第47話 鋼魔戦争再開と、その他一国

 ゴーレムランド側からすれば、自国への領土侵犯があったことになる。

 グリフォンスもまた然り。

 現場の兵士たちは、ルーザック一行がやらかした事態だと分かってはいても、上層部はそうではない。


 鋼魔両国による戦争は、程なくして再開した。

 それぞれのトップが決定した休戦は、ほんのふた月ほどしか持たなかった事になる。

 もともと、魔導王と鋼鉄王は犬猿の仲である。

 休戦協定を結んだのも、魔導王は民の嘆願を受け入れたがため。

 鋼鉄王は、戦争における資材の備蓄が一定量を切ったための判断なのだ。


 戦争再開は感情の問題。

 気に食わない相手が気に食わない事をした。

 だから、下の声を聞いたり、コストの問題を理由にしていた休戦は取りやめ。

 始まるのは再びの殴り合いだ。





「見事にスルーされたな」


 ここは国境線近くに作られた、ダークアイの前線基地。

 今ではドワーフの職人を何人も抱えるようになったため、それなりの見栄えをした山城が築けるようになっていた。

 木材と、ちょうどよいサイズに切り出された石。

 これらを緻密に汲み上げたここは、ジュギィ城と呼ばれていた。

 そう、城の主は、ゴブリンの姫ジュギィ。

 食客として、オーガ一族が住み着いている。


「彼らは、互いに相争うばかりでこちらに仕掛けてもこない」


 ルーザックが、新たに開発した双眼鏡を下ろして振り返った。

 そこには、ジュギィ城の会議室に集った、魔王軍の幹部たち。


 ダークエルフのディオース。

 オーガのグローン。

 ドワーフのズムユーグ。

 サイクロプスのサイク。

 そして、城の名代であるジュギィ。

 五つの種族のトップが集まった形になる。

 もっとも、ダークエルフ一族はまだ、ルーザック陣営に正式加入していないのだが。


「まあ、俺も驚いたな。まさか鋼鉄王の野郎、徹底的にこっちを無視してくるとはな」


「それだけ、奴らと我らの間には、大きな戦力差があるということだろう」


 顎髭をしごきながら呟くズムユーグに、ディオースがうなずいた。


「儂は魔術師の木っ端どもは恐ろしくもなんともないが、魔導王と彼奴に仕える魔導騎士、そしてエルフどもだけは、油断ならぬと思っておる。それがこちらを向いていないだけ幸いか。いや、弱気な言葉だったな」


 グローンは厳しい顔をしている。


「我輩の肉体の一部でもあればなあ」


 サイクは相変わらずのマイペース。


「んー。全部、大事なのはドワーフ! ズムユーグ、どんなかんじ?」


 思い思いの事を口にする男たちに対し、ジュギィが切り込んだ。

 ルーザックが推し進める、全ての計画に関わっている彼女である。

 ルーザックの一の子分であり、ゴブリンでありながら、その立場は実質上の副官に近い。もしくは、マスコットか。


「おうよ、嬢ちゃん。ルーザックの旦那はまた妙なことを考えたと思ってな。ゴーレムを、こう、鎧のようにオーガが着込むだと? 確かに、こいつらの魔力がありゃ、ゴーレムは動くわな」


「儂らはこの肉体を誇りに思っているのだが……」


 苦虫を噛み潰した顔をするグローン。

 だが、彼をディオースが諌めた。


「我ら魔族は、己の矜持に頼みすぎた。それが故に、こうして滅びの手前まで追いつめられたのだ。誇りに縋って滅びるか? それとも、新たな挑戦を経て生き残る可能性に賭けるか……だ」


「うむ、分かっておる。分かってはおるさ。儂はその計画に手を貸せぬが、我が一族の若い衆ならば賛同するだろうよ」


「ジュギィ、オーガの了承が取れたぞ」


 ジュギィに向かってにっこり微笑むディオースである。

 すっかり親バカというか、弟子バカの師匠になっている。


「うん! 師匠、ありがとう!」


「ゴブリンの娘が喜ぶなら、儂も協力せぬわけにはいかんからな……」


「ねえルーちん! ディオースとグローンが、すっごく緩んだ顔になってる!」


「ジュギィの意外な才能だな。最近では、オーガの身体強化魔法とドワーフの技術を習い始めているそうだ。我が幹部たちの愛弟子というわけだな」


「末恐ろしいねー……」

 

 魔王軍幹部たちに囲まれてニコニコしているジュギィ。

 間違いなく彼女は大物になると、アリーシャは確信するのだった。

 

「さて、議題を戻そう。我々がここに集まったのは他でもない」


 ルーザックは用意してきた書類を、皆の前に配布する。

 これは、ダークアイで共用語としている言葉を文字に起こし、一文字一文字を掘ったブロックを組み合わせ、印刷したものだ。

 活版印刷の始まりである。

 ついに魔王軍は、印刷技術を手にしつつあるのだ。


「これが私が作った、今回の作戦案だ」


「むっ、これは……」


「こ、こいつは……」


「なんと……本当に誇りというものが無い……!」


「ぶっはっは!! 面白いぞルーザック! 我輩は支持する!!」


「うんうん、ルーザックサマ! これ、できそう!」


 サイクとジュギィが両手を上げて賛成。

 ディオースとズムユードは、目を丸くし、グローンは顔をしかめている。

 その作戦は……。


「火事場泥棒作戦だ。戦場に入り込み、戦闘で破壊されたり破棄された両軍の設備を片っ端から接収するぞ。このために重要なのは、ゴブリン戦車だ。これに荷台を取り付け、資材などを回収して即座に逃げ帰る。これと同時に、我らの国境線を少しずつ押し上げ、前線に工場を作る」


 ルーザックが淡々と読み上げる。

 恥も外聞もない作戦だ。

 戦争のどさくさに紛れて、魔導王国、鋼鉄王国の資材を掠め取ろうというのだ。

 それだけではない。


「実地試験も行う。その際、可能な限りゴーレムランド側の戦力であるよう装うのだ。殴られるのはゴーレムランドだけでいい。我々は彼らに責任を覆いかぶせて、美味しいところだけをいただく。ダークアイとゴーレムランドに叩かれたグリフォンス軍は疲弊し、グリフォンスの憎悪を一手に引き受けるゴーレムランドは、敵国のより苛烈な攻撃にさらされるだろう。危なくなったら我々は逃げる。ばれないこと、少しでも長い間、戦争を行わせ、泥沼状態にさせろ。延々と戦いを続けさせ、その上で我々は両軍の技術を掠め取り、盗み取る」


 戦争を行う二国を、横合いから気づかれぬよう、こっそりと殴りつける。

 それがルーザックの立てた作戦だった。

 ダークアイという国の弱さを認め、その上で敵軍の奢りを利用して戦う。

 いや、戦いですらない。

 戦争という行為に寄生し、両国の技術を吸い取ろうという作戦なのだ。


「だがルーザックよ。魔導王は馬鹿ではない。鋼鉄王もそうだろう。奴らがいつまでも気づかぬとは思わんが」


 ディオースが口にした危惧に、ルーザックは頷いてみせた。


「敵を過小評価することは危険だ。そして過大評価もまた然り。私は、彼らはすでに、この開戦が我々が手出しをしたせいだと気付いていると睨んでいる。それをわかった上で、気に入らない相手を殴りつける口実としている。そして同時に、私はこの両国の動きが、予想外に鈍いと睨んでいるのだ」


「……というのはどういうこった?」


「ほう?」


 ズムユードとグローンが、彼らの王をじろりと睨め上げる。

 ルーザックは無表情なまま、その鋭い視線を返してきた。


「二人の王は、感情で動いている。互いが嫌いだという感情でな。足元から上がってくる民の声など聞いていない。故に」


 ルーザックは立ち上がった。


「二人の王には害を加えない。面子も潰さず、しかし、彼らが捨て石にしていいと思っている民を、兵を徹底的に叩き、潰し、接収する。これは技術と魔術の戦争だ。我らはグリフォンスには技術で立ち向かい、ゴーレムランドには魔術で相対する。資材を、技術を、知識を、人を集めよ。戦場は我らの草刈場だ」


 この場を、不思議な熱気が包み込んだ。

 卑怯極まりない、他人の褌で相撲を取る作戦である。

 だが、これを恥も外聞も無く、全力で行うとルーザックは宣言した。

 案、と彼は言ったが、この作戦案に反対するものなど、この場にはいなかった。


 こうして、鋼魔戦争を横合いからこっそり殴りつけるため、ダークアイが蠢き出す。


 

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