第39話 はりぼての王国

「ここにお前たちが来たことは誰にも言いやしねえよ。さっさと立ち去りな。鶏たちが驚いて卵を産まなくなっちまう」


「心得た。今回は明快な説明を感謝する。大変参考になった」


 ズムオールトが、あっちへいけ、という仕草をする。

 ルーザックは彼に軽く会釈すると、アリーシャとジュギィを伴って養鶏場を出た。


「農業地帯だったな。だが、鋼鉄王国の主とする要素は工業。そちらを見ないことには帰ることはできまい」


「あんな話を聞いても、ルーちん元気だねえ……」


「ジュギィ、ちょっと眠くなってきた……」


 目をこするジュギィ。

 まぶたの化粧が取れて、緑の地肌が見えてきている。

 慌てて、アリーシャは目をこするのをやめさせた。


「ほら、三輪の後ろで寝てていいから。バレたら大変っしょー」


「万一の場合は、アリーシャとジュギィで瞬間移動を行い、逃げるように。私はこの車で脱出する」


「あー。ルーチンがフルパワーで魔力込めると、とんでもない速さになるもんね、これ。突っ走るのはいいけど、転倒は勘弁だよー? あの速度、絶対死ぬから」


「安全運転を心がけよう」


 ルーザックは当てにならぬことを言った。

 しばし、コトコトと三輪ゴーレムが走る。

 ゴーレムとは言っても、手も足もなく、顔もない。

 形はどんな動物にも似ておらず、前に一輪、後ろに二輪の車輪があるばかり。

 魔力を吸って動くがために、ゴーレムと呼ばれているだけだ。


 荷台にて、ジュギィはアリーシャによりかかり、すやすやと寝息を立てる。

 ズムオールトの話は、彼女には難しくて理解できず、眠気を誘うばかりであったようだ。


「まだまだ子供だねえ」


 アリーシャが、ジュギィの目元に化粧をしなおしている。

 ちょこちょこと触れても、全く目覚める様子はない。


「最も年若いゴブリンロードだからな。もっとも、サイクが言うには、私の近くに侍り続けたせいで、何か違うものになりつつあると言うが」


「違うもの? なんかよく分かんないわねー」


 ジュギィの髪が汗で額に張り付く。

 指先で掻き上げてやるアリーシャである。

 三輪はゆっくりと、道を進んでいった。

 時折、休憩が終わった労働者達の乗る、大型の四輪ゴーレムとすれ違った。


「バスも存在するようだ」


「まんまあたしらの世界ねえ。鋼鉄王のやつ、この世界に合わせる気なんて微塵も感じないわ。あれ、どうなのかしらねえ」


「古来、西洋では自然とは屈服させ、支配させるものだったと聞いたことがある。外見からして、欧州の人間だったのだろう。車の趣味を考えれば、我々よりも過去の人間かもしれない」


「ふうん……。魔導王は東洋系だし、ショーマスのやつは日本人だったものね。なんだか、この世界ってあたしら現実世界の人間が、おかしい感じに歪めちゃってない?」


「魔神と光の神の戦いだ。我々は代理人ということだろう」


「魔神さんはいい人なんだけどねー。自分で戦おうとは思わないのかねー」


 アリーシャが唇を尖らせてぶつぶつ言う。

 ルーザックは答えなかった。



 やがて、三輪は工業地帯に差し掛かった。

 検問がある。

 ルーザックが兵士の帽子をかぶり、軽く会釈すると、兵士たちが道を開けた。


「うわー……。ガバガバだねえ。兵士がいる意味ないんじゃない?」


 アリーシャが呆れた。

 実際、兵士たちにやる気はみられず、武器も拳銃のようなものを携えてはいるが、腰に下げたまま手を掛ける気配すら無い。

 視線の端で追っていると、あくびをしたり、世間話をしたりしているようだ。


「実際そうなのではないか」


 ルーザックは目を細めた。

 兵士たちに、緊張感というものがない。

 今現在、魔導王国と戦争状態にある国家として、この緊張感のなさは異常だ。

 というよりも、兵士たちに当事者意識が見られない。


「人間は、この国では主ではないのかもしれない。だとすれば……このシステマチックに作られた国の形には何の意味がある……?」


「ルーちん、また難しいこと考えている?」


「アリーシャが難しいことを考えなさすぎなのでは?」


「うるさい」


 ぺちっと後頭部を叩かれた。

 車両を降りると、工場の入口にはやはり兵士がいる。


「子供連れ? 休暇なのに制服着てるのかよ」


 兵士がルーザックたちを見て笑った。


「うむ。子供に仕事をしている背中を見せようと思ってな」


「仕事? はっ、俺たちがやってることなんか、何の意味もない。俺たちが知らないところで、勝手に戦争は始まっているし、誰も死んじゃいない。俺たちが知らないところでゴーレムは生まれ、勝手に戦争に行き、戦争は進んでいく。俺達がやってるのは仕事じゃない。ごっこ遊びだよ」


「ほう」


 ルーザックは多くを語らない。

 半笑いでまくしたてる兵士の言葉を、じっと聞くだけだ。

 彼の予想したこの国の姿は、あながち間違いではなかったのだと思わせる言葉だ。


「アリーシャ、ジュギィは私がおぶろう」


「悪いねー」


「ああ、中に工場を移動するカートゴーレムがあるだろ。そいつを使えば、お前の嫁さんも娘も連れていけるからよ」


 兵士がルーザックに、鍵らしきものを渡した。


「感謝する」


「ふん。お前も、いつまでも真面目にやってたらおかしくなるぞ? 鋼鉄王は、俺たちが生きてようが死んでようが、興味なんかありゃしないんだ」


 そこまで言った後で、兵士は別の兵士に嗜められる。


「どこでメイドども聞いているか分からんぞ。お前、早死したいのか」


「こんなのが生きてるって言えるのかよ!?」


 兵士たちのやり取りを背後に、ルーザックたちは工場内へと進むのである。

 カートゴーレムは、速度が遅い。

 歩行速度より少し速い程度だ。


「なんつーか……目が濁ってたねえ。あれ、昼間っから酒飲んでるよ」


「それでも務まる仕事だということだろう」


 カートが進んでいくと、そこここで槌音が聞こえてくる。

 さらに、奇妙な臭気も漂ってきた。

 金属が溶ける臭いだ。

 明かりはなく、暗闇が続いている。

 ふと、曲がり角を曲がると、赤い輝きが幾つも見えてきた。

 炉である。


「いたわね、ドワーフ」


 アリーシャが、目を爛々と輝かせながら言った。比喩ではなく、文字通りだ。

 ルーザックもまた、瞳を光らせている。

 黒瞳王である二人にとって、闇とは視界を奪うものではない。

 星明りすらない真の闇ををも、彼らは昼日中のように見通すのである。


 作業をしていたドワーフたちは、不機嫌そうな目でこの侵入者を見やった。

 彼らもまた、闇を見通す目を持っている。


「視察だ。気にしないで欲しい。もっとも、諸君にその気があるならば、我々の陣営にスカウトしたいとも思っているが」


「ルーちん! いきなりそんな事言っていいわけ!?」


「問題ないだろう。恐らく……この国ははりぼての国だ。ここは一見すると工場……。作っているものもゴーレムだが、これらは私たちが見かけた自動車のゴーレムだ。国境線にあったあれではない」


「何だぁ、おめえ……」


 ハンマーをぶら下げたまま、ドワーフの一人が近づいてくる。

 ルーザックはカートを降り、ドワーフと向き合った。


「ズムオールト翁から話を聞いている。工場で働くドワーフの姿を見せて欲しい」


「ほう、爺さんの知り合いか。あの偏屈が、人間に話をするなんざ珍しい……いや、てめえら、人間じゃねえか。俺らドワーフみたいな、闇視の目玉を持ってやがる」


「なんだ」


「人間じゃねえだと?」


 ドワーフが次々と集まってくる。

 あらかじめ、ルーザックはアリーシャに、攻撃はするなと手で指示する。


「いかにも。私は魔族と呼ばれる者だ。過去の歴史上では、諸君の敵であるはずの存在だが」


「歴史……ねえ。鋼鉄王が残らず焼き払っちまったよ」


「魔族なんざ、おとぎ話にしか出てこねえ」


 ぶつぶつとドワーフ達が呟く。

 集まったのは、一部のドワーフだけだ。

 大多数は、黙々と作業に励んでいる。


「諸君は不満分子か?」


「へっ。意味のねえ作業をやって、無駄に年を食う事にゾッとする奴は幾らかいるって事さ」


 ルーザックの言葉に、最初に近づいてきた、ハンマーを下げたドワーフが応じた。

 頭にゴーグルをつけ、帽子をかぶっている。

 髭面だが、肌艶は若者のものだ。


「では、私と共に来るがいい」


「お前と一緒に行くって、どこにだ? 行って何をする」


「我々魔族の国、ダークアイにだ。諸君が持つ技術を使い、我が国家を強靭化させる。然る後、鋼鉄王国ゴーレムランドを滅ぼす」


「なっ……!?」


 ルーザックは、兵士の帽子を脱ぎ捨てた。

 邪魔なひさしが消え、闇夜の月明かりにも似た、彼の輝く瞳があらわとなる。


「私の名は、黒瞳王ルーザック。君たちをヘッドハンティングしに来た」

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