第46話 混戦の国境線

 オーガ視察団を迎え入れるに当たって、国境線脱出が大きな問題だった。

 どうやらアリーシャの瞬間移動にはサイズ制限があるようで、オーガクラスの種族は対象にならないことが判明したのだ。


「なに、たかが木っ端魔術師など蹴散らしてくれよう。なんとなれば、一族を全て引き連れて国境を抜けても良い」


「それは流石に目立つからな。何かないものか」


「うむ、そこは私の出番であろう。任せよ黒瞳王」


 ダークエルフのディオースに妙案あり。

 みんなでそれに従うことになったのである。

 一路、移動したのは異なる国境線。

 すなわち、ゴーレムランドと接する国境だ。


「不思議なことに、ダークアイとの国境には無いのだが、ここには規定以上の魔力を持ったものが通ると反応する、奇妙な仕掛けがしてある。国境線の壁が簡易なゴーレムとなり、侵入者を阻むのだ。それはこちら、グリフォンスも同様。ゴーレムなどの魔法生物が進撃を行った場合、周辺を周回している魔術師の使い魔が集結して攻撃を始める。これが、詰めている魔術師たちを呼び寄せるというわけだ」


「ほうほう」


 何度か国境線を超えたダークエルフの言葉だ。

 貴重な情報が詰まっている。


「私がダークアイへと脱出する時には、これらを反応させないようにして……地の底を潜っていった。ある程度の深さからは、これらの防衛機能が反応しないからな」


「なるほど。つまり今回も、我々は地の底を行くわけだな」


「いや。堂々と地上を行く。だが、この国境線をジグザグに行くぞ」


「へっ!? どういうこと!?」


 アリーシャが目を丸くした。

 ジュギィはそもそも難しい話が分かっていないようで、両のこめかみに指を当てて首を傾げている。

 オーガの王であるグローンは、特に何かを言うでもなく、ニヤニヤしながら顎をさすっている。


「グローン、その顔は理解しているな?」


 ルーザックの言葉に、グローンはうなずく。


「おう。奴がこのような提案をするのは、よほどお主の事を信頼していると見える。あれは即ち、危険を呼び、魔導王を警戒させることになっても、お主ならばどうにかしてくれるであろうという全幅の信頼がだな」


「やめろ、オーガの王! 黒瞳王、真に受けてはならんぞ。私は貴方から教わった、敵の意表を突くという策をだな」


「がはは、照れるな照れるなディオース」


「ダークエルフのツンデレだわ……」


 アリーシャは半笑いになった。

 ちなみに、ルーザックはにこりともしていない。

 他人の感情の機微など、さっぱり分かっていないのだ。

 だから、理解した事実だけを口にする。


「うむ。双方を警戒態勢にすることで、互いの領土へ侵入者がありと警戒させる。これはよい作戦だろう。二国が交戦状態であることを利用して、我々は彼らに緊張を強いながら脱出することができる。このメンバーであれば、その際に起こる危険にも、十全に対処できるものと信じている。ではディオース、決行してくれたまえ」


「うむ。ぶれない態度が今は嬉しいぞ、黒瞳王。では」


 堂々と、国境線をまたぎながら突き進んでいく黒瞳王一行なのであった。

 先頭はルーザック。

 彼の、特に活かすところが無いが、無闇矢鱈むやみやたらに豊富な溢れ出る魔力は、国境線に仕掛けられた仕掛けを存分に発動させる。

 右手からは魔法王国、左手からは鋼鉄王国の防衛装置が起動し、それらが互いを攻撃しあい始める。

 次々に、防衛装置を発動させながら突き進むのだ。

 休み無く発動する両王国の仕掛けは、互いを敵と見なし、近辺の仲間を呼び集める信号であったり、音声であったりを垂れ流す。

 あっという間に、国境線へと両国の戦力が集結していく。

 だが、その頃には、ダークアイ方面へと突き進んでいるルーザックたち。

 グリフォンスとゴーレムランドにとって、これほど迷惑なことはない。


「警報が発動する場所が移動しているはず……! 先回りするならここだ!」


 途中、ルーザック達の動きに勘付いたゴーレムランド、グリフォンス側の高機動部隊と接触。

 後方から国境線の異常を感知し、その先に回り込んで待ち構える事ができるほどの機動性である。

 即ち……。


「黒瞳王。あれが狙いの一つだ。彼らが使用している乗り物を使い、高速で脱出を行う」


「なるほど、合理的だ」


 ごく当たり前のような顔をして、両部隊へと襲いかかるルーザックたちなのだった。

 グリフォンス側による魔法攻撃は、ディオースの呼び出した精霊に弾かれ、その隙間からオーガの一族が襲いかかる。

 魔法を使って肉体を強化した彼らは、疾風のように迫り、兵士たちを片っ端からなぎ倒す。

 ゴーレムランド側が行ったのは、銃と思われるものによる攻撃。

 これは、ジュギィがここまで背負ってきたゴキちゃんによって対処。


「いけいけ、ゴキちゃん!」


「な、何かが高速で迫ってくる!!」


「速すぎて弾が当たらない!!」


 低い位置を、ジグザグに高速で迫ってくる、平たいゴーレム。

 これは、ゴーレムランドの兵士にとっても未知の存在だった。

 それに気を取られているうちに、ルーザックとアリーシャが彼らの背後へ瞬間移動する。


「あっ」


 と気付いた時には既に遅い。

 アリーシャのナイフが、ルーザックの魔剣が風を切る。

 背後を取られた兵士たちは、次々に打ち倒されていった。

 ほんの数分間の蹂躙劇である。

 まさか、自分たちがおびき出されたようなものだと想像もしていなかった兵士たちは、ある意味ダークアイの最大戦力とぶち当たり、為す術もなく壊滅した。


「よし、こちらは三輪ゴーレムが手に入ったな……。いや、待て。これは四輪だぞ……!?」


 驚くルーザック。

 ゴーレムランド側が乗ってきていたそれは、オープンカー型のジープによく似ていた。

 軍用の四輪ゴーレムということなのだろう。

 あちこちが、分厚い装甲で覆われている。

 ルーザックが、例の手袋をはめてハンドルを握ると、快調にゴーレムのエンジンがかかる。


「これは馬力が凄そうだ。オーガたちはこちらに乗るといい」


 グリフォンス側は、魔法で制御されているらしきペガサスだ。

 これには、アリーシャとジュギィ、ディオースが乗り込んだ。

 一気に機動力を増したルーザック一行。

 このまま、国境線を猛スピードで駆け抜けるのである。

 恐らくは、両国でも最速の足を手に入れた彼らを、追撃できるものなどいない。

 どんどんと快調にぶっ飛ばす四輪の上で、グローンが愉快そうに笑いだした。


「わははははは!! がははははは!! こりゃあ、たまらん! 面白い! 痛快だ!! 儂らが何百年も封じられている間に、表の世界は随分愉快なことになっておるな! 何より、あの保守的なエルフがこんなバカげた策を実行するというのがいい! 黒瞳王よ! お主もあれを許す辺り、器がでかいのう!」


「うむ。いかなる策もやってみなければ分からない。失敗はリカバリーすれば良いし、失敗から学ぶことも多い。最もやってはいけないのは、失敗を恐れて行動しないことだ」


 ルーザックはにこりともせずに呟く。

 トライアンドエラー。

 それが、ダークアイを支える理念である。

 最終的な責任は全て黒瞳王が持つので、思いついた良さげなことは何でも試してみる。

 この精神は、今や末端のゴブリン達にまで根付いている。

 グローンは、目の前で四輪を操作するこの男を、実に面白そうに眺めた。

 長い間生きてきて、このような男を目にするのは初めてだ。

 見た目は地味な、ともすれば人間にしか見えないような男である。

 だが、そんな男が初代以外の黒瞳王に従わなかったサイクロプスを歴史の表舞台に引きずり出し、頑なだったダークエルフの心を溶かし、七王の一角を崩し、ドワーフを味方につけ、更には今。


「この儂も、お主に手を貸す方が面白い・・・のではないかと思えてきたわ」


 グローンの言葉に、彼に従ってついてきたオーガ達もうなずく。

 彼らの目には、ルーザックへの敬意のようなものが宿り始めていた。


「面白いことは大切だ。自然と、やろうとすることに熱がこもる。お仕着せの義務で行う仕事と、自ら望んで行う仕事では、その進行度合いも段違いになる」


 四輪ゴーレムの速度が上がった。

 重装甲の大型タイプながら、空を並走するペガサスをも振り切るほどの速さだ。

 ルーザックから、ゴーレムに強烈な魔力が流れ込んでいる。


「我が国を見たあと、諸君が希望する仕事があるならば任せたい。頼りにしているぞ、オーガ諸君」


 相変わらず、彼の表情はほとんど変わらないのだが……。

 この新たなる黒瞳王が興奮していると、グローンは気付いたのである。


「おうとも、仕え甲斐のある魔王様よ! オーガというものがどんなものなのか、ダークアイに知らしめてくれるわ!」

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