第56話 結果オーライ

 魔族の国ダークアイは、戦線を二つに分けた。

 二正面作戦……ではない。

 魔法王国側に出向くのは、目玉戦車とゴブリン戦車の一部だ。

 時折、サイクが魔眼光を放って戦場を焼く。

 合間を縫って、ゴブリン戦車が敵陣をうろちょろする。

 戦う気などさらさらない。

 対魔法王国の布陣は、時間稼ぎであった。


『言わば陽動部隊だが、サイクたちが魔法王国と衝突する頃合いには、こちらもゴーレムランドとの戦端が開かれているだろう』


 ルーザックは、既に漆黒のゴーレムアーマーを纏っている。

 これは前回の戦いのデータをフィードバックした改型である。

 主に、頑丈さだけを向上させてある。

 反面、関節部の可動に限界があり、剣王流の基礎的な動きも怪しい。

 その代り、重ねて言うが頑丈だ。

 見た目は全身に装甲を重ね、フルアーマー・ルーザックとでも言えるような外見になっている。


 ルーザックは今、ダークアイ軍の中程にいる。

 搭乗しているのは、目玉戦車に似た大型の搭乗タイプゴーレム。

 実際、サイクが乗っているものと同じ型なのだが、これにルーザックとアリーシャが魔力を流し込んで操作している。

 玉座戦車と呼ばれるこれは、最上段にルーザック用の真っ黒でトゲトゲとした玉座があり、その下にアリーシャが乗り込む操縦室がある。

 玉座戦車は二名の黒瞳王が操作することから高いパワーを持ち、背後に接続された大型の台車で、鋼鉄兵団を運搬するのだ。


「ルーちん、始まる前から鎧を着てて疲れない?」


『むしろテンションが上がる』


「分からない世界だわ……」


「ルーザックサマが元気、いいこと! ジュギィも上に行きたーい」


「狭い! 狭いわ! なんでこんな狭いところに私たち三人詰め込まれてるのよ!?」


 アリーシャの横にはジュギィ、後ろにはピスティル。

 背後の部分が開放されている玉座戦車だが、それでも操縦席は実に狭い。


「外は危険だ。鋼鉄王は絶対に性格が悪い。必ず遠距離狙撃などの奇襲を行ってくるぞ」


 ほら、というルーザックの声と共に、何か金属質の炸裂音が響き渡る。


「ルーちん!?」


「ルーザックサマ!?」


「死んだかあいつ!」


 玉座戦車が揺れ、衝撃のあまり車輪を滑らせる。

 だが、その重量と安定性においてダークアイ随一の乗り物である。

 すぐさま、バランスを取り戻した。


『無事だ。流石はフルアーマーだな……』


 ルーザックの声がした。

 特にダメージを受けてはいないようだ。


「ルーザックサマ!? ジュギィ、上行く!」


「待て待て待てゴブリン! ああ、もう!」


 ジュギィとピスティルが飛び出してきた。

 なるほど、二人が見た玉座は、きれいに吹き飛んでいる。

 その跡地で、あぐらをかいて堂々と座り込む漆黒の鎧。

 彼は眼前に、黒い魔剣を抜き放っていた。


『危ないと言ったのに……。もう一発来るぞ。私の後ろに隠れるように』


「なんだ、これ。やばい気配がする……! おい、ゴブリン!」


「ゴブリンだけど、ジュギィはジュギィ! 名前で呼ぶ!」


 ピスティルがジュギィの襟をひっ掴み、ルーザックの後ろへと飛び込んだ。

 それと同時に、遥か遠方から飛来する衝撃波。

 先ほどと全く同じ位置に向けて放たれたそれは、かざされた黒い魔剣と衝突。

 一瞬だけ拮抗した後、真っ二つに裂けて左右へと抜けた。


「ぎええええ」


「きゃあああ」


 ピスティルとジュギィの悲鳴が響く。

 駆け抜けた後の銃弾が、凄まじい衝撃を辺りへと撒き散らすのだ。

 だが、あぐらをかいたルーザックは微動だにしない。


「な、なんだったんだよ、あれ……」


『鋼鉄王の手勢による狙撃だろうな』


「……ルーザック、お前なんで座ってるの」


『こうして私の表面積を小さくした方が、狙われる場所は狭められるだろう。彼らの狙いは正確無比。お陰で容易く防ぐことが出来た。恐るるに足らんぞ』


「お前、おかしいよ……!?」


『うむ。確かに、こうして一方的に狙撃され続ける状況は健全とは言えまい。こちらも早急に狙撃要員を鍛え、対抗せねばなるまい。まあ、今回は仕方が無い。このまま押し通る』


 進撃を再開する玉座戦車。

 これに続くダークアイの軍勢は、戦車の巨体に隠れて進軍するのであった。






『狙撃、成功しました。ですが……』


『全ての電磁砲レールガンを防がれました。黒瞳王、未だ損傷なし』


『常識はずれにも程があります』


 メイドたちからの報告が響く。

 ここはゴーレムランドの前線基地。

 基部そのものにゴーレムを使用し、基材が自ら移動して組み上がる。

 その只中で、配置された三体のメイドたち……メイドゴーレムは状況を解析していた。

 彼女たちの前には、過熱状態オーバーヒートに陥った電磁砲が設置されていた。

 三名で使用する、ゴーレムランドの対軍兵器である。

 一射で数十人を屠る事が可能な超兵器であり、これを黒瞳王という個人に向けて使うのは、常識で考えれば完全なやり過ぎオーバーキルのはずだった。

 だが、ダークアイの盟主はこの全てを受けきり、特に痛痒を感じた様子すらなく。

 それどころか、全ての配下を己の後ろへと隠し、ただの一人の脱落もなくこちらへと向かってくるのだ。


『失敗しました。早急に、黒瞳王から狙いを外すべきでした』


『既に黒瞳王は戦車の戦端に座し、自らを囮としています。どう狙っても黒瞳王に当たります。黒瞳王に電磁砲は通用しません』


『従って、狙撃ではダークアイを倒すことが出来ません』


 三名は互いに状況分析を伝えあった後、黙りこくった。

 薄いとは言え、自我らしきものを持つメイドゴーレム。

 彼女たちの中に生まれた感情は、名状しがたきものだった。


『ご主人様へ、失敗の報告を上げるのですか』


『それはなりません。私たちメイドは失敗しないもの』


『任務を達成するべきです』


 三人が顔を見合わせる。

 無表情なはずのそこに浮かぶのは、決意の表情。


『進撃を。正面からダークアイを粉砕します』


 彼女たちの宣言と同時に、ゴーレムランド軍は動き出した。

 それは、一切の生物が存在しない機械の軍勢である。

 これこそが、鋼鉄王が誇る本軍。

 傍から見れば、それは何もなかった荒野に突如生まれた鉄の城に見えたことだろう。

 生ける者の視覚を欺く迷彩が解かれ、鉄の城がその形を崩していく。

 崩れた城は、無数のゴーレムへと姿を変えた。





 今回が初参戦となる、ダークエルフ一族。

 彼らはルーザックとゴーレムランドの戦いを見て、衝撃を覚えている。

 

「な、な、なんだこの戦術は……!? 鋼鉄王国も、知らぬ魔法を使ってくる……! 戦場はここまで進化していたのか……!」


「いや、あれはルーザック殿の平常運転だな。今回も結果オーライというやつであろう」


 ダークエルフたちの中で、唯一この状況に慣れているディオースは落ち着いたものだ。


「結果オーライ、とは……?」


「明らかに黒瞳王殿は、あの不可思議な魔法を見切っていたようだが……」


「あれは恐らく、ルーザック殿がよくやる、不思議な知識から来る対応策が嵌まったのだろう。そら、ルーザック殿が動き出すぞ。我らも用意だ」


 ダークエルフたちは、小型の搭乗型ゴーレムに乗っている。

 一列になった彼らは、ディオースの指示に従って動き出した。

 展開していく、ダークアイの軍勢。

 相対するのは、こちらへと突撃してくる、大小無数のゴーレム群。


「なるほどな。これは確かに、鋼魔大戦だ」


 独りごちるディオースなのだった。

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