第38話 鋼鉄村での鶏養殖

 結局、そのままトロトロと村の中を、三輪で走ることにした。

 ディオースは耳と肌色を隠すべく、フードを被る。

 アリーシャはしれっと、そのままの姿。


「ジュギィの服を手に入れて、普通の子供のふりをさせないとね」


「ゴブリンの肌色は目立たないか?」


 アリーシャとルーザックの言葉に、ディオースは頷いた。


「この目で内部を見たのは初めてだが、我がダークエルフの一族がこちらにも散らばっている。伝聞ではあるが、こちらにはドワーフがいる。肌の色さえ誤魔化せば、ジュギィはドワーフの子供で通じるだろう」


 ということで、まずは子供服の入手である。

 幸い、三輪には兵士のものと思われる財布があった。

 これを使い、店舗にてドワーフ用の子供服を買う。


『イラッシャイマセ』


「わっ、店員がゴーレムだ!」


「自動販売機のようなものだな」


「変な国! 人、いない」


 ジュギィが周囲をキョロキョロと見回している。

 確かに、この村に入ってきて、あまり人の姿を見かけない。

 店があちこちにあるが、その中に立っているのは、トーテムポールのような外見をしたゴーレムである。

 これに商品を見せ、金を払うようだった。

 ここでジュギィは、赤いジャンパースカートの衣装になる。髪の毛をくるくると結んで、ポニーテールにする。


「わー! ひらひらしてる! ルーザックサマ! どう? どう?」


「サイズがピッタリと合っている」


「おばかルーちん!! そこは似合うって言う所でしょ!!」


「に、似合う」


 彼らのやり取りを、通り過ぎる村の人間が微笑ましげに眺めている。

 一見すれば、若い夫婦とその娘のように見えるのだろう。

 ジュギィの肌色に関しては、化粧に使うパウダーを購入し、誤魔化すことにした。


「ルーちんも兵士の服から着替えたら? 今度は中に入ると目立つっしょ」


「そう言うものか……」


「そう言うものだろう。私は別行動で調べてくる。集合は……」


「集合は日暮れ時……そこにある肉屋にしよう」


 ルーザックは、美味しそうな香りを漂わせる肉屋を指さした。

 どうやら、店頭で注文を受けると、コロッケを揚げてくれるようだ。

 薄汚れたツナギを着込んだ男たちが、そこに並んでいる。


「いいだろう。では、私はこちらを。住宅街を調べて回る。姿を消せる私のほうが、こういう仕事は有利だろう。ルーザック殿はどうされる?」


「うむ。ちょうど私もアリーシャも、この姿であまり目立っていないようだ。堂々とゴーレム生産施設などを視察に向かうとしよう」


「あ、それなら兵士の服の方がいっか! オッケー。んじゃ、あたしはルーちんの奥さん役ね。んで、ジュギィはーあたし達の子供!」


「ジュギィ、ルーザックサマとアリーシャサマのこども?」


「そそ!」


「こどもー!」


 アリーシャとジュギィが盛り上がる。

 イエーイ、なんて言いながら、二人で手を打ち合わせている。

 ルーザックはじっとそれを見つめた後、一つ頷いた。


「うむ。なるほど、完璧な偽装工作だ。では行くとしよう」


 三輪ゴーレムが唸りを上げる。




 ばりばりと三輪が走る。

 村の作りは分かりやすく、東西南北と、住宅地、工場地帯、商業地帯、農業地帯と分かれていた。

 ディオースとは、全く違う場所に向かうことになるわけだ。


「工場地帯はこちらだったか……」


「そうだっけ……? あー、やべ。ちゃんとした人里とか、何十年振りだから全然覚えてないや」


「ジュギィはわかんない!」


 大きな問題があった。

 全員、土地勘がない上に方向感覚が怪しい。

 道中に地図もなかったため、ただただ直進することになる。

 即ち、農業地帯である。


「農家だねえ……とは言っても」


 アリーシャが周囲を見回した。

 どこを見ても、開けた場所など無い。

 一見してビニールハウスのような構造物が、幾つも幾つもある。

 どうやら、透けて見える内部は多層構造になっているようだ。


「工場だな。農地まで工場になっていて、狭い敷地で効率的に作物を育てられるようになっている」


「うへえ……本当にこれ、同じディオコスモの光景なわけ? ゴーレムランド、明らかにおかしいっしょ……」


「いや、だがこれは学ぶべきものも多い。作物をある程度効率的に栽培できれば、魔族の仲間が増えた際に食糧問題を抱えることも無いだろう。視察に入ろう」


 ルーザックは三輪を停めると、アリーシャとジュギィを連れ立ち、手近な建物に入った。

 妙な臭いがする建物である。


「畜舎であろう。小学校の頃、ウサギと鶏を校庭の脇で飼っていたから私には分かる」


「へえー。ルーちんが若い頃はそうだったんだねえ。あたしの頃は何もなかったなあ」


「ジュギィ、ゴブリンは昔野豚を飼ってたって聞いたことある!」


 建物の中は暗かったが、所々にオレンジ色のランプが灯されている。

 窓から差し込む陽の光が、一番の照明だ。


「騒がしいぞ。お主ら。鶏が驚くであろう」


 しわがれた声がした。

 暗闇の中で、目がギラギラと輝いている。


「この工場の管理人か」


「工場ではない、畜産場だ。なんぞ、お主ら。兵士が視察に来るなどという情報は受けておらんぞ。それに、毎度やってきても、わしは賄賂は渡さんからな」


 姿を現したのは小柄だが、横に広い老人だった。

 針金のようなボサボサとした髭を生やしている。


「ドワーフか」


「いかにも。当畜産場を任されておる、ズムオールトだ。なんぞ。お主ら兵士ではないのかい」


「ルーちん」


「ふむ……」


 ルーザックと、ズムオールトと名乗ったドワーフの目が合った。


「ルーザックと言う。ズムオールト翁、一つ尋ねたい」


「なんだ」


「今の立場に満足かね?」


「ふん。端的に言って、世の中は何もかもが歯車の一部ぞ。わしの意思なぞ何の意味も持たんわい」


「なるほど。では工場を見せて欲しい」


「だから、工場では無いと言っておる!! 勝手についてこい」


 ズムオールトは、さっさと一人、奥へ行ってしまう。


「ルーちん、これってさ」


「彼は敵では無いということだ。ドワーフは種としてマイノリティではないかと睨んでいたが、どうやら間違っていなかったようだな」


 案内され、屋内を歩いてみる。

 内部は立体的に金属の板が縦横に渡されており、それぞれが敷居で覆われ、鶏が入れられていた。


「ま、卵を産ませるための生産施設だな。ここでとれた卵が、ゴーレムランド全国へ運ばれる。産めなくなった鶏は、解体してムースにしちまうって訳だ」


「ムース?」


 ジュギィの言葉に、ズムオールトは鼻を鳴らした。


「お前ら、余所者だろう? ムースってのはな、毎朝俺たちの食卓に出てくる、あのピンク色のドロッとした奴だ。あれを知らんゴーレムランド人はおらんぞ」


「……!」


 アリーシャが動こうとした。

 腰から短剣を抜く。

 だが、それをルーザックが片手で制する。


「いかにも。我々はゴーレムランド国外からやって来た者だ。だが、私は貴方とならば悪くはない関係を結べると考えている。それはそうとして、これは鶏を物としか見ぬ、工業的な扱い方だな」


「ふん、やはりか。そんなことはどうでもいいわい。鶏にしても、こうでもしなければ卵を安定供給なんぞできんさ。ゴーレムランドに住む人間の数は多いんだ。そいつらを養おうと思ったら、作物も、肉も、こうして物として拵えなきゃ間に合わん」


「道理だ」


「……物分りがいいな。お前さんも、あれか? 人間たちみたいに、思考停止してるクチか?」


「いや、私が生きていた世界では畜産は既にこのような形になっていた。鋼鉄王はそれを再現しているだけだろう。そこに善悪はない。少なくとも、鶏も作物も、こうして死ぬまでは必ず生かされ、その上で次の代に種を繋ぐことが出来るのだから」


「急に難しいことを言いやがる」


 ズムオールトは顔をしかめた。

 そして、養鶏場の端にある機械に取り付いた。


「今から餌やりだ」


「ズムオールト翁は、鍛冶などはしないのか? ドワーフはそういった仕事に従事するものだと思ったが」


「ふん。わしは老いぼれたからな。二百年も鍛冶をやれば、炉の火で目をやられるわい。今はわしの弟子たちがやっとるよ。面白くもない、ゴーレムの鋳造をな」


 老ドワーフは、機械のレバーを下ろした。

 すると、鶏たちの入ったそれぞれの部屋へ、餌が注ぎ込まれる。

 水と食事を一度に済ませられる、このペースト状の餌を、鶏たちはついばみ始めた。


「こいつらは、この国と一緒だ。役割を与えられ、その役割をただこうして果たすだけ。飯を食い、卵を生み、産めなくなったらそれなりに再利用されて死ぬ」


 ズムオールトは、遠いものを見るような目をする。


「俺たちはゴーレムじゃねえ」


 彼は、吐き捨てるようにそう呟いたのだった。

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