第42話 前哨戦、新兵器の効果調査

『ご主人様。ホークウインドに接する国境の第四コロニーから報告が上がってきております』


「うん、なんだ?」


 ここは鋼鉄王ゲンナーの住まう、飛空城。

 その中央に位置する、研究室である。

 小さな城ならばすっぽりと収まってしまうほどの空間を、メイドに似た姿に作られた鋼鉄の乙女たちがせわしなく動き回る。

 その中で唯一人の人間であるゲンナーは、腹心たるメイド長、ミオネルの報告に少しだけ目線を動かして応じた。

 彼の指先は、新たなゴーレムに組み込む、奇妙な板を作り上げている途中だった。

 一見して緑色の、樹脂の板。そこに、純金による道を描き、途中途中に数学の式のような文言を書き込んでいく。


「ふう……」


 ゲンナーは顔を上げると、袖で汗を拭った。

 彼の忠実なメイドは、すぐさま冷たく濡れたタオルを差し出す。


「気が利くな。それで、報告というのはなんだ」


『はい。失踪者が出ているとのことです。ドワーフから十名前後、この五日間ほどで工場から消えています』


「消えているというのはなんだ。逃げたのか?」


『第四コロニーからの脱走。可能性は高いでしょう。同時に、ホークウィンド国境線に派遣していた技術兵が、一名死体で発見されました』


「ほうほう。何故死んだ」


『腐敗した死体頸部に損傷がありました。殺害されたと見るのが自然でしょう』


「なるほど。ではダークアイの仕業だろう」


『登録上、あの地域はホークウインドとなっています。ご主人様は、あの無礼な闖入者が騙った国名を了承なさるおつもりですか?』


「僕としてはどうでもいいのだがね。ショーマスが自己申告した国名がホークウインドだったが、その本人が死んだのだろう? ならば、後継者であるあの男、黒瞳王ルーザックが名乗った国の名を覚えておいてもおかしくはないだろう」


『了解いたしました。今後、ホークウインドの名は削除。かの地をダークアイと呼称します』


「うん、それでいい。では、ダークアイとやらに攻撃を加えたまえ。旧型を一ダースも持っていけば、魔族とやら相手には充分だろう。あの性悪女を相手にするわけじゃないんだ。在庫処分のつもりでぶつけてやれ」


『かしこまりました。早速手配いたします』


 かくして、ゴーレムランドはダークアイへの攻撃を決定した。

 そこに、鋼鉄王ゲンナー以外の何者の意思も介在しない。

 何よりも、この飛空城内部に存在する命あるものは、ゲンナーただ一人しかいないのだった。








「ルーザックサマー!」


 ダークアイ王城における、研究室。

 入り口を、無骨な金属扉一枚で謁見の間と隔てたそこに、ジュギィが転がり込んできた。


「おっ、ジュギィ、そんなに慌ててどうした?」


 振り返る黒瞳王ルーザック。

 彼は、その手に真っ黒な箱を抱えていた。

 指先が、箱に刻まれた金属質の模様に触れている。

 模様はルーザックから魔力を受け取っているらしく、青白く輝いていた。

 彼の影になって見えないが、何かがカサカサと音を立て、走り回っている。


「? 何してるの?」


「ああ、ついに試作版が完成したんだ。私が元の世界でよく知っている、あの昆虫をモデルにした」


 そこには、黒光りする装甲の、一抱えほどもある六本足の何かがいた。

 これが、ルーザックの操作に合わせてカサコソカサコソと動き回る。


「おもしろーい! ジュギィもやりたい!」


「いいぞ。ディオースいわく、ジュギィはゴブリンの中では並外れて魔力が多いらしいからな。この試作版も扱えるだろう。魔力消費が多すぎるのが悩みのタネなのだ」


 ルーザックが問題点をつらつらと呟くが、ジュギィは聞いていない。

 受け取ったおもちゃを握って、操作方法を近くのドワーフから聞いている。

 

「ジュギィちゃんはすぐに何でも覚えて偉いなあ」


「俺ァ、ゴブリンってのはもっとバカなもんかと思ってたけどよ。ジュギィちゃんを見てると賢いし、素直で可愛いしなあ」


「娘みたいなもんだよなあ」


 ここ数日で、またルーザックがリクルートしてきたドワーフ達が、皆で目を細めてうんうんと頷く。

 彼らの目の前で、ジュギィはこの黒い箱へ魔力を通した。

 箱によって操作されているらしい、六本足の何かがカサコソと動き出す。

 それは、壁であろうが机であろうが、天井ですら意に介さず、自在に駆け回る。


「すごーい! すごいすごーい!!」


「凄かろう。ドワーフ技術の結晶だ。操作するものの魔力を通して、遠隔操作できる昆虫型ゴーレム。名付けてゴーレムキラー。略してゴキちゃんだ」


「ゴキちゃん!」


「ところでジュギィ、報告があるんじゃなかったのか?」


「あっ」


 ジュギィがハッとした。

 今の今まで忘れていたらしい。


「ルーザックサマ、大変! ゴーレムランド、攻撃してきた! 朝にゴーレムこっちに来て、ゴブリン、みんなで食い止めてる!」


「ほう……。思ったよりも早い開戦だな。だが、ちょうどいい。我らの新兵器の力を試す時だ」







 この日の夕刻、鋼鉄王国ゴーレムランドと、魔族国家ダークアイ間の戦争が始まった。

 だが、それは異様な戦いであったという。


「黒瞳王サマ!」


「ルーザックサマキタ!!」


「ギィール!」


 圧倒的な力を持つゴーレム群。

 これらに押されながらも、散発的に弓を放ち、石を投げ、生き残っていたゴブリンたちに歓声が上がる。

 姿を現した、ダークアイの盟主ルーザックは、彼らに向かって退却の命令を下した。

 王の命令に疑問を抱かぬゴブリン達である。

 彼らは、今まで国境線を支えていた粘りが嘘のように、一気に撤退していった。

 次いで投入されたのは、ジュギィとルーザック、アリーシャ。この三名。


「うええ、よりによって、なんでアレの形を再現するかなあ……。しかも超リアルだし。ルーちんサイッテー」


「機能的だったのだ。色や形、動きまで似てしまったのは、収斂しゅうれん進化的な理由によるものだろう。最適化の結果だ」


「ゴキちゃん、ゴーゴー!」


 彼らは、操縦箱というアイテムを使い、新兵器のゴーレムキラーを操る。

 大きさは子供のゴブリンくらい。

 だが、漆黒で異様に体高が低いそれらは、ゴブリンなど比べ物にならぬ速度で動き出した。

 岩山を駆け上り、駆け下り、瓦礫の影を這い回り、木々の隙間を抜け、一瞬でゴーレム群に到達する。


 ゴーレムは、この迫ってくる何者かに反応を返すものの、追従することが出来ない。

 一瞬で背後まで回り込まれた。


「よし、ゴキちゃんから送られてくる映像を元に、ゴーレムの弱点を解析する。這い上がれ、ゴキちゃん」


 ルーザックは真面目な顔をして、操作を続行する。

 この、ゴーレムキラーを遠隔操作する機能と、搭載されたカメラ機能のため、操作する者は非常に多量の魔力を消費することになる。

 それゆえに、ゴーレムキラーを操作できる者は、ダークアイに四名しかいない。

 この場にいるメンバーと、ダークエルフのディオースである。


「どうやらこの、爪を立てるとボロボロ塗装が剥がれ落ちる感じ。あのゴーレムは古いな」


「古いの? ジュギィ、こっちの足から登ってみる」


 ジュギィが操作するゴキちゃんが、別のゴーレムに駆け上がっていく。

 ゴーレム群は、襲撃してきた謎の敵に、対処できていない。

 扁平な形状は攻撃するにも目標が小さく、しかもあまりにも素早い。

 しかも、彼らは鋼鉄王が在庫処分のために送りつけてきた、旧式ゴーレムなのだった。


「ルーちん、隙間みっけ。こいつら、足と腕の付け根がスッカスカだわ」


「よし、突撃だ。なんでもいいから食い荒らせ。動きが鈍ったら、それが弱点のポイントだ」


「おっけ! そういうなーんも考えないの、超得意なんよね! ほらほらー! いけいけゴキブリー!!」


「ゴキブリではない。ゴキちゃんだ」


「なんでこだわんの……!」


 ゴーレムの体内で暴れるゴーレムキラー。

 その名の通り、内部構造を次々に破壊していく。

 搭載された大アゴは、ペンチのような機能を有している。

 脆いパーツを圧力で破壊し、多重になっている構造体を掴み、細かく分解するのだ。

 やがてゴーレムの何体かが、明らかに動きが悪くなる。

 軋む音を上げながら、彼らは膝を突いて動かなくなった。


 後方でゴーレムを操作しているらしき兵士達が、わあわあと騒ぐ。


「よし、できるだけゴーレムを倒すぞ。ジュギィ、後詰めのゴブリン達に連絡。破壊されたゴーレムを可能な限りバラして回収だ」


「あい!」


 ジュギィは、超音波のような声で後方のゴブリン達へと命令を下した。

 それは、ルーザックが引き連れてきた、ドワーフの手伝いを行っていたゴブリン達である。

 彼らは手に手に工具を持ち、動かなくなったゴーレムに群がる。

 そして、わいわいと分解を始めた。

 装甲を引っ剥がし、溶接部分を削り、部品を丁寧に取り外して腰につけた袋に詰める。


 これを見て、後方でゴーレムを操作していた兵士達が真っ青になった。

 戦闘不能になったゴーレム達が、敵に回収されていくのだ。

 しかも、ゴーレムを倒してしまう、謎の小型ゴーレムまで持っている。

 彼らのリーダー格が、大声で命令を下す。

 それと同時に、ゴーレム達は撤退を開始した。

 その数は、七体まで減じている。

 無事なゴーレムは、破壊されたゴーレムを回収していた。

 だが、破壊されたゴーレムのうち二体は、ルーザック達の手に落ちていたのである。


 こうして、魔導王国とではない、もう一つの鋼魔大戦の初戦が終了する。

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