第35話 第一回三国会談2

 場の空気をぶち壊しにしながら、黒衣の男は境界線のちょうど真上に立った。


「失礼だが……椅子をもらえないかな」


 そして大変厚かましい要求をした。


「アポなしの飛び入りではあるが、私がこうして来訪したことそのものがアポ取りのためであると了解してもらえると助かる。そして、二国の君主たるお二人がおられることも僥倖だった」


「……頭おかしいネ、こいつ」


「流石に僕も、ここまで厚かましくはないな……」


 場の空気は冷え冷えである。

 結局、椅子は用意されなかった。

 ルーザックと名乗った男は、その辺りに適当に座り込む。


「でぶ。これはどういうことネ? お前の差金ネ?」


「人を呼びつける時に、身体的特徴をあげつらうやつがあるか、この魔法などという旧態依然とした力を信奉する原始回帰主義者め。当然ながら、あれは僕とは何の関わりもない。黒瞳王という名前だけは記録にあるな。ミオネル」


『はい。ショーマス様より頂きました親書に記された、魔族達の長を表す名です。記録によれば、近々の黒瞳王はショーマス様によって処理されておりました』


「それ、あたしね。はい、先代黒瞳王アリーシャ、こうして復活しましたー。わー、ぱちぱちぱち」


 やる気なさそうに、ルーザックの伴をしてきたセーラー服の少女が手を叩いた。


「陛下、このようななりをしてはおりますが、この女は人間でも、ましてやエルフでもありません。精霊も恐れて寄り付かぬあれは、最上位魔族と言えましょう」


「先輩、白いダークエルフがいる」


「ルーちん、白いのがフツーなの。黒いのは後から変化したの」


「ほうほう。ディオースもそう言ってたような気がする……」


「ゼフィード……どう見てもそんな大層な連中には見えないネ」


「茶番はここまでにしてくれ。僕は城に戻ってやることが幾らでもあるんだ。さっさと会談を始めてしまおう」


 苛立たしげに、ゲンナーがテーブルを何度も叩いた。

 ツァオドゥは、彼に同意することは不服なようだったが、それでもルーザックに場の空気を支配されることは我慢ならないようだった。

 闖入者ちんにゅうしゃ二人を無視する形で、魔導王と鋼鉄王は話を始めた。

 主に、今後のスケジュールに関して。

 鋼魔戦争とは管理された戦争だ。

 魔導王ツァオドゥも、鋼鉄王ゲンナーも、共に計算高い性格をしている。

 しかし、互いを反吐が出るほど嫌っており、国家間でも強い確執を抱えていた。

 これが爆発してしまったのが今回の戦争になる。


「俺たちがいるというのに、随分オープンに話し合うものだな」


「あたしらは物の数にも入れられてないんでしょ。魔神さんも、ここから先の七王は次元が違うって言ってたし」


「眼中に無いということか」


「だろうねー」


「だがこちらの用件は伝えておくぞ。発言いいだろうか!!」


 ルーザックは腹の底から声を張り上げた。

 ツァオドゥとゲンナーが、目を剥く。

 緊迫した空気を、またも粉々に破壊したルーザックなのである。


「双方との顔合わせは終わったと判断する。そしてこちらの要求を伝えておこう。これを守るも守らないも、そちら次第だ。だが、私としては諸君がこの要求に応じる優しさを幾ばくかでも持っていると期待したいところだ」


「要求……!? どこまでも厚かましいネ」


「さっさと言え。どうせくだらん事だろうが」


 二人の王は苛立ちを顕にする。

 平時であれば、ここで無礼な黒瞳王の命を奪ってしまうところだ。

 だが、今はある意味異常な状況である。

 魔導王と鋼鉄王、相性最悪な二人が同席している上、彼らの強力な侍従が伴っている。

 少しでもルーザックに手出しをしようものなら、その隙を衝かれて致命的な攻撃を受けないとも限らないのだ。

 そのような形で、この会談の場には奇妙な均衡が生まれていた。


 自然と、本来ならばこの場にいるべきではない存在、ルーザックの言葉も聞かざるを得ない。

 注目を浴びながら、黒瞳王は口を開いた。


「我が国はまだ弱い。強くなるまで手出ししないでもらいたい」


 直接的な物言いだ。

 しかも、あまりにもあまりな内容。


 ツァオドゥは一瞬、眼の前にいる男が何を口にしているのか理解できなかった。

 そして、それが一方的な要求であると飲み込んだ時、腹の底から怒りが沸き上がってくる。


「何を勝手な事を言っているネ? お前、ショーマスを殺した時点で、私達七王にとって敵になっているヨ。それを見逃す? あり得ないネ。すぐに魔導王国の全力を使って、叩き潰してやるヨ!」


 魔導王の周囲で、魔力が渦巻き始める。

 この場にいる誰もが、魔法的な素養の有無にかかわらず、物理的な重さを感じるほどに空気が変わった。


「うわあ。これ、やばいってルーちん! この女、ディオースが言ってた通りの化物だよ! すっごいやばい雰囲気がビリビリしてるもん!」


「まあまあ。我がダークアイとしても、魔導王国が鋼鉄王国の手を借りて攻めてきたらひとたまりも無いからな。一応こうして口に出しておかねば」


「鋼鉄の手を……借りる……!?」


 ツァオドゥの眉がヒクヒクと動いた。

 侍従のゼフィードも、剣呑な気配を漂わせ始める。

 対して、鋼鉄王国側。

 ゲンナーは真面目くさった顔をしていたが、思わず吹き出した。


「ぶはっ。わははははははは!! なるほど、やってくれる! この時代遅れな魔法使いが、死んでも僕の手を借りんと知っての物言いか! そうだな、グリフォンスがダークアイへ侵攻すれば、その分だけ我が国が攻めやすくなる。魔法などという不確実な技術に、大きな顔をさせずに済むようになるということだ」


「裏切るつもりネ、ゲンナー!?」


「裏切るも何も。僕とお前の関係が良好なら、初めから戦争などしてはいまい。そして、こいつは魔族だ。七王の敵であって、どう考えても僕とお前の敵に回る。そして、僕とお前は互いに背中を狙い合っている。これは三竦みだな」


『流石です、ご主人様』


 ミオネルが無表情なまま、パチパチと手を叩いた。


「へえ、分かりやすーい。やるじゃーん」


 アリーシャも手を叩いて喜んでいる。

 ゲンナーは、悪い気がしないようで、唇の端を吊り上げて背もたれに体重を預けた。


「さあ、となれば、会談は終わりだ。今回の話し合いで決まったことは一つ。“何も決めることは出来ない”だ。第三の勢力としてダークアイが名乗りを上げてきた。これを無視する事はできないし、かと言って今更戦争を収める事も難しい。第一、僕はお前に頭を下げて停戦するなど御免だぞ、ツァオドゥ」


「それはこちらの台詞ネ。鉄と油の臭いはこの世界から根絶すべき悪臭ヨ! だけれど、魔族を頭から無視するのも危険ネ。ダークエルフの一匹がこいつのところに亡命した事を掴んでるヨ。あの種族を魔族と会わせることだけはしてはならないネ」


「話が早い。では、こうして得た結果を私は持ち帰るとしよう。失礼!」


 ルーザックは立ち上がり、二人の王に手を上げて見せた。

 彼の背後で、アリーシャが何事か唱える。

 すると、一瞬にして、黒瞳王二名の姿は消えていた。


「最後まで無礼なヤツだったネ。しかも、これは魔法ではないネ。正確かつ、気安く使うことが出来る瞬間移動の手段。間違いなく、あれは魔神の眷属ヨ」


「光の神も、今の僕とお前を見ればさぞや嘆くことであろうさ。だが、僕は人間だ。絶対に相いれぬ者と共闘することは、知性の敗北を意味する。さて、僕も立ち去るとしよう」


「勝手なことばかりを抜かす奴! 同じ空気を吸うだけでもおぞましい。疾く消えるネ!」


 ツァオドゥがしっしっ、と手で追い払うと、ゲンナーは鼻を鳴らし、踵を返した。

 やがて、鋼鉄王国側の二名は飛行執務室に戻り、ボーダー城から退去していく。


「時間の無駄だったネ」


 残ったのは、魔法王国の二人である。


「陛下、今はまだ、魔族どもに時間を割く必要はございますまい。あれは、王国の別なる魔導師達に任せましょう」


「采配は一任するネ。首をとったら、私に報告を」


「御意」


 ゼフィードが跪く前で、魔導王ツァオドゥは不満げな顔でボーダー城を見回した。


「もう用済みネ。“蔦と鋼で編まれし館よ。あるべき姿に戻れ”」


 彼女の呟きと同時。

 ボーダー城は一瞬にして崩れ落ち、後には瓦礫と土、枯死した蔦が大量に残るばかりとなったのである。

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