第59話 メイドロボ再起動ミッション
動かなくなったメイドゴーレムが、台の上に寝かせられている。
胸部に大きな穴が空き、そこにあった魔素変換炉は破壊されている。
「おお……。黒瞳王よ、よくぞこいつをぶち抜いたな……。一瞬遅ければ、お前さんごと巻き込んで大爆発しておったぞ」
「爆発する寸前に貫いた。一度爆発のタイミングは見ていたからな。後はそのタイミングに合わせ、的確に攻撃を加えるだけだ。今度マニュアル化しておこう」
どうということは無いかのように、ルーザックが答えた。
メイドゴーレムのあちこちを弄っているのは、ドワーフのズムユーグである。
「いや、それ普通できねえよ。ていうかお前さん、不器用な癖に異常に器用な真似をするよな……。そもそも、鋼鉄王のメイドが倒されたってのが前代未聞だ。こいつ、一体一体が上位のエルフなみの戦力だって話だ。ってことは、我らが黒瞳王様は、少なくとも上位エルフにタイマンで勝てるってことだなっと……おお、損傷が異常に少ねえ……。はあー、スカートの中ってこうなってたんだなあ」
「うっわ、ドワーフ、変態……」
ピスティルが顔をしかめた。
物凄い勢いで振り返るズムユーグ。
「うるっせえぞダークエルフ! エロじゃねえよ! こいつはな、知的好奇心ってやつだ! 例えこいつがロボじゃなく、てめえみたいなひょろい鶏ガラみてえなダークエルフだとしても、隠されたら男は暴きたくなるもんよ!」
「はあ!? ひょろい!? 鶏ガラ!? 私はこれでも、ダークエルフで一番の美人と評判なのだぞ!? 一族の中でもプロポーションには自信がある! 貴様らドワーフこそ、男も女も樽じゃないか!!」
「樽じゃねえ!! よく見れば微妙に、かすかにくびれがあるんだよ! かーっ、これだからエルフは!」
「エルフと一緒にするな! ダークエルフだ、私はっ!!」
言い争いが始まってしまった。
ルーザックは、この二人をどう止めたものかを思案し始める。
だが、口下手な彼にいい言い回しは思い浮かばない。
煽るだけなら幾らでもできそうなのだが。
「ルーザックサマ、任せて!」
そこに出てきたのは、五人分の飲み物を持ってきたジュギィ。
ルーザックとズムユード、ピスティル、ジュギィ、そして横の椅子にもたれて爆睡しているアリーシャ。
これは、メイドゴーレムを巡る重要な会議だったはずだが……。
「ケンカは良くない! ズムユード、ピスティル、めっ!」
椅子に上ったジュギィが、二人を見下ろしながら腰に手を当てて大声で叱る。
争っていた二人は、年端もいかない、しかもゴブリンに、ケンカはよくないと怒られポカンとした。
そして、笑い出すズムユード。吹き出すピスティル。
「嬢ちゃんに言われたら、やめなきゃならんな! おいダークエルフ、手打ちにせんか!」
「そうね。私もダークエルフの常識で物を考えていた。ジュギィに怒られるとは、大人失格ね」
ズムユードとピスティルは、ジュギィに仲介されつつ仲直りの握手をする。
「凄いなあ」
ルーザックはそれを、横から眺めているのだった。
「ジュギィには人心掌握能力があるな。いや、正しくは魔心掌握能力と言うか」
ぶつぶつと言うルーザックを横に、会議は進み始めた。
異常時とマニュアルが必要な時には滅法強い彼だが、こういったマニュアル外の平常時には大体役に立たない。
アリーシャが起きていれば、「ルーちん友達いなかったから、人の心とか分かんないのは仕方ないよねえ、あっはっは」なんて言ってルーザックに精神攻撃を仕掛けていたことだろう。
「ここだ。隠し腕だな。スカートの中身は糸と歯車の集まりになってやがる。足が存在しねえんだな。そして、この組み合わせで隠し腕を出し入れできる。この武装もとんでもないぜ。黒瞳王殿が損傷の少ないままに倒してくれたお陰だ。反面、弱点があってな。見たところ、このメイドたちの頭の中身は意味不明の機械の集まりだった。こいつは、複雑で繊細で……悔しいが、俺たちドワーフの技術でも再現は難しい。あと百年……いや、五十年あれば近いものは作れるが……」
「機械に人格を与えるほどの作り、ということ……。こんな代物をたった一人で作り上げるとは、鋼鉄王と言う男は化物か何かじゃないの?」
「かつて、このディオコスモに君臨した初代黒瞳王を倒した、勇者たちの一行。奴はその仲間だったという話だぜ。
言いながらも、手を止めないズムユード。
興味深々でそれを覗き込むジュギィ。
「はあ……。気が遠くなるわね。七王の一人ひとりが異常なくらいの力を持っていて、それがまだあと六人もいるんだもの。魔導王に至っては、私達ダークエルフを長年に渡って封印してきた相手だし。……ちょっと、聞いてる?」
「おっ! こいつはいけるぞ!!」
ズムユードは何も聞いていなかった。
メイドゴーレムの胸部に腕を突っ込み、管のようなものを取り出す。
「こいつが、変換炉と繋がってやがったんだな。鋼鉄王並のものを用意はできんから戦闘用にはならないが……ゴキに使ってる奴で代用できるな」
「おおー! ゴキちゃん!」
ジュギィが嬉しそうに飛び跳ねた。
「で、隠し腕のギミックはちょいちょいと解析するぜ。ま、黒瞳王殿の鎧がまたでかくなっちまうが」
「なにっ、私のアーマーに隠し腕が!?」
興奮して飛び起きるルーザック。
「かなり動きにくくなるが、いいか?」
「一向に構わん。後は大きくなるなら、肩と肘にこう、魔力を放出して加速する装置をだな」
「かーっ! 変態かよあんた!? そんなの着て、一体何と戦うつもりだ!?」
「フフフフフ」
「うわっ、ルーザックが笑ってる、キモッ」
「ルーザックサマ嬉しそう!!」
笑い声の絶えない会議室に、どうなっているのかとディオースとグローンが覗きにくるほどだった。
ちなみに、アリーシャはまだ寝ていた。
それは、陽動部隊の戻り際だ。
魔法王国の防衛戦をかき回し、時折魔眼光でなぎ払い、散々荒らし回った目玉戦車とゴブリン一行は、帰途につこうとしていた。
『む?』
サイクが何かを感じ取った。
彼の全身を占める目玉が、隠れている何者かに気付いたのだ。
『出てくるがいい。我輩に対して、隠身は通じんぞ』
「おうおう。最強の魔族たる単眼鬼から、この程度の隠身で隠れられるとは思ってねえぜ」
巨大な剣をぶら下げながら、一人の男が現れた。
彼に続き、もうひとりも現れる。
二人の剣士だ。
「ギッ!?」
「ギィッ!?」
ゴブリンたちが身構える。
彼らはいつでもゴブリン戦車を起動できるような状態だ。
その数は、およそ三十。
さらに、サイクが鎮座する目玉戦車。
単眼鬼は強大な力を持ち、眼球だけだと言っても、その火力は戦場を蹂躙するに足る。
だが、それらを前にして、ただの剣士が何の恐れも抱いていないように見えた。
「単眼鬼、あんたすっかり伊達になっちまったな。まだ、どこも復活してないのかい?」
『なんだと?』
サイクは、大口を叩く剣士を見る。
その目玉が、瞳孔が大きく開き、また引き絞られる。
『お前……。貴様は……』
「おう、おうおう。お久しぶりだ、サイクロプス」
剣士は悠然と進み出た。
強烈な圧迫感が、彼から発せられる。
ゴブリンたちの一部は、この圧迫に、思わず動き出した。
近頃の勝ち戦しか知らない彼らは、恐れというものを軽んじていたのだ。
「ギィ!」
「ギギィー!!」
『おい、やめろ馬鹿どもが!! その男は、今までお前たちが戦った魔獣やゴーレムどもとは次元が違う!』
「そう、俺だよ」
ゴブリン戦車が一斉に襲いかかる中、男の姿が消えた。
地面を蹴ったのだとサイクには分かったが、その後の動きを追う事ができない。
気付くと、走り出した戦車の目の前に、男がいた。
すでに剣を振り切っている。
そして、事もなげに戦車に向かって足を進める。
戦車は……彼を避けるように、真っ二つに割れた。
その後続もまた、二つに割れて爆発する。
「魔導王を退けたっていう、噂の新黒瞳王に挨拶をと思ったが……まさかあんたに再会するとはな、サイクロプス」
『剣王アレクス!!』
サイクの声は、まるで悲鳴のように響く。
他ならぬ、無敵の魔族であった彼を倒した唯一の相手。
それこそが、剣王なのだ。
『ええい、恨むなよルーザック! 貴様の兵を生かしたままどうにか出来る相手ではない!』
サイクは全身に、魔力を漲らせた。
瞳孔が引き絞られ、そこに目視できるほどの強大な魔力が集まっていく。
その間にも、ゴブリン戦車たちは為す術無く、剣王アレクスによって破壊されていった。
剣が触れたようにも見えないのに、金属製の車体が斬り飛ばされ、裂け、割れる。
さらに、剣王に続いて現れた剣士も、その剣でゴブリン戦車を一台仕留めている。
『魔眼光で焼き尽くす! 死ね、剣王!!』
サイクが吠えた。
目玉が輝き、放たれるのは眩い光線。
今まで、触れる全てを焼き尽くし、滅ぼしてきた輝きが剣王を襲った。
「おほー、これこれ!」
輝きに飲み込まれる瞬間、アレクスは笑った。
そして、剣を振り上げ……いや。
既に剣は、光に向けて振り下ろされている。
『!!』
光が割れる。
たかが剣の一振りで、無敵の魔眼光が二つに裂かれ、その力を失って消えていく。
「久々に、まともな攻撃を食らったぜ。やっぱり、戦いってのはこうでなくちゃなあ、サイクロプス?」
何の傷も受けず、剣を振り下ろした姿勢のままで笑うアレクス。
だが、そんな彼の表情が引きつった。
「おい……おいおい」
立ち上がり、目を瞬く。
「どうされたんですか、師匠」
背後から、彼の弟子であるジンがやって来た。
アレクスの後ろにいたから、無事でいられたのだ。
他のゴブリン戦車は全て焼き尽くされた。
「いやな……。光線ごと、戦車を叩き切ってやったと思ったんだが」
アレクスの目線の先には、真っ二つに断ち割られた目玉戦車がある。
だが、その上には何も無かった。
「やっこさん、てめえの光線の勢いで、空を飛んで逃げやがった。絶対に突っかかってくると思ったのになあ……。まさか逃げるとは。……何か、死ねねえ理由でもあるのかね?」
「師匠」
「おう、ツァオドゥのところに戻るぞ。俺が帰らなきゃ、あいつ泣いちゃうからな」
わっはっは、と笑いながら、剣王が踵を返す。
跡にはただ、生ける者のいない焦土が広がるだけだ。
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