第58話 黒瞳王が押し通る

『友軍を巻き込んでの攻撃を行う』


『承認。独自行動に移る』


 メイドたちの目の色が、文字通り変わる。

 彼女たちは、鋼鉄王ゲンナーの手による特別性のゴーレム。

 自律行動を可能とし、通常のゴーレムの数倍の魔素変換効率を持つ内燃機関を有する。

 一見して細身なボディに、多数の武器を内蔵し、その肉体を支えるフレームは頑強。

 そして、メイドドレスは強靭な甲冑であった。


『標的、黒瞳王。一斉攻撃』


 周囲のゴーレムを蹴散らしながら、三人のメイドがフォーメーションを組む。

 彼女たちのドレスが展開すると、そこからは連射式の砲塔が出現した。

 現実世界では、ガトリングガンと呼ばれる類の銃である。

 砲身が回転を始め、砲口が唸りを上げる。

 放たれるのは、貫通型の弾丸。

 それが次々とゴーレムを穿ち、削り、その奥にいるルーザックめがけて放たれる。


 メイドのうちの一体の背後に、黒いスカート姿の少女が現れた。

 黒瞳王の右腕たる、アリーシャだ。


「っと!」


 彼女は振り上げたナイフを、出現と同時にメイドの首筋へと叩きつける。

 甲高い金属音が鳴った。


「硬っ! だけど、通らないわけじゃないね」


『どこからっ……!』


 首筋の半ばまで刃を付き入れられて、メイドはアリーシャへと向き直ろうとする。

 彼女の注意が黒瞳王から逸れ、その方向の砲撃が一瞬だけ弱まった。

 それを見逃す相手ではない。

 いや、アリーシャが切り開く突破口こそが、彼の狙いだったのだろう。

 砕けたゴーレムの一部を盾にしながら、漆黒の鎧が走った。

 狭い空間を、脚部のホバーと背部の魔力噴射口を全開にし、一気にトップスピードになりながら駆け抜ける。


『対象、加速!』


『ガトリング砲では追随不可能』


 メイド二名は、武器を解除し、その場に捨て去る。

 次に取り出したのは、ドレスに仕込まれていたハンディタイプの銃だ。

 後方にチューブが繋がり、ドレスの中に消えている。

 内部から給弾されるタイプの武器である。


 メイドたちを振り切ったルーザック。

 片手で剣を振り上げながら、アリーシャが取り付いたメイドに突撃する。


『黒瞳王……!!』


 メイドゴーレムは叫びながら、ガトリング砲を放った。

 連続して打ち込まれる弾丸が、ルーザックが持つゴーレムのボディを切り刻んでいく。

 少なからぬ弾丸が、ルーザックの装甲にも届いた。

 だが、その鎧はフルアーマー。

 多少のダメージを受けたとしても、動力に関係する部分には届かない。


『退け、アリーシャ』


「ほいほい!」


 アリーシャが後方へジャンプしつつ、その姿を瞬間移動させた。

 その時にはもう、黒瞳王はメイドに肉薄している。


『耐衝撃装備展開!』


 メイドが叫ぶと、彼女のドレスが展開した。

 それらが重なり合いながら、鋼鉄の盾を作り上げる。

 むき出しになった彼女の足は、車輪と複雑な機械構造で出来ていた。

 歯車が軋みを上げ、盾を前方へと押し出していく。

 だが、盾が阻もうとするのは、黒瞳王が持つ黒の魔剣。

 不壊の剣である。


『ふんっ!!』


 砲撃の心配が消え、ルーザックはゴーレムのボディを投げ捨てた。

 自由になった手が、振り上げた剣の柄を握る。

 両手で持って、教科書通りの姿勢で放たれる、上段からの切り下ろし。

 駆け抜けざまに放たれるそれは、高機動戦闘に合わせ、ルーザックが練習を重ねた珠玉の一撃である。

 漆黒の剣閃が走った。

 盾を一刀のもとに切り裂き、メイドの背後へと黒瞳王が駆け抜ける。

 僅かに遅れて、メイドの頭頂から足もとへ、一文字の亀裂が走った。


『損傷……甚大……。ご主人様、お許しを……!』


 爆発。

 高性能の魔素内燃機関の制御を失い、メイドは内部から破裂した。


『09の消失を確認』


『10が報告を行う。次いで、空間跳躍者への対処』


『了解。11が追撃に入る』


『黒瞳王の魔剣に注意を。防盾が機能しない』


『了解』


 残る二名のメイド。

 その一人、10と名乗ったメイドの背後に、アリーシャは出現していた。

 だが、それをメイドは読んでいる。

 彼女のドレスが展開し、背後から機械仕掛けの腕が何本も飛び出した。


「げっ! マジ!? やべえ!」


 腕は、装備したナイフや鉤爪を振り回し、アリーシャを威嚇する。

 慌てて飛び下がり、身構えるアリーシャ。


『警戒すべきは瞬間移動による奇襲。対処してしまえば、脅威度は大幅に下がる』


「へっ、対処できるって言うの? あたし、こう見えても元黒瞳王なんですけどっ」


 再びの瞬間移動だ。

 アリーシャはメイドの右上方に出現して、ナイフを投げつけた。

 例え自律式ゴーレムと言えど、反応できる速度ではない。

 肩口にナイフを受け、ゴーレムは対処を開始する。

 ナイフを抜き去り、現れたアリーシャに向けて、ドレスから展開されたクロスボウが放たれる。

 だが、アリーシャは連続して瞬間移動する。

 彼女の姿が消え、今度はメイドと密着する距離に現れた。


「ナイフ返せっ」


 メイドの腕を蹴り飛ばし、ナイフを回収する。


『好機!』


 そこへ、メイドの展開した腕がまとめて押し寄せた。


「やばっ!」


 慌てて瞬間移動しようとするアリーシャだが、僅かに間に合わない。

 あわや、攻撃が彼女を捉えるかと思われた瞬間だ。


「ゴキちゃんゴー!」


 快活な叫び声と共に、漆黒の小型ゴーレムが走ってきた。

 他のゴーレムたちの股下をくぐり抜けたゴキちゃんは、メイドの目の前で大きく跳躍。

 硬質に作られたゴキちゃんヘッドで、10の胸部に体当たりをした。

 そしてメイドの上を駆け抜けながら、翼を広げて飛翔する。


「ジュギィ、ナイスタイミング!」


 アリーシャが消えた。

 そして、10の左後方に、緑の肌をした少女と共に出現する。


「あたしら二人なら楽勝でしょ」


「うん! アリーシャサマも、ジュギィも強い! ジュギィ、精霊魔法とゴキちゃんいっぺんに行く!」


 黒瞳王ルーザックの右腕と左腕、二人が一斉に襲いかかる……!

 もう一方の戦場で。

 11と名乗ったメイドが、ルーザックと対峙していた。

 その手には拳銃型の武器。

 さらにドレスが展開し、複数の腕が飛び出してくる。それぞれの腕に、拳銃を手にしている。


『黒瞳王、この場にて排除する』


『それは私の計画には無い。君にとって私を止めることは重要な任務なのであろうが、私にとっての君は通過点に過ぎない。君たちの反応速度はおおよそ把握した』


 淡々と告げるルーザック。

 黒い魔剣が正眼に構えられ、彼の正中線をメイドの目に晒さない。

 既に、メイドと黒瞳王は何度か剣と銃を交わしており、弾丸が彼の装甲をあちこち穿っていた。

 無傷ではないのはメイドも同じだ。

 ドレスは切り裂かれ、本来あった片腕は力なく垂れ下がっている。


『排除する』


『君たちから得られる情報はもう無いようだ。そして、フルアーマーはしっかりと仕事をした』


『排除……!』


 銃口が一斉にルーザックへと向けられる。

 それに対して、黒瞳王は低く身構えた。


『青眼はいいな。動きを阻害する装甲だけを敵の目に晒せる。これを破壊できる相手に対して、観察を行うだけの余裕を持つことが出来た。フルアーマーもまたいい。次はパーフェクトか』


 銃口が火を吹いた。

 降り注ぐ弾丸の中、ルーザックは淡々と呟きながら状況を観察している。


『この弾丸、フルアーマーを削ることが出来るとは、おそらくゴーレムアーマーよりも硬度が高い物質か。回収し、研究する必要があるな。次に、あの隠し腕……かっこいいな……。私も次は装備することにしよう。なるべく損傷が少ない状態で彼女を倒すには……ふむ。ちょっといいだろうか』


『!?』


 弾丸の雨の中、呼びかけてくる黒瞳王に、メイドゴーレムが目を剥く。

 自律型である彼女たちは、小なりと言えど、感情を持っているのだ。

 それが、この反応を呼んだ。


『君を私のものにしたいのだが、どうすればあの自爆を抑えられるのかな?』


『!? 質問の意図不明。意味不明。戦闘中の質問……不明、不明、不明! 魔素変換炉の圧力上昇を確認』


 ドレスから伸びてきた隠し腕が、メイドの左胸、心臓の辺りを抑えた。


『そこが自爆の元か。理解した。行くぞ……!!』


 そしてルーザックが動き出す。

 その視線は一直線に、11の心臓部を見る。

 踏み込み、その一歩と同時にホバーがフル回転した。

 ルーザックが加速する。

 青眼であった構えは変更され、切っ先はメイドを向いて腰だめに。


『ついにこれを使う時が来たとは。突きで行く』


 ルーザックが習った、三つの技の最後。

 何の変哲もない突きである。

 だが、それはゴーレムアーマーによる加速と、突き出す動きの相乗効果で、やはり切っ先が音の壁を超えることになる。


『…………!!』


 衝撃波が11の動きを圧した。

 彼女の腕では、この圧力の中で構え続けている事はできない。

 切っ先は、メイドの心臓へと突き立てられる。

 僅かな接触で胸部装甲は破れ、鳴動する魔素変換炉がむき出しになった。

 ルーザックはこれを貫きながら、メイドの体の外部へと引きちぎる。

 11の目から光が消え、力が失せる。

 文字通り、糸が切れた操り人形となった彼女は動かなくなり……。

 過ぎ去ったルーザックの剣先で、変換炉が爆発した。


「うむ。二重の装甲で助かったな。だが、これでメイドロボをゲットだ」


 半壊したゴーレムアーマーの中、何故か晴れやかな表情でルーザックはガッツポーズを決めるのだった。




 そんな王の姿を見つめる、アリーシャとジュギィ。

 10を二人がかりの戦いで倒した二人は、こんな戦場の中でも何時も通りの彼に、肩を竦めた。

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