーリングを一変されたメイドゴーレムが半身を起こしている。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう。私の魔力を受けて目覚めた気分はどうだ、セーラ」
メイドゴーレムは、かたり、と首を傾げた。
金色に染められたボブの髪が、ふわりと揺れる。
「ご主人様の魔力が体を巡っています。万全です。セーラはいつでも戦闘に移行できます」
「よろしい。では、まず……」
ルーザックは大仰に手を広げ、告げた。
「珈琲を淹れてくれ」
その瞬間、駆け寄ってきたアリーシャが、ルーザックの頭をスパーンっと叩いたのだった。
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