第37話 ここは第一鋼鉄村

「ルーザックサマ! 地面、へん!!」


 鋼鉄王国ゴーレムランドへと潜入してすぐの事。

 ジュギィが道にしゃがみ込み、それを叩いて告げた。


「ふむ、土の精霊力を感じる」


 ディオースもしゃがみこんだ。

 ルーザックとアリーシャも合わせてしゃがんだので、四人で屈んで地面を突くという、不思議な様相になっている。


「これはコンクリートだな」


 ルーザックは即座に結論づけた。

 砂利が混じった灰色の道は硬い。表面がザラザラしていて、凸凹が少ない。


「恐らく、下に多量の砂利を敷き詰めているんだろう。まさかこっちの世界で、日本と同じコンクリ道路を見ることになるとは思わなかった」


「ええー? あたしが知ってる道路って、もっと黒くってテカテカしてんだけど」


「そっちはアスファルトだな」


 ルーザックとアリーシャのやり取りを聞いて、ジュギィが不思議そうに首を傾げた。


「こんくり? あすふぁると?」


「ふむ、私が説明しよう」


 ここで、ディオースが先生役を買って出る。

 最近は、ジュギィに精霊魔法や戦術、諸々の雑学知識などを教えているから、慣れたものだ。


「砂利の類を、石灰と水などに混ぜて、固まるようにしたものだ。自由に形を作れる上に、固まってしまえばこのように硬くなる。鋼鉄王は、それを用いて道を作るということをしたのだな」


「へえー」


 感心するジュギィ。


「黒瞳王。私はこのようにコンクリートを地面に用いることで、車輪を使った物の運搬を容易にする意図があると見ますがどうですかな? ただ、馬の足との相性は良くはない。この硬さでは足を痛めてしまう」


「車輪だけで走る乗り物があるんだろう。私の世界では自動車というが、こちらの世界ならば車輪がついたゴーレムだ」


「ふむ、物資の流通にゴーレムを用いるほど、この国はあれらを作り上げる術に精通しているということか……」


「みんな、噂をしたらなんか走ってくるよ! あー、ほんとに自動車だあれー」


 アリーシャの言葉を受けて、皆が立ち上がる。

 彼らの脇を、煙を上げながら前一輪、後ろ二輪で操縦席がむき出しになった車が走っていく。

 兵士が運転しているようで、荷台には国境線へ運ぶ物資が積まれていた。


 ルーザックたちは、すんでのところでディオースの精霊魔法を使い、姿を消してやり過ごす。


「なるほど……確かに、あれは車輪がついたゴーレムだ。しかも、人による制御を必要とすることで、ゴーレムを自律行動させる機構を簡略化しているわけか」


 ルーザックは彼の話を聞き、ディオコスモにおけるゴーレムの概念が、現実世界で言うロボットに近いことを知った。


「ディオース、ゴーレムの動力はなんなんだ?」


「魔力だ。高級なものなら、自動的に空気中に漂う魔力を吸収し、半永久的に動き続ける。鋼鉄王が造り上げたものの中には、自ら再生するものもあるようだな。そして、恐らくあの簡易ゴーレムは、搭乗する人間の魔力で走るのだろう。魔力消耗を少しでも減らすため、車輪と平坦な硬い道を作ったのだと考えれば辻褄が合う」


「良く理解できた。ありがとう」


 ルーザックは、ディオースに礼を言うと考え込んだ。

 このダークエルフによる想像が確かなら、鋼鉄王ゲンナーは極めて合理的な思考の持ち主と言うことになる。

 盗賊王ショーマスであれば、彼のプライドや慢心につけこむことが出来た。

 だが、恐らくゲンナーには、そのような隙などありはするまい。


「それでも、完璧な人間などありはしない。独裁である以上、鋼鉄王は内側に何らかの歪みを抱えているはずだ。それを探すことにしよう」


 ルーザックは、仲間たちに告げた。

 三輪ゴーレムをやり過ごした後、彼らはゴーレムランド内部へと進んでいく。

 一時間も歩いただろうか。

 背後から、三輪ゴーレムが近づいてくる音がした。


「この先にある村に戻るのだろう。あれを奪おう」


「御意。“精霊魔法、召喚……風の精シルフ”」


 ディオースがすぐさま動いた。

 彼の周囲に、風が巻き始める。

 それと同時に、三輪ゴーレムが出現した。ルーザックたちがすれ違ったものとは、別のゴーレムである。


「シルフよ、兵士の音を奪え」


 ダークエルフが風の精霊に命じる。

 精霊は動き出し、ほんの僅かな間、三輪ゴーレムを操る兵士の周りから空気の動きをなくした。


「ほいほいっと。んじゃ行くね」


 アリーシャが振り返る。

 ここで、三輪ゴーレムの兵士はルーザックたちに気づき、驚きの声を上げる。

 だが、彼の言葉は空気を震わせることはなく、音として外に漏れ出さない。

 アリーシャの姿が消えた。

 次に現れたのは、兵士の真後ろ。

 手にした短剣が、兵士の喉を搔き切った。


「アリーシャサマ、凄い!」


 ジュギィが感激する。

 彼女が入国時に兵士を手に掛けた時とは、比べ物にならない手際の鮮やかさである。


「彼女は以前、黒瞳王だったわけだからな。戦いの経験において、ジュギィや私よりも上なのは間違いないだろう。さて、ゴーレムが停止したぞ。どうやら本当に、操り手の魔力を燃料にして動いていたらしい」


 事切れた兵士を排除する。

 制服のみを剥がし、これをルーザックが身につけた。


「ルーちん、そういう一般兵の服装本当に似合うよね……。ほら、元々覇気がないし、目元を隠せば雰囲気も凡庸な感じじゃん?」


「アリーシャ殿、それは少々歯に衣を着せなさすぎるというか」


 流石にディオースが嗜めた。

 だが、ルーザックは気にする様子も無い。


「私が潜入に向いていることは、喜ばしいことだ。こうして敵国に怪しまれず視察できるのだからな。さあ諸君、荷台に乗ってくれ。布か何かを被るんだ」


「はーい!」


 ジュギィは元気よく荷台に飛び込むと、空になっていた樽の中に入り込んだ。

 アリーシャとディオースは、上から布をかぶる。


「ほう、この手袋が媒介となるわけか。サイズは……ちょうどいいな」


「ルーちん、絶対体格とかサイズ感もアベレージな感じだもん……! その兵士の服もなんでジャストフィットなんだろう……」


「これがルーザック殿の才能の一つなのかもしれないな……。明らかに、一つ一つは極めて地味な才能なのだが、どれも敵に回せば非常に嫌な才能だ」


「ルーザックサマ凄い!」


「はいはい、ジュギィは飛び出したらだめよー。隠れててねー」


 賑やかな荷台。

 ルーザックは彼らの騒ぎを聞きながら、ハンドルを握った。

 手袋とハンドル部分には、それぞれ触れ合う端子のようなものがある。

 ハンドル側の端子は大きめなため、ラフに握っても魔力は流れるようだ。


「どれ、行ってみようか。出発、進行」


 グッと握り込むと、三輪ゴーレムが走り出した。

 いきなりのトップスピードである。


「うわーっ!? ルーちん、魔力! 魔力!! しまった忘れてた、ルーちんこう見えて黒瞳王だから、魔族でもトップクラスの魔力があるんだった!!」


「そ、そうか。だがマニュアルが無いから操作が……」


「力を落として! なんか、グーッと力を抜く、手を抜く感じで……」


「私は手抜きは嫌いだ」


「ああ、もう! ええと、半熟卵をお箸でつまむ感じで!!」


「なるほど……!!」


 スーッと三輪ゴーレムの速度が落ちていく。

 やがて、トロトロと走る、兵士の運転時と同じ速度に落ち着いた。


「この要領か。優しくハンドルを握れば良いのだな」


「ほんっと、めんどくさい男……」


 アリーシャがガックリと崩れ落ちた。

 



 トロトロ走ってはいるのだが、それでも荷馬よりはずっと速い。

 すぐに、村の姿が見えてきた。

 入り口らしき入り口は無く、いきなり家がある。

 コンクリート造りらしき、灰色の建物だ。


「交代したか。お疲れ。タイムカードを打ったら帰っていいぞ」


「ああ」


 建物には大きな窓があり、受付窓口のようになっていた。

 そこに腰掛けていた兵士が、チラリと顔を上げて言い放った。

 ルーザックは当然、と言う顔をして頷く。


「タイムカードがあるのか。だがどこで打つのか分からんな」


「ルーちんの鉄面皮は凄いよねえ。鷹の尾の砦でも、しれっと当たり前の顔して入り込んでたもんねえ」


「案外、人は堂々とされていると気にならないものなのかもしれないな。だが、これほど当たり前のような顔を出来る男はそうそうおるまい」


「ルーザックサマ凄い!」


「はいはい、ジュギィは隠れててねー」


 かくして、ルーザック一行は国境最寄りの村に到着したのである。


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