第55話 美学無き魔族

 開戦の報告を聞き、鋼鉄王ゲンナーは眉をひそめた。


「聞いているぞ。奴らは、僕のゴーレム技術を盗んだ後、その中に魔族を入れたそうじゃないか。馬鹿げている。僕の優れた技術を盗むことは悪くない。いや、むしろ素晴らしいことだ。ゴーレムはもっと重用されていい。皆、大いにゴーレムを使うべきなのだ。ダークアイの動きは、世界に僕のゴーレムの素晴らしさを示してくれることだろう。だが……なぜ、中に生き物を入れる……? ゴーレムは添え物ではないぞ……! 生き物だけが余計だ!」


 いつもは尊大な態度を取り、飄々としたこの男が、今だけは激昂を顕にしてデスクを叩く。

 卓上には大量のモノ・・が載っている。

 組みかけの、歯車とシリンダーが合わさった機構。あるいは、勝手にカタカタと空を掻く機械の腕。あるいは、齧りかけのチーズトースト。

 それらが床に落ちて散らばる。


『落ち着いてください、ご主人様。また血圧が上がります』


「ああ、うむ。そうだったな。済まない、僕としたことが。しかし、所詮は人を載せたあれらはゴーレムとは言えぬ、乗り物に過ぎない。本物のゴーレムというものを、見せてやる時が来たようだな」


 ゲンナーは立ち上がる。

 彼がデスクを特定のリズムで叩くと、そこからボタンがせり上がってくる。


「ポチッとな」


 鋼鉄王はそう呟きながらボタンを押した。

 すると、この場所……ゲンナーの研究室が音を立てて展開し始めた。

 床が開き、その下に続く天空城の空間が顕になる。

 そこはゴーレムランドが誇る、ゴーレムたちを生産するための設備である。

 作業をしていた一同が、物音を聞いて頭上を見る。


『清聴せよ』


 ゲンナーの傍らに控えた、筆頭メイド長ミオネルが言葉を放つ。

 眼下にひしめくのは、全てが鋼のドレスに身を包んだメイドたち。


『はい、ご主人様』


 メイドたちが一斉に跪く。

 ゲンナーは満足げに頷くと、立ち上がった。


「うん。いいぞ。やはり人間などはいらん。全ては機械。望み通りの挙動をし、手をかけた分だけ応えてくれ、そして可愛がってやれば幾らでも長持ちしてくれる。たかだか五十年やそこらしか持たない肉の袋など、無駄でしか無い。食料? 水? なんだそれは。エネルギーとなるものなど、大気に満ち溢れている。魔素だ。これを吸えば永久に動く君たちこそが完璧。そうだな。食料など、僕が腹を膨らませられる程度あればいい。それも、魔素から合成した生産品で事足りる」


 じろり、とゲンナーはメイドたちを見下ろした。

 彼女たちの全ては、常に最新の装備へと換装され、ゲンナーの手足であると同時にゴーレムランド最強の戦力でもある。

 その一体一体の力は、ダークアイのオーガたちをも軽々と凌駕する。


「だが、僕の技術を盗み、それどころかこれを肉の袋の付属品として使う阿呆が、救いがたい大馬鹿者がやって来た。攻め込んできたのだ! これが許せるか? いいや、許せないね。従って、僕は君たちに命じる必要性が出てきた。僕の可愛いメイドたち」


『はい、ご主人様』


「道理の分からぬ、魔族たちを滅ぼせ。現段階で開発されている、全ての装備の使用を許可する! 全力を、全霊を以て、ゴーレムランドへと侵入してきたあの馬鹿共……ダークアイを、黒瞳王を討ち滅ぼせ!!」


『はい、ご主人様!!』


 メイドたちが立ち上がる。

 彼女たちは、グリフォンスとの戦争にもめったに投入されなかった隠し玉。

 ただ一人が戦場に現れるだけで、戦況が覆った。

 メイド一人が、グリフォンス魔法兵団の一個大隊に相当する。

 その全てが、ダークアイとの戦いに投入されることになったのだ。


「待っていろ、黒瞳王ルーザックとやら。お前が僕を愚弄するようなことをするから、こういうことになるんだ。塵一つ残さずに鏖殺してやる! あはは、ははは、わははははははは!!」


 鋼鉄王以外に、命あるものが無い天空の城。

 そこに響き渡る、狂気の笑い。

 鋼鉄王国が、いよいよ本気を出す。






「ルーザックサマ、なんでゴーレム、そのまま動かさないの?」


「ん?」


 そこは、ダークアイが占領したグリフォンスの都での食事時。

 ハムサンドを頬張るルーザックは、ジュギィの言葉にすこし考え込んだ。

 ジュギィの口の周りが、はちみつまみれになっている。


「そだなあ。あれだろう? 中に人が入ってるほうがカッコよくないか?」


「カッコいい?」


 きょとんとして首をかしげるジュギィ。

 ルーザックは、今自分が発した言葉が真実だったと言わんばかりに、確信を込めた表情になる。


「そうだ。カッコいい。カッコいいことは大事だぞ。何よりも大切だ。そもそも、自動操縦で戦うロボットのどこがいいのか全く分からん」


「ろぼっと?」


「あー、ジュギィ、あんま気にしちゃダメだよ。ルーちん、よくそういう変なこと言うから」


「私はさっきから、あんたたちが何を言ってるのか全然分かんない」


 ジュギィにフォローを入れるアリーシャと、話題から置いていかれてむくれる、ダークエルフのピスティル。


「そもそもさ。なんでここで、グリフォンスを更に押し込むんじゃなくてゴーレムランドなの? 両方を正面から戦って、どうやって勝つのよ!」


 ピスティルの突っ込みに、ルーザックはフフフ、と得意げに笑う。

 それを見てアリーシャ、うわっ、こいつ笑うんだ、と呟いた。


「魔導王と鋼鉄王は仲が悪い。それは知ってるだろう。私の存在が、そのいさかいを乗り越えて手を結ばせるほどならば、彼らは結びついて私と、我がダークアイに敵対するだろう。だがな」


 ルーザックは天井を仰ぐ。

 彼の脳に去来するのは、前世の記憶。

 職場で、仕事の効率や道理を無視した、単に人の好悪による人事査定と、人の足を引っ張る社会。


「人間というものはアホなのだよ。奴らは絶対に手を結べない。魔法王国が危機に陥っても、鋼鉄王国は全く手を貸さなかっただろう」


「……そう言えば」


「魔導王の性格的にも、鋼鉄王に手を貸すわけがない。それは、人間という生き物の普遍的な性質だ。人間は救いようがないほどアホなのだよ」


「ルーチン達観してんねえ……。ってか、どうすりゃそこまで歪むの」


「私にはあちらの世界で友達などいなかったからな。だが、ネットの掲示板やSNSなどはチェックしていたから、人間の汚いところは散々見たぞ」


「あー……。人間関係に恵まれなかった……」


「やめろアリーシャ。私を可愛そうなものを見るような目で見るな」


 ここで吹き出したのはピスティルだ。


「ぷぷぷー!! ルーザック、あんた友達いなかったの? うくく、可哀想に。くくくく、ぷー、くすくすくす!!」


「……」


 ルーザックは無言で、ハムサンドのハムを指先で弾き飛ばした。

 ピシッとハムがほっぺたに張り付くピスティル。


「……」


 ダークエルフの娘と、黒瞳王が睨み合う。

 この場で空気となっていた、もう一人のダークエルフ、ディオースが顔をしかめた。


「いかがなものか……」


 彼のつぶやきをよそに、立ち上がったピスティルがルーザックに襲いかかる。

 迎え撃つのは、ルーザックを踏み台にしてジャンプするジュギィ。

 そして二人の間にアリーシャが瞬間移動して、回し蹴りで二人を別方向に蹴り飛ばす。


「ルーザック殿……。あなたは間違いなく、我ら魔族の頂点であるお方だ。それが、あまりにも娘たちを自由にさせ過ぎるのはどうか……。いや、私はルーザック殿に友達がいなかった話はどうとも思っていないが」


「うむ。友達の数などでその者の価値は決められんよ」


 ルーザックはそう言いながら、ピスティルの皿にあったハムをフォークで刺し、口に運んだ。


「だが、鋼鉄王はどこか、私と同じ種類の人間だという気がするのだ」


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