第40話 ドワーフ、国境線を越える
三名のドワーフが、ルーザックのリクルートに応募することとなった。
誰もが、血気盛んな若いドワーフだ。
うち一人は、初めにルーザックに向かってきたハンマーを持った男。
ズムオールトの孫だという。
「魔族の王国だ? 俺の中じゃ、地獄みたいな光景しか思い浮かばねえがな」
ケッ、と唾を吐きながら、憎まれ口を叩く孫ドワーフ。
ズムユード、という名である。
「じごく?」
ジュギィが首を傾げた。
彼女の中に、地獄というボキャブラリーは無い。
そもそも、ゴブリンとは魔人への原始的信仰を持つ種族だが、死後の世界に関するイメージは、全て魔神のもとに召される、というものしかない。
天国も地獄もないのだ。
「地獄ってのはね、悪いことした奴が落っこちる、やべーところ」
「やべーい?」
アリーシャが教育を施そうとしているようだが、今ひとつ理解していないようだ。
「仕方あるまい。地獄とは、ドワーフと人間たちの間にのみ伝わる死後行き着く先。その一つだ。我らエルフは、死して精霊と一体となる。故に……正しくは我らダークエルフも滅びたところで、同じ信仰を持つエルフが生存している今、我らの信仰の命脈は保たれることになる」
ディオースが宙を見つめながら呟く。
「人間もエルフも、そう簡単ではないということだな」
「そうだ。闇に与した者として、プライドというものがな。千年も続ければ生き方を越えて宿命となる。止められんよ、ダークエルフが負った、この呪いに従う生き方は」
ルーザックとディオースが言葉を交わすのを見て、アリーシャが顔をしかめた。
「やだやだ。男ってめんどくさい話がホント好きなんだから。ガキの頃はもっとおバカだったのにねえ」
「私は子供の頃からこうだった」
「うん、ルーちんは絶対理屈っぽくて屁理屈ばっかり言ってるやつだと思った」
「あっ、黒瞳王サマ、がっくりした!」
賑やかに、一行は進んでいく。
三輪ゴーレムを二台調達し、並んで道を走っていくのだ。
「そして、黒瞳王よ。今後の予定はどうする? 特に国境線を抜けるのは、少々難しいぞ。だが、再度入国するつもりがないならば蹂躙するだけでいい。実に楽になる」
「それは開戦してしまうな。鋼鉄王という相手は、なんとも不気味で掴みどころが無い。まだ情報が足りない。故に、隠密に国境線を脱する」
「了解した」
ディオースは頷くと、精霊を呼び出した。
すぐ目前に、国境線が迫っていた。
まっすぐ、ゴーレムが立ち並ぶその場所へ向かう三輪が、搭乗者ごと透明になっていく。
音もまた、消えた。
二台の三輪が、ゴーレムたちの間をすり抜けるように走る。
命なきゴーレムは、人とは違う知覚を持つ。
人の顔にはとても見えない頭部が、リング状に配置された望遠鏡のようなものを回転させる。
不可視の何かが通り過ぎようとするのを、感知したのだ。
「おっ、どうした、ゴーレムF23号」
『ヴイィィ』
「この反応は……ええと、侵入者か? あ、いや、出ていく者? なんだ? 何も見えないが……」
ゴーレムを管理する兵士が、目を細める。
何も見えない……。
いや、よくよく見れば、風景の一部が歪んでみている気がする。
あれは、何だ……?
「ゴーレムF23号、あそこを……」
と、その時だ。
兵士が直視していた場所からはやや離れた場所で、不意に三輪ゴーレムの姿が出現した。
「あっ!?」
出現したゴーレムは、明らかに輪郭が不自然に歪んでいたのだが……視認できるものが出現したという事態を前に、細かなところまで気にしていいる余裕などない。
「ゴーレムF23号! 24号! 25号! あれだ! あれを確保しろ!」
ゴーレムたちのリング状になった感覚器は、不可視の何かを捉え続けていた。
だが、管理者の命令は絶対である。
戦場においては異なるが、この国境線に於いて、ゴーレムは兵士の下位に位置づけられ、その命令に従うように作成されていた。
これが、ルーザックたちを救うことになった。
「ジュギィの魔法がなかったら危なかったな……」
「ルーちん、なんであたしらが最初、瞬間移動しながら進んで行ったか分かる? ゴーレムに見つかんないたいめじゃん。あいつら、絶対見えないものが見えるんだって」
「そのようだ。これは貴重なデータが得られたな。無事に逃げ切ることができたこの状況で、データを得られたことは今後我々に有利に働くぞ」
「あー、もう、この人は……」
アリーシャが天を仰いで大げさに嘆いた。
これを見て、ドワーフ達は大笑いした。
「いやいや、大したもんだぜ! ドワーフを雇って魔族の国に連れて行くなんぞ、どれだけ頭のおかしい奴かと思ってみれば」
ズムユードは真顔になった。
「そうだ。確かに、ゴーレムの知覚ってのはおかしい。俺たちがどう知恵を凝らしても、あそこからは逃げられなかった。俺たちはな、諦めちまったんだ。しかしな。俺たちの雇い主さんは、どうやら大変前向きなようだぜ」
「うむ。何もかも、後に生かしていける。ケーススタディだ。今後、君たちの協力を得られるならば、幾つかやってみたいことがある」
「おお、構わないぜ。お前はとんだ馬鹿野郎だとは思うが、俺たちはあのまま居ても、どうでもいい仕事で飼い殺しにされるだけだった。どう考えても、あそこにいるだけよりは面白いことになるだろうよ」
ズムユードの言葉は、若きドワーフ達の心を代弁している。
ドワーフの一人が、ジュギィに声を掛けた。
「おいゴブリンの娘。さっきのはどうやったんだ? 俺たちの姿が、また向こうに現れたように見えたが」
「ん、あれ、スプライト使った! ジュギィ、姿消すの自分だけ。だけど、スプライト、見えるものずらせる!」
「あれはジュギィが考えた独自の魔法ということか。なるほど、万能だが用途が限られるスプライトだからこそ出来る芸当だ。完全に姿を消せる我々では、思い至らない思考だな」
ディオースが目を丸くした。
そして、弟子の成長を喜んでか、ジュギィの頭を撫でる。
「すっかり師弟関係だねえ」
「ジュギィは器用に様々なものを吸収するからな。とても心強い」
ドワーフ達が、ジュギィとディオースに群がり、取材を始める。
何か思いついたようだ。
「ゴーレムは正確に見えないものにも反応する」
「あれの反応を誤魔化すことができないか? 例えば、近い質量を持ったものを走らせてだな」
「生物を識別しているのかもしれん。今日のように兵士があれを操作しているのなら、あいつらの目を誤魔化せばなんとかなるだろう」
「待て。鋼鉄王が人間を信用すると思うか……?」
うーむ、と考え込むドワーフ達。
ルーザックはこれを、ニコニコしながら見つめている。
こんなに機嫌がいい黒瞳王を初めて見るアリーシャは、ぽかんと口を開けた。
「黒瞳王サマ、嬉しそう!」
「ドワーフ達と気質が近いのかも知れんな」
「あるあるー」
黒瞳王の三人の側近は、主の意外な側面……いや、意外でもない側面を見た心地である。
ルーザックが、ドワーフ達の監督者となることが決定した瞬間であった。
「それでは諸君の工房を用意せねばならんな。必要な人員があれば遠慮なく言ってくれたまえ。ゴブリン達は教えればよく働くぞ」
「そうか! 下働きの連中がいると助かるな! 後はな、酒と食い物があれば、俺たちは幾らでも働くぞ」
「酒か……。諸君はドワーフだからして、果実酒では……」
「甘い酒なんざ勘弁してくれ! エールか、蒸留酒だよ!」
「なるほど、これらを作る職人も探さねばな……」
「おう、それならばな、ドワーフの酒職人がいて……」
「よし、早速リクルートしてこよう」
ここは既に、ダークアイの領土。
ルーザックは三輪を停めると、飛び降りた。
アリーシャが顔をしかめる。
「つまり……あたしと一緒に行くってことだよねえ」
「アリーシャの瞬間移動は、実に頼りになる」
「はいはい。おだてても何も出ないけどね。ま、ルーちんについてくって決めたんで、言うこと聞くよ。そんじゃ行こっか」
「ディオース、彼らをホークウィング城まで案内してくれ。ジュギィ、体力があるゴブリンを五人か六人集めておいてくれ。夕方には戻る。ズムユード、酒職人の居場所を教えてくれ」
「お、おう……。俺らの雇い主は、随分強烈なキャラクターのようだなあ……」
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