第36話 ゴーレムランド侵入

「約束はいきなり破るためにある」


 ルーザックは宣言した。

 即ち、ダークアイによる二国への侵略を開始する言葉であった。


「張り切っているようですな、黒瞳王」


「ルーちん、魔導王と鋼鉄王の会談に土足で踏み入ったからねえ。あの鉄の心臓には恐れ入るわあ」


「そう言えば貴女も黒瞳王だったか。どうも、小さいままの姿に慣れていると調子が狂うな」


「アリーシャサマ、大きい、やっぱり変!!」


「ジュギィひどい!!」


『我輩の誘導は良かっただろう。感謝しても構わんのだぞ、先代黒瞳王』


「やめてー! 黒瞳王って言わないで! 今のあたしは魔将アリーシャ! 魔将なのよー!! あと、副社長なの!」


 黒瞳王の軍勢の幹部会議である。

 今後の方針を話し合うのだが、基本的に誰かが提案し、それを全員で検討し合う。

 最終的な決定はルーザックが行う。

 だが、会議の時間は、時折このような雑談の時間に変わる。


 ルーザックは彼らのやり取りを、ボーッと眺めていた。

 基本的に雑談というものが出来ない男である。

 茶菓子を食べて、冷めた茶を啜る。

 ここで、ディオースが我に返り、咳払いをした。


「閑話休題、だ。私としても、黒瞳王のご決定に異存はない」


 彼は、ルーザックが盗賊王を討ったあの時より、黒瞳王への忠誠を誓っていた。

 そのため、手持ち無沙汰なルーザックをおもんばかったのである。


「まずはどちらに向かうかだが、魔導王国ならば私が詳しく案内することができる。つまり、これは後回しにしても構わないということだ。私は、ゴーレムランドへの侵入を提案する」


「ほう」


 ルーザックが目を細めた。


「理由はあるか、ディオース部長」


「部長……。ああ、述べるとしよう。ゴーレムランドは、魔法に依らぬ錬金術の力で繁栄を極めている特異な国家だ。その根底には、鋼鉄王ゲンナーが持つ不可思議な技術と、彼が開発した、無機物に命を与える結晶の存在がある」


「錬金術ねえ。確かに、ヘンテコな空飛ぶ鉄の塊が、お城に横付けしてたねえ」


「錬金術を行使して、我らダークエルフをも超える力を持つ強大な魔導王と渡り合う。それが鋼鉄王国ゴーレムランドだ。正直、私にはあれがどういう原理に基づき繁栄しているのか見当もつかん。そもそも、錬金術と称されてはいるが、一体なんなのだそれは。私は、知りたい……!」


『噂では、ドワーフ共が鋼鉄王に従っていると聞いたな。奴ら、指先は器用だ。大方、その訳の分からぬ繁栄はドワーフ共も一枚噛んでいるのだろうよ。あれらを味方につければ、ダークアイはより繁栄するぞ、ルーザック?』


「うむ。そうしよう」


 ルーザックは頷いた。


「では今回は、私とディオース、ジュギィ、アリーシャで出向く」


『我輩はまた留守番か』


「サイクは目立つから」


『仕方ないのう。ああ、ゴーレムランドには、我輩の体の一部が封印されている。その情報を集めてくれ。我輩の右腕が戻れば、ゴーレムの十や二十、一薙ぎで砕いて見せよう』


「よし、では優先すべきはサイクの身体の探索と、ドワーフの懐柔だな。情報収集が重要になるぞ」


 かくして、作戦が開始された。






 グリフォンス、ゴーレムランドとの国境には、みすぼらしいものではあったが砦が建造されていた。

 ゴブリン達がそこに控え、かつての都、ホークアイから持ち出した武器を据える。

 相対する二国もまた、魔導兵とゴーレムを国境に配置していた。


「よしよし」


 この要素を眺めて、満足げに頷くルーザック。

 砦の裏側に、ゴーレムランドへ向かう四人が待機していた。


「じゃあ、あっちに向かって三回、短距離ワープを頼む」


「ワープって……。あたし、便利に使われてるなあ……」


「アリーシャの力は便利すぎるからな。この距離なら、ゴーレムの背後に出られるだろう。連中にとっての見張りが、視認を邪魔する障害物になる」


「人間の見張りがいるかもしんないじゃん?」


「俺達が見た鋼鉄王という男は、人間を信用するような男だったか?」


「お付きはロボットメイドだったねえ……うん、よく分かった」


 だが、まずは念には念を入れ、ディオースの薫陶で精霊魔法を使えるようになった、ジュギィを連れて行くことになる。


「彼女には、主に護身のための精霊魔法を教えた。弱き者だが、万能でもある精霊スプライト。その力を扱えるジュギィであれば、例え人間がいたとしてもその目を欺くことは容易かろう」


「それで行こう」


 ルーザックからの承認が下る。


「じゃあ、行ってくるねルーザックサマ! みんな!」


 砦に詰めていたゴブリン達が、一同に敬礼してジュギィを見送る。

 ゴブリンの身でありながら、並み居る魔族達の末席に連なるジュギィは、彼らの誇りなのである。


「ほいっ、それじゃあ、瞬間移動……!!」


 ジュギィの肩に手を当てたまま、アリーシャが呟いた。

 すると、二人の姿は忽然こつぜんと消える。

 次の瞬間、二人はゴーレム部隊の背後に出現していた。

 ゴーレム達の股の間から見える、ゴーレムランド側の国境の奥である。


「おっしゃ、上手く行った! で、覚えた。次は100パーここまで来る」


 呟きながら、アリーシャが消えた。

 残されたジュギィは、口の中でスプライトを召喚する呪文を唱える。


「精霊魔法……召喚、小妖精スプライト。ジュギィの姿を消して」


 スッと空気に溶け込むように、ジュギィは消えた。


「あれっ? さっき、誰かいたような……」


 軽装の男が現れて、周囲を見回した。

 そして次の瞬間、彼は首筋から血をしぶかせた。


「!? ……!!」


 喉をかきむしるが、気管を切り裂かれている。

 声を発することが出来ない。

 つまり……ゴーレムに命令を下すことが出来ないということだ。

 そのまま、男は膝を突いて倒れた。


「危ない。人がいた」


 姿を現すジュギィ。


「殺したのは不味かったな」


 次に現れたのはディオースである。


「精霊魔法。召喚、土妖精ノーム。死体を消せ」


 地面がバリバリと割れていく。

 死んだ兵士はそのまま、飲み込まれていった。


「先生!」


「ジュギィ、次は殺さずに騙すよう心がけるのだ。我々の作戦は侵入だ。可能な限り隠密に事を運ぶことが、我らが黒瞳王のためになる」


「うん、気をつける!」


 良いお返事である。

 二人はそのまま、姿を消した。

 次いで現れた、ルーザックとアリーシャもまた精霊魔法の力で姿を隠される。


「人間がいたか……済まん」


「気にするな。いると言っても、数えるほどだ。明らかに、兵士としての役割はゴーレムに任せきりだ。ゴーレムの戦闘力は極めて高いが、自律行動は不可能なようだ」


 一同は、足音を潜めて国境線を抜けていく。

 戦場に配置された、ゴーレムランド側の兵士は十名ほど。

 誰もが武装しておらず、傍らに小型のゴーレムを従えていた。


「うわっ、今、ゴーレムがこっち見たよ」


「ゴーレムは精霊魔法でも五感を誤魔化せない可能性がある。急げ!」


 ルーザックの号令一下、全力疾走に移る四人だったのである。

 

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