第57話 データvs経験とマニュアル
戦場にて、ぶつかりあうダークアイとゴーレムランドの軍勢。
ゴーレムランド側には、ただ一人の生命体も存在せず、全ては鋼や土や、それ以外の金属で作られたゴーレムによって軍団は組織されている。
命無き軍隊は、一糸の乱れもなく戦列を作り、魔族の王国へと襲いかかる。
対するダークアイ。
こちらの全ては、命ある魔族と彼らを守るゴーレムの鎧。
人機一体となったそれらは、決して統率が取れた集まりではない。
だが、重ねてきた戦闘の経験と、黒瞳王が作り上げたマニュアルに従い、それなりに整った戦列を作ってゴーレムランドへと牙を剥く。
『槍の陣形だ。中央部を貫け』
玉座戦車から大きな声が響いた。
フルアーマー・ルーザックに搭載された機能の一つ、拡声機能を用いたものだ。
戦場に響き渡る声は、同時に魔力を介し、それぞれの鋼鉄兵へと伝えられる。
ゴーレムアーマーを纏ったオーガたちは、これに応と答えた。
戦列が、細く鋭く引き絞られていく。
『オオオオオオッ』
オーガたちの咆哮が轟いた。
鋼鉄と鋼鉄。
ゴーレムとゴーレムアーマーが衝突する。
金属音が響き渡り、砕かれた鎧やゴーレムの破片が飛び散る。
『ゴブリン戦車隊、側面へ展開。横からゴーレムどもを
「ギイッ!」
玉座戦車の後方から、大量のゴブリン戦車軍団が飛び出してくる。
それらは一気に戦線に追いつくと、小型な作りを活かしてゴーレムたちの隙間に入り込む。
そして、ゴブリンたちが取り出すのはドワーフ謹製の工具。
これで、僅かずつ、ゴーレムを構成するパーツを引き剥がし、ネジを緩め、あるいは速乾性のセメントを関節部に流し込む。
『ゴォゴゴゴゴゴ……!!』
ゴーレムたちの動きに、乱れが生じ始めた。
ゴブリン戦車には、ゴーレムを倒すほどの戦闘力はない。
だが、それゆえに彼らは、ゴーレムから無視されていたのだ。
ダークアイのデータを取ったゴーレムランドは、最大の敵はルーザック率いる鋼鉄兵だと認識。
それらを倒すためのルーチンと機能をゴーレムに与えていた。
それ故に、まわりをチョロチョロと走り回り、猛烈な勢いで的確な嫌がらせをしてくるゴブリンたちに対応が出来ないのだ。
しかも、この嫌がらせが実に的確である。
前衛の攻め手にはセメントで関節を固め、あるいはギヤなどがむき出しになった部分に鉄の棒を挟み込む。
これで前衛の動きが鈍くなれば、つっかえるのは中衛と後衛。
彼らに対しては、動けないのをいいことに、装甲やゴーレムを構成する基材を、専用の工具を使って引っ剥がしていく。
これを、ヒット&アウェイで繰り返すのだ。
外縁に位置していたゴーレムは、あっという間に全身を剥かれて機能停止していった。
そこがなくなれば、一つ内側を攻撃。
さらにそこが倒れたら、もう一つ内側を。
『この動きは一体』
『データにない動きです。早急な対応を要求します』
『ゴーレム部隊の一部は、装甲と武装を捨て、敵小型ゴーレムを撃退してください。あれらは危険』
ここで、ゴブリン戦車隊の脅威を理解し、即座に作戦を変更してくる辺りがメイドゴーレムの優れた点である。
機械故に、敵を過大評価することも過小評価することもない。
現状をそのまま認識し、分析した上で対処を行う。
だからこそ、そこにルーザックがつけ入る隙があった。
『軽装のゴーレムが出た。マニュアル通り、ダークエルフ隊は魔法を使用』
「なんと……。マニュアルとやらに書いてある通りになったぞ。あのルーザックという男、未来が読めるのか……!?」
ダークエルフの一人は目を剥いている。
これに対し、ダークエルフを率いるディオースが答えた。
「ダークアイは、そもそも緻密で地道な情報収集に拠って数々の戦いを勝ち進んできた国だ。あのマニュアルは、ルーザック殿が収集した情報を解析し、これに基づいて作られたものだ。未来視などというよく分からぬ魔法ではない。事実を積み重ね、望ましい現実を引き寄せただけだ。さあ行くぞ!」
既に戦場で、遠方からこちらを狙い撃つ者などいない。
いたとしても、玉座戦車の上で仁王立ちになるルーザックに気を取られてしまうことだろう。
玉座戦車周辺へと降り立ったダークエルフたちは、一様に呪文を唱え始めた。
周囲の空が一様に掻き曇る。
ダークエルフの集団によって行われる、超大規模精霊魔法である。
雲は雷雲を形作り、戦場に雨を降らせ始める。
そして、ゴロゴロと空が唸り始めた。
「ギィー!」
「ギッ!」
あらかじめ打ち合わせをしていたのか、ゴブリンたちは雷の音が鳴ると同時に撤退していく。
そして、戦場へと立て続けに、何条もの稲妻が降り注ぎ始めた。
それが、軽装になってゴブリンを追い立てようとしていたゴーレムを、次々に直撃していく。
ゴーレムは基本的に、稲妻の直撃を受けても戦闘不能にはならない。
それは、重厚な装甲が魔力や自然災害のダメージを、相当な割合で軽減するからだ。
しかし、その装甲を脱ぎ捨ててしまえば話は別だ。
身を守るものを持たない状態で、雷の直撃を受けたゴーレムが爆散する。
その光景が、あちこちで展開される。
数の上では、ゴーレムランド側の方が多い。
全兵力数を考えても、倍近い戦力差だろう。
だが、その戦力の大半は、ダークアイの戦力とぶつかることなく、後詰めになっている状態だ。
その状況下で次々と、ゴーレムは周囲の友軍が削られていく。
ゴーレムランドが魔族の主力と見ていた鋼鉄兵は、その実、囮でしかなかったのだ。
いや、彼らが鋼鉄兵に対する対策を怠っていれば、鋼鉄兵は主力としてゴーレムランドに牙を剥いたことだろう。
彼らが必要なだけの準備を行い、対策を立てたからこそ、ダークアイは鋼鉄兵を囮とする作戦を実行したのだ。
『戦況、極めて危険』
『自軍の損害、甚大。全軍の二割を消失』
『ダークアイ、損害は軽微。危機的状況』
三名のメイドゴーレムは、状況を確認している。
そして連動しながら戦況を把握すると、即座に決断した。
『我ら三名、戦闘行動に移る。鋼鉄兵を殲滅。後、黒瞳王を撃破する』
雷鳴轟く中、鋼鉄王が最高戦力と評した、鋼鉄王国のメイドゴーレムが三機、戦場へ躍り出る。
それに伴い、展開していたゴーレムたちは彼女たちへと道を開く。
戦場の形が、大きく変わろうとしていた。
『来たか』
ルーザックは悠然と呟いた。
事は想定内である。
というか、この世界における敵軍の将官や指導者クラスは、単純な頭の構造をしているように思えた。
何せ、トップに立つ彼らこそが、軍団の中でも最強の戦闘力を持っているのである。
戦況が悪くなれば、絶対に彼らが出てくる。
故に、ルーザックが行う戦術とは、いかにして敵のトップを引きずり出すほど、敵軍にいやがらせをするか、であった。
「ほいほい。じゃあ、行くからね」
操縦席から出てきたのは、相棒であるアリーシャ。
そしてジュギィ。
「私は留守番なのか!? ゴブリンが出ていくのにか!?」
操縦席に座るピスティルが、抗議の声を上げる。
彼女がゴブリンと呼ぶジュギィは、コントローラーを両手に持ち、背中にはリュックサックのように、新型のゴキちゃんを背負っている。
「じゃあ、まず一回目はルーちんを持っていくからね。その後でジュギィと一緒に、同じところに。それでオッケ?」
『完璧だ』
「へーへー。なんかもう、付き合いが長くなってきたから、ルーちんが何を考えてるのかすっごく分かるようになってきちゃったよ」
『ありがたい。優秀なスタッフのサポートが、ミッションを成功に導く何よりの助けになるのだ』
「また訳解んない言って。んじゃ、行くよー」
そう言うなり、アリーシャの姿が消えた。
ルーザックも一緒だ。
次の瞬間には、ゴーレムたちの頭上にルーザックの姿がある。
アリーシャは既に再度の瞬間移動を行い、ジュギィの回収に向かっている。
『!!』
三名のメイドがいた。
彼女たちは、突如として眼前に出現した対象……ダークアイの最優先攻撃目標である、黒瞳王ルーザックに釘付けになる。
ルーザックは上空から、ホバーのごとく魔力を吹かして落下速度をコントロール。
彼が何度も練習してきたように、格好良く着地した。
『初めまして、諸君』
ルーザックは悠然と挨拶をした。
そして、周囲から伸ばされてくる、ゴーレムの腕を無造作に切り捨てる。
いや、それに向かって黒い剣を野蛮に何度も叩きつけ、無理やり切り落とす。
ゴーレムアーマーによって強化されたルーザックの膂力は、ゴーレムランドの新型ゴーレムと言えど、やすやすとは寄せ付けないのだ。
『私が標的だろう。故に、私から来たぞ。私が黒瞳王、ルーザックだ』
名乗りながら、周囲のゴーレムを殴って破壊していく。
メイドたちからすると、仲間であるはずのゴーレムが邪魔をし、ルーザックに近づく事ができない。
ゴーレムたちもまた、メイドたちに道を開けるという命令と、敵を倒せという命令が反発し合い、動きに混乱を来している。
『では挨拶だ。剣王流の横薙ぎを行う』
剣王流が基本の型の一つ。
ただ愚直に、真横に斬る、それだけの技。
それが、フルアーマー化されたルーザックの全力で繰り出される。
『退避!!』
メイドたちの叫びと同時に、戦場を激しい衝撃波が駆け抜けた。
いよいよ、対ゴーレムランド初戦の終盤にさしかかる。
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