第45話 オーガ解放

「黒瞳王も無茶をする」


 ダークエルフのディオースが顔をしかめた。

 ここは、魔法王国グリフォンスの国境線。

 ゴブリン達の協力を得て、ゴブリン戦車で国境をかき回した。

 これによって、見張りの魔法使いたちの目を引きつけ、またアリーシャの瞬間移動で国境を超えたのである。

 メンバーはいつもの四人。


 黒瞳王ルーザック。

 魔将アリーシャ。

 黒瞳王一の子分ジュギィ。

 魔王軍幹部ディオース。


「国境に配された兵士は大したことがない。魔導王の目は、鋼鉄王国に注がれている。ただし、私が仲間とともにここを抜けた時はギリギリの勝負だった。魔法の行使を感知する術者が配されているからな」


「あたしの瞬間移動は、魔法じゃないわけよ。なので、調べられないってわけ」


 アリーシャが胸を張った。

 相変わらず、一人と一緒にしか瞬間移動できないのだが、他人を伴っての連続使用にも慣れてきたらしい。

 疲れた様子がない。


「こっちはね、ジュギィ、落ち着く感じ」


 ジュギィは先行しつつ、辺りをきょろきょろと見回す。

 周囲には木々が生い茂るが、どれもしっかりと管理されており、ある程度の間隔で生えている。

 下草なども処理されており、必要なだけの緑が、適切に配置されているように見える。

 それでも、鋼鉄王国に比べれば自然に近い環境が多い。

 大地と共に生きるゴブリン族であるジュギィには、魔法王国の方が居心地がいいのだろう。


「ジュギィ、あまり先行しすぎるのは危険だ。ああ、もう」


 ルーザックが慌てて、はしゃぐジュギィを追いかけた。

 その後すぐに、ジュギィはルーザックに手を繋いで確保されてしまった。


「これでよし」


「ルーザックサマと手、つないだ!」


 これはこれで嬉しそうである。

 るんるんと鼻歌を唄いながら、ジュギィはルーザックを引っ張っていく。


「ディオース、これから向かう場所だが」


「ああ。オーガが封印されている箇所になる。これを解放することで、魔導王ツァオドゥからも注目されることになるが……」


「複数の戦力を取り込み、複合力で鋼鉄王国を叩く。その過程で、ディオースの仲間であるダークエルフも解放していく予定だ。だが……ここはまず、オーガの代表を数名だけ拉致してだな」


「ルーちん、拉致とか言わない」


「今は、我々ダークアイが、敵に軽んじられているからこそ自由に行動ができる。軽率な行動は慎むべきだが……」


「そこは、早急にサイクロプスのボディを発見することで対応する。時間を掛ければ良いというものではない。同時多発的に敵を攻めることで、対応の隙を与えずに制圧するつもりだ」


 ルーザックは強気である。

 ちなみに、国境線におけるゴブリン戦車による陽動も、魔法を使う相手に対してどれだけの戦力となるかを確認する、実証試験を兼ねている。

 この戦力で、国境線防衛兵士レベルの魔法使いを圧倒できるのならば、ダークアイが魔法王国へと進軍することが現実味を帯びてくる。

 一行は先を急ぎながら、今後についての対策を話す。

 地形的に、魔法王国と鋼鉄王国は隣接し、その二国の端が、共にダークアイへ触れている。

 どうやっても、二正面作戦になる位置関係である。

 だが、同時に、両国の中心となる都からは、ダークアイの国境線は遠く離れている。


「オーガを解放するという一点においては、この位置関係は理想的だ。ツァオドゥはこの野蛮な一族を嫌い、国の端に封印した。つまり、国境線の近くだ。幸い、盗賊王の軍勢はこの封印を解放するような能力を持っていなかったからな」


「つまり、盗賊王国ってよわよわだったってことよね? うう……そんなのにやられたあたしって、一体……」


「アリーシャとの相性が良い相手では無かったのだろう。私が勝った。既に盗賊王を問題にする必要はない。……ここか」


 およそ、丸二日ほどの行軍。

 彼らはオーガが封印されているという場所に到着した。

 それは、森の奥深くに配置された、巨大な岩である。

 人の力で動かすことができるサイズではない。


「これだ。ツァオドゥによる封印が施されている。岩自体が扉の役割を果たし、こことは違う世界へとオーガたちを封印しているのだ」


「私のイメージでは、オーガは力任せの種族だと思うのだが、それをどうして魔導王がわざわざ封印した?」


「上位のオーガは、魔法を使いこなす。我らエルフの精霊魔法とは違う種類の魔法だ。オーガは、四代目黒瞳王と共に戦った種族。義理堅く、黒瞳王が討たれた後も、決して魔導王に恭順の意を示すことはなかった。そして、彼らを滅ぼすためには、魔法王国も相当な犠牲を払う必要があった。そのために、ツァオドゥはオーガを封印したのだろう」


「オーガは逆らわなかったのか?」


 ルーザックが、黒い魔剣を抜く。

 彼に、魔導王が施した封印を解く魔法は使えない。むしろ、魔法というもの全般が使えない。

 ルーザックにできるのは、ただこの剣を振るうことだけだ。


「一族に病魔が送り込まれた。弱く、幼いオーガが犠牲になろうとしていた。オーガの長は、彼らの助命と引き換えに封印を受け入れた。最後まで、恭順は拒んだようだ」


「なるほど。では、安心だ」


 ルーザックが剣を振り上げた。

 剣王流で、最も基本となる構えだ。


「……ふんっ……!!」


 剣は、一切の躊躇なく振り下ろされた。

 黒い剣が、岩に吸い込まれていく。

 止まった。


「流石に抵抗があるな。ではもう一度だ」


 ルーザックはメキメキと、力任せに剣を抜き取った。

 そして再び一撃を叩き込む。

 一撃、もう一撃。

 岩が砕けるまで、ひたすら愚直に剣を打ち込む。

 人の膂力でできる業ではない。

 そして、魔導王の魔法で生み出された岩は、生半可な武器によるダメージを受けない。

 魔王であるルーザックの肉体と、不壊であるこの魔剣があって初めてできる行為だ。

 どれだけ大きく、重厚な魔法の岩であっても、打ち込み続けていればいつかは破壊される。


 十時間後。


「ふんっ!!」


 打ち込まれた黒の魔剣が、封印の岩をついに二つに切り裂いた。

 バキバキと音を立て、岩が崩れ落ちていく。


「ほんっと、ルーちんよくやるわ……」


「魔導王も、まさか岩よりも強い魔剣で、砕けるまでただただ切りつけられて破壊されるとは想像していなかっただろうな……」


 砕かれた岩の跡には、何もなかったはずのそこに、穴が生まれている。

 空間に開いた穴だ。


「おお……おおお……!」


 穴の奥から、声が聞こえてきた。


「光……光が……!」


「私は八代目黒瞳王、ルーザック。オーガ諸君。君たちをスカウトに来た」


 封印を物理的に破壊した疲れなど微塵も見せず、ルーザックはいつもの調子で告げる。


「黒瞳王……黒瞳王だと……!?」


 穴の中から、大きな手が飛び出してきた。

 それが、穴の縁を掴む。

 ゆっくりと、巨体が姿を現した。


 額に二本の角を持つ、赤い肌の巨人である。

 身の丈は、ルーザックよりも頭三つ分は大きい。


「お前が、黒瞳王……。封印を解いたのか……? どうやって」


「久しいな、オーガの王、グローン」


「貴様はディオース……! まだ、ダークエルフは滅んではおらんのか」


「滅ぶ一歩手前さ。だが、我らの種族の行先にも、光明が見えてきた」


「ほう」


 グローンと呼ばれたオーガは、目を細めた。

 その姿は、魔物の毛皮とみられるものを体に纏い、筋骨隆々の手足はむき出し。

 ルーザックとアリーシャが知る、日本の鬼というものによく似ていた。


「光明……。この男がか」


「いかにも。ゴブリンを率い、かの盗賊王を滅ぼした男だ」


「ゴブリンで、七王の一角を崩したというのか!? あの弱兵どもを使って!」


「ゴブリン弱くない! むむむー!!」


 ジュギィがむくれて抗議の声を上げた。

 グローン、ハッとジュギィに気づくと、今度は別の意味で目を細めた。


「ゴブリンの子供がこんなところに……? いや、纏う魔力がゴブリンとは別物だ。しかし……愛らしいのう」


「可愛いもの好きだったか……!」


 アリーシャが苦笑する。

 ディオースはフッと笑い、ジュギィの頭を撫でた。


「私の弟子でもある。それに、かの黒瞳王の軍勢には、ドワーフもいるぞ。なんと、サイクロプスまで参加している」


「ドワーフに……サイクロプスだと!? いや、儂も見たことは無いが、実在していたのか、それは……!」


「我が国の大切なスタッフばかりだ。ダークアイは、種族の多様性を受け入れる準備ができている。来たれ、我が国へ!」


「国まで作った……!? 魔族の国か!?」


「いかにも」


 グローンの目が丸くなった。


「そのようなことがあるのか……。皆、異なる黒瞳王を頭に頂き、交わることなど無かったというのに」


「後がないのだよ。皆、過去の失敗を悔いている。だからこそ、この最後の王に賭けてみる気になったのだ。いや、これ以外に選択肢などない。お前たちも来い、グローン。オーガを再び、光の下へ導くのだ」


「む……むう……!」


「我ら魔族の時は、七王に敗れた時より止まったままだ。再び、我らの種を先に進ませるためには、これ以外に道はない」


「気位の高いダークエルフが、随分と惚れ込んだものよな」


「情ではない。この男、実利を以て、賭ける価値ありと示してくれた。勝てるぞ……! だが、その道行きにはお前たちオーガも必要なのだ」


 熱のこもったディオースの説得に、グローンは呻いた。


「来たれ、ダークアイ。我が国は、諸君の力を必要としている……! 高待遇を約束しよう」


 ルーザックが歩み出る。

 そして、よく分からないセリフと共に、その手を差し出した。

 グローンは一瞬躊躇した後、目線だけで背後の穴を振り返った。

 そして、何かを振り切るように目を閉じると、深くうなずいた。


「うむ……。貴様がどれほどのものか、まだ分からぬ。まずは我が目で確かめさせてもらおう……!」


 かくして、ダークアイはオーガ一族の視察団を迎え入れることとなったのである。

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