第43話 ダウングレード
「結果的に大勝利だったな。あそこまで持ちこたえてくれたゴブリン諸君、ご苦労だった」
「ギィッ!」
ゴブリン達に少々犠牲は出てしまった。
だが、彼らが粘ってくれたお陰で、今ダークアイには、二体のゴーレムが存在している。
これを研究して、ゴキちゃんを通常のゴブリンでも使えるようにしたダウングレード版を作成するのである。
ゴーレムキラーことゴキちゃんは、初戦で十分すぎるほどの成果を挙げた。
だが、ドワーフのズムユーグドいわく。
「こいつらは、言わば型落ちだ。三百年前に鋼鉄王がデザインした、ゴーレム
なかなかに厳しいことを言う。
だが、その言葉の真意はすぐに分かった。
ゴキちゃんのカメラ機能、機動能力を落としたものを試験する中、運用担当のゴブリンが次々に昏倒したのである。
「ギィ~」
「魔力を使いすぎてクラクラするって」
「まだ10メートルも走ってないじゃないか」
ゴブリンの様子を見たジュギィの言葉に、ルーザックは唸った。
「魔族は、種族によって内包する魔力の量が違うのですよ。我らエルフは、その中では極めて高い魔力を有する。魔力が最も少ないのはゴブリン種だろう。だが、その中でロードともなれば、より上位の魔族に近い魔力を持つ」
ディオースが背後からやって来た。
そして、ジュギィの頭を撫でる。
「ししょー!」
「ああ。ジュギィは特別だ。黒瞳王、彼女は最も近くで貴方の影響を受けた結果、徐々に異なる魔族へと進化していっているようだ。既にその魔力は、平均的なエルフのそれに匹敵する。故に、彼女を基準にして考えてはいけない」
「そういうものか……。ジュギィはいつも近くにいるから、基準というものがよく分からなくなるな」
「どっちでもいいさ。さあ、どこまで機能を制限するか……。使い物になるようにせんとな。さあ仕事だ仕事!」
ズムユードが鼻息を荒くした。
試験用の量産ゴーレムキラーは、外見こそルーザック達が操作した試作型によく似ている。
だが、その重さはずっと軽いのだ。
様々な機能がオミットされ、内部はスカスカである。
「ほいほい、あたしも手伝うわね。……って、かるーい。あたしでもひょいっと持てちゃうとか。ほんっとに中身がスカスカなのねえ」
アリーシャがゴキちゃんを持ち上げ、ぶんぶんと振った。
すっかり、この黒くてテカテカした外見に慣れてしまったようだ。
「これでサイズが大きかったら、中にジュギィとか入れそうじゃない? なんてね、あはははは」
ピタリ、とズムユードの動きが止まる。
「お、おい副社長、今なんつった」
「え? でかかったら中にジュギィとか入れそうって。まあね、冗談だかんね! ゴッキーの中に入るなんて」
「それだーっ!!」
「へ!?」
凄まじいテンションで叫ぶズムユードに、アリーシャは目を丸くした。
「いいかい黒瞳王の旦那。今まで魔力の消費がでかかったのは、遠隔操作だったからだ。使用者の魔力を使って、離れたゴーレムキラーに魔力を送る経路を作ってた。ここで、そもそも魔力ロスがあったんだ。悔しいが、鋼鉄王が作るゴーレムは、ここをクリアしてる。ゴーレムが内蔵している金属板を見たか? あれが魔力を増幅し、操作する者とゴーレムを繋ぐ魔力経路を作る手助けをするから、魔力の消費効率がいいんだ。だが、こいつはその成立自体に、鋼鉄王の技が必要になる。言うなれば、あの男の能力がこの金属板を作ることなんだ」
早口でまくしたてながら、ズムユードが設計図を書きなぐる。
周囲にはドワーフ技術者達が集まり、生まれていく図面を見てどよめいていた。
「だから、工夫で俺は乗り切ろうとした。しかしやっぱり、魔力効率が悪すぎる。経路を作るだけで、魔力が少ねえゴブリンは半分もてめえの魔力を使っちまう。だから、俺はゴーレムキラーの機能を単純化し、少ない魔力で操ることばかりを考えた。だが、だ」
設計図のラフが完成する。
測量も何もあったものではない。
ただただ、ズムユードの思考を図面に現しただけのものだ。
だが、それは今までのゴーレムとは発想の根幹が違っていた。
いや、既にこのタイプのゴーレムは存在していたのだ。
戦闘用として用いられていなかったがために、これを活かそうという発想が湧いてこなかったのだ。
「これは……乗り込み型のゴーレムキラーか。しかも、ゴブリン二名で運用する」
「おうよ。あの三輪ゴーレムを基準にして作る。ゴブリンを二人使うのは、奴らの魔力量が少ないためだ。二人がかりで動かすことで、一人あたりの消費量を減らす。これなら、あいつらを訓練すれば、ゴーレムキラーの機能を制限しなくてもやっていけるだろう。問題はでかくなるから、攻撃に当たりやすくなることだが」
そこで、アリーシャが口を開いた。
「あたしらの世界のゴキってさ、つるっつるしてて、テラッテラ光ってるのね。油みたいなの塗って滑るようにしたらいいんじゃん?」
「ゴーレムの表面に油を塗る……!? 新しい発想だ。そもそも、ゴーレムは遠隔操作だから、攻撃を受けることをさほど問題視してない作りだからな。三輪ゴーレムは、戦闘用じゃないからむき出しだ。つまり、油じゃないとしても、攻撃を弾く塗料や何かを作って……ふむふむ」
「あんねー、座って乗ってたら高さができちゃうっしょ。だからこうして寝そべればねー。ゴブリン達って小柄じゃん? だからサイズも割と小さくできるっつーか」
「寝そべって乗る!? なるほど、なるほど!!」
アリーシャとズムユーグが、激しくディスカッションしている。
どうやら新しいアイディアが生まれつつあるようだ。
「意外だ」
ルーザックは無表情のまま驚いた。
振り返るアリーシャ。
「あれ? 言ってなかったっけ? あたし、ミニバイクの競技やってたんだけど」
「初耳だ」
「あれー? 言ってなかったっけ」
「そもそも、私は先輩の話を何も知らない。だが、今回はその経験が活かされるようで良かった。今回の事業は副社長に一任しよう」
「ほいほい! 任された! いやあ、なんつーかね。話を聞いたらあたしも乗ってみたくなってきたんだよね。ほれほれ、ズムちん、作るよ作るよ!」
「ズムちんたぁなんだ!? ズムってのは家名みたいなもんでだなあ……」
開発室を離れるルーザック。
横を歩くジュギィは、開発の風景が気になるらしく、しきりに振り返っている。
「ジュギィにも専用機を作ってもらおうな」
「せんようき? ルーザックサマ、それなぁに?」
「うむ。頭に角が生えていて、同型機よりも強いやつだ。三倍くらい強い」
「つよーい!」
久方ぶりに、プラモデルを作りたくなってくるルーザックなのだった。
『我輩も乗りたい』
玉座の近くでプカプカと浮いていたサイクがわがままを言った。
「厳しかろう」
ジュギィと二人、プラモデルを作るルーザックが応える。
今回作成するのは、専用機の話題から、ルーザックが元の世界で見ていたアニメに登場する、ロボットのプラモである。
種別は、主人公のライバルが乗り込む専用機。
青い。
ちなみにジュギィは、主人公機を作っている。
『冷たいぞルーザック。我輩だってたまには変わったことをしてみたいのだ』
「サイクはそのままでも強力だろう。それに右腕を復活させれば、生半可なゴーレムなど歯牙にも掛けなくなるのではないか」
『それはその通りだが、我輩、今はこうして目玉だけの存在だ。行動するのに不便は無いが、時折二本の足が恋しくなる……』
「ふーむ……。サイクは魔力も桁外れにありそうだし、今度、鹵獲したゴーレムをサイク用に改造させるか」
『本当か。約束だぞ。我輩、楽しみに待っているからな』
機嫌よく、ふわふわと浮上していくサイク。
「どうも、ゴーレムは人のロマンを掻き立てる何かがあるようだ。サイクを搭載するゴーレムなど、大型のキャノン砲を装備したロボットみたいなものではないか」
呟いてみてから、ルーザックはハッとした。
「いいな。それはロマンだ」
「ルーザックサマ? あのね、ここが難しくてー」
「うむ。どこだ?」
ルーザックは説明書を覗き込み、ジュギィとともにプラモ作りに励むのだった。
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