第44話 鋼魔戦線異常アリ

「何かが近づいてくる……」


「な、なんだあれは!?」


 ダークアイとの国境線を見張っていた、ゴーレムランドの兵士たちが色めき立つ。

 それは、国境に接近してくる異形の存在を目にしたためだった。

 キュラキュラと音を立て、金属のベルトを履いた車輪が回る。


 足は無く、腕も無く、一見すると、ゴーレムランドで運用されている搭乗用ゴーレムである。

 だが、違う点が三つあった。

 一つは、大きさ。

 国境に配備されているのは、普及型のゴーレム09ナイン

 旧型である08と比較すれば、一回り大きく、二階建ての家を二つ重ねたほどの大きさを誇る。

 それよりも、なお大きい。

 二つ目は、作り。

 ひたすら分厚い金属板で、これでもかというほど全身を覆われた外見は、鋼でできた岩塊が動いているかのようだ。これほどの重量物を動かすために、一体どれだけの魔力が必要なのだろうか。

 最後に、頭部。

 そこには、そこだけ明らかに生体らしき、巨大な目玉が鎮座していた。


『ほほー! こいつは良いぞ。我輩の目玉を通して感じる、心地よい振動。地に足をつけるとは正にこの事だ!』


 頭部にある巨大な目玉……サイクロプスのサイクは、ご機嫌だった。

 彼の背後には、この技術試験のデータを取るためにドワーフの一人が付き添っている。

 頭部のちょうど真下に、サイクのサポート用のメンバーが乗り込むためのゴンドラがしつらえられていた。


「旦那! 好きに動いちまってください! ガタが来たら、それはそれで後で改修しますんで! 今はデータが欲しいんですわ!」


『おほう! 嬉しい申し出だな! では好き勝手に暴れるとしよう!』


 キュラキュラと、国境線へ突き進むサイクロプス搭載型ゴーレム……通称、目玉戦車。

 ゴーレムランド側で、ピリピリピリ、と警笛が吹き鳴らされた。

 国境側に詰めていた兵士が、集まってくる。

 これは正に、非常事態である。


『これには、武器のたぐいは無いのか?』


「こいつは旦那の目玉から出るっていう、そのド凄え光線をあてにしたゴーレムですからねー。今のところは、何にも取り付けられてないですわ」


『仕方あるまい。我が目玉戦車の重量で、彼奴らを蹂躙するとしよう』


「おうおう。09レベルの攻撃なら耐えられるようにできてますからね。俺はちょっと脇に逃げさせてもらいますわ」


 ドワーフがグルグルとハンドルを回すと、彼が収まったゴンドラが目玉戦車の後方へと流れていく。

 それを待っていたかのように、国境線のゴーレム軍団からの攻撃が始まった。

 主に、投石と彼ら専用の武器による攻撃である。

 巨大な矢が、岩石が飛ぶ。

 目玉戦車はそれを避ける素振りも一切なく、降り注ぐ武器の雨に突っ込んでいった。

 分厚い鋼の装甲板が、ガンガンと音をたてる。


『なんだ。ゴーレムと言っても大したことは無いのだな』


 降り注ぐ攻撃を物ともせず、目玉戦車は突き進む。

 無傷というわけには行かず、あちこちの装甲は凹み、金属のベルトも外れ掛かる。

 だが、それでもサイクが問答無用で注ぎ込む魔力が、目玉戦車の動きを止めさせないのだ。

 ちなみに、目玉戦車の動力源であり、本体とも言えるサイクは無傷。

 ある程度以上の威力を持った攻撃か、あるいは彼を包む魔力の障壁を破るような、強力な魔法、ないしは強い魔力を宿した武器でなければ、彼を傷つけることは出来ない。

 つまり、ゴーレム09は、それらを有さず、サイクにとってなんら脅威ではない存在なのだった。


『そおれ、一匹目だ』


 目玉戦車とゴーレム09が接触する。

 互いの重量差は、二倍では効かない。

 ゴーレムは踏ん張ることも出来ず、やすやすと押しつぶされ、その動きを止めた。


「な、なんだこいつは!!」


「ダークアイは戦争を始める気なのか!?」


 狼狽する兵士たちをよそに、次々とゴーレムは目玉戦車に轢かれていった。


「いかん! 09では歯が立たん! しかしこの場合、どうすれば!?」


「て、撤退、撤退ー!!」


 まるで統制が取れていない。

 彼らの隊長らしき人物が決断をした頃には、ゴーレム全てが戦闘不能にされていた。

 だが、そのゴーレムの抵抗を受けていた目玉戦車も無事では済まない。


『なんだ。動かなくなってしまったぞ』


「ああ、俺のところのハンドルも効かねえや。こりゃぶっ壊れたな」


 ドワーフがゴンドラから降りて、目玉戦車を点検する。


「装甲は分厚くしたお陰で、こんだけの数のゴーレムを相手に出来たが、鋼鉄王が操るオリジナル相手じゃまだまだ勝負にならんだろうな」


『なんとかならんのか』


「いや、こればかりはなあ……。俺らドワーフのゴーレムづくりも、鋼鉄王の真似事だからな。黒瞳王の旦那には話しているが、俺らの力だけじゃ絶対に鋼鉄王には勝てん」


 ドワーフはすっかりサイクと打ち解け、言葉遣いも崩したものになっている。


『圧倒的だったではないか。この目玉戦車を大量に作ればよかろう』


「ゴーレムのでかさは、そのまま操る時の魔力の量に比例するんだ。こんな化け物ゴーレム、あんたか黒瞳王の旦那にしか動かせねえよ。だが、鋼鉄王のゴーレムは、誰にも操作されずに一人でに動きやがる。ありゃ、化け物だぜ」


『ふむ、同じ土俵で勝負しては敵わんか。道理だな。ルーザックも、盗賊王相手に正面対決しておれば負けておっただろうからな。徹底的に卑怯と待ちに徹し、彼奴らの国を撹乱し、妨害工作を働いたがために、あれは格上であった盗賊王めを屠ることが出来たのだ』


「なるほどな! ズムユーグも、それが鍵だって言ってたな! なんか、こう、鋼鉄王とは違うものを使って差別化せんといかんだろうな! ……っと、おお、来た来た」


 目玉戦車とゴーレムの回収任務を帯びた、ゴブリン軍団の登場だ。

 彼らは地面に丸太を並べ、目玉戦車とゴーレムを、その上を転がしながら押していく。

 平坦な道に入った所で待ち受けるのは、新型のゴブリン戦車である。

 ゴブリン二名によって運用される、この雄牛ほどの大きさをした搭乗型ゴーレムは、複数台を運用することで重量物の運搬も行えるのだ。

 ロープをゴブリン戦車にくくりつけ、目玉戦車を牽引していく。


「来たか」


 国境にほど近いところに、キャンプが作られていた。

 そこに、黒瞳王ルーザックが待ち受けている。


『ルーザック!』


「サイク、楽しんだようだな」


『うむ。久方ぶりに肉体を取り戻したかのような気分を味わえたぞ。だが、あれはいかん。目玉戦車はあまりにも脆弱であるな』


「所詮、鋼で出来た車に過ぎないからな。そこに魔力の守りが付与されているわけでもない」


『我輩の魔力を、あの全身に通すことが出来るようになればいいのだがなあ』


 ルーザックとサイクの会話を聞いて、ドワーフが「それだ!」と手を打った。


「並のゴーレムなら、常識の埒外だが、魔力を通す経路を表側に大量に貼るんだ。それで、意図して魔力を流した副産物で、目玉戦車の周りに旦那の馬鹿げた魔力による、障壁が生まれることになる! ただ……かなりの量の材料が必要になるし、人員もいる作業になるが……」


 ドワーフがチラリとルーザックを見た。

 ルーザックは考え込む。


「ふむ。ゴブリン戦車の量産作業に、ドワーフの手は必要だが……。目玉戦車はワンオフ兵器。これにどれだけの労力を割くべきか、だな。君。戦場における目玉戦車の戦力は、どの程度と見た?」


 逆に問いがやって来た。

 ドワーフは、先程見た目玉戦車の活躍を思い浮かべ、その強さを彼なりの単位に換算する。


「普及型のゴーレム、三体から四体分だな。だが、こいつに武器を据え付ければ、その力は二倍にも三倍にもなるだろう。ぶっちゃけ、鋼鉄王のオリジナルが来ない限りは、無敵になれるかもしれん」


「よし、ではゴーだ。そちらに注力して作業を進めてくれ。ゴブリン戦車に関しては、生産ペースを落としながら、随時ゴブリン達に生産方法を教育。徐々にペースを上げていく事にする。開発部長にも連絡をしておくように」


「了解だぜ! いやあ、話がはええ!」


 ドワーフは喜び勇み、キャンプの奥へと走って行った。

 早速、ズムユードへの手紙を書く……わけではなく、新しい目玉戦車のコンセプトを作るつもりなのだ。

 上下の連絡よりも、まずは自分がやりたい仕事。

 何事にも、ドワーフはそのような優先順位を持つ者たちだった。

 ……ということで、ズムユードへの手紙をしたためることになったのは、ルーザックなのであった。


「さて、こちらから均衡状態を破ってみたわけだが、果たして鋼鉄王は、こちらに戦力を振り分けてくるか。そして魔導王は、鋼鉄王が動いたとして、静観をするのか、それとも介入してくるのか……。我らダークアイとしては、魔法王国が持つ魔法の技術も欲しいところだ。まずは、それぞれの計画に対し、挑戦と分析を繰り返していくべきだろうな……」


 ズムユードへの手紙を書き上げると、ルーザックは溜息を吐いた。


「技術面、魔法面でのブレインは揃った。次は戦闘面と、可能ならば俺の補佐をしてくれる立場の者が欲しいが……」


 そう呟く彼の頭の中では、今後の行動計画が着々と出来上がりつつあるのだった。 

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