第二章 鋼魔大戦

第34話 第一回三国会談

 グリフォンスとゴーレムランドが接する境界の地にて、第一回二国会談が行われた。

 鋼魔戦争と呼ばれるようになった、この二国の争いは日毎に熾烈を極め、戦の音が響き渡らぬ日は無い。

 だが、双方ともに人的被害は驚くほど少ない。


 グリフォンスからは、魔法によって作成された人造精霊が。

 ゴーレムランドからは、国名の通り、鋼と油で形作られたゴーレムが兵士として戦いを行っていたからだ。


 それでも戦いが長引けば、土地が荒れる。

 戦場で作物を育てる事は叶わないし、人は住むこともできない。

 さらに、大きく状況が変わったのはつい先日。

 盗賊王ショーマスが治める王国、ホークウインドが陥落し、魔族達を従えた謎の男ルーザックが魔族の国の建国を宣言したのである。


“ダークアイ”


 黒瞳王ルーザックの名を冠したこの国に、世界は注目せざるを得なかった。

 それがための会談。


 グリフォンスとゴーレムランドの国境に、一夜にして城が築き上げられた。

 半ばを蔦と岩で覆われ、もう半ばは鋼を組み合わせて形作られている。

 境界の城ボーダーと名付けられたそこに、魔と鋼、二国の王が姿を現そうとしている。





 先に到着したのは、魔導王。

 身体にフィットした、煌めく青のドレスを纏い、黒髪を結い上げている。

 それは女であった。

 魔導王ツァオドゥ。

 ディオコスモでも最強の魔力を宿し、あらゆる魔法を行使する。

 その魔力は年を追う事に肥大し、世界に存在するあらゆる魔法を習得していると言われている。


「あの偏屈はまだ来てないようネ」


 どこか猫を思わせる顔立ち。

 切れ長な目が、会場を見回した。

 彼女は鋼鉄王が居ないことを、視覚と魔法的感覚で確認する。


「“我が眼は千里を駆ける。く見せよ、かの者の姿を”」


 ツァオドゥの唇が、言葉を紡いだ。

 歌うような響きを持つ、異国の言葉である。

 すると、彼女の両目の前に、青く透き通った円盤が出現する。

 それはまるで壁を透いて見ているかのように、魔導王が望む像を映し出す。


 彼女に見えたのは、鉄の鳥であった。

 巨大。

 あまりにも巨大。

 一つの城が空を飛んでいると言っていいのではないだろうか。

 胴体はぼってりと太く、頭の部分には幾つもの窓がついている。


 そこに、いた。

 油紙に包まれた揚げ菓子を、下品に貪る分厚い眼鏡の男。

 小太りで、髪はくしゃくしゃ。服装だって適当なものだ。

 機械油の染みが目立つワイシャツに、濃い緑色のフィッシングパンツを履いていた。


 あれこそ、鋼鉄王ゲンナー。

 ディオコスモを支配する七人の王の中で、一際異彩を放つ王である。

 その理由は、彼自体は何の力も無い人間であることだ。

 鋼鉄王が持つ力とは、技術の力。

 鉄と油で動くゴーレムを次々に作り上げ、さらには余人に理解できぬ原理で働く、機械仕掛けの道具を無数に有する。


 ゲンナーは揚げ菓子を一息で食べ終わると、砂糖が入っていないコーヒーを一息に飲み干した。

 汚れた口元を手で拭い、指先は服になすりつける。


「よぉし、それじゃぁ行くか。ミオネル、ついてこい」


『はい、ご主人様』


 鋼鉄王の言葉に、不可思議な響きを持った女の声が応じた。

 ミオネルと呼ばれたそれは、女性を象った鉄の人形である。

 彼女は、キリキリと音を立てて壁に向かい歩く。

 足があるのではない。

 スカートの下に、車輪を展開しているのだ。

 腕を伸ばして、壁に触れる。

 すると、手のひらが展開し、幾つもの筒が出現した。

 壁もまたその一部が開き、筒を受け入れる金属製の突起が現れる。


『天空城ゴライアスより、移動執務室、分離します』


「うん」


 ゲンナーの頷きを了承と受け取ったようだ。

 ミオネルは操作を実行した。

 次の瞬間、彼らがいる、この巨大な鉄の鳥の最上階が分離を開始する。

 頂点から幾つかの棒が突き出し、そこからプロペラが展開した。


「ちょっと遅刻したな。だが、ツァオドゥ、どうせ見てるんだろ?」


 ゲンナーはじろりと部屋の中に目をやる。

 そして、魔導王が使った遠見の魔法の痕跡を、何らかの手段で確認。


「もうすぐ行く。覗きはこれで終わりな」


 そう彼が告げると、魔導王の魔法は一方的に打ち切られた。




「……!」


 ツァオドゥの眼前にあった、青い円盤が砕け散った。

 鋼鉄王からの干渉で、魔法を無効化されたのだ。

 魔導王は目をパチクリさせ、赤い隈取の引かれた目を、軽く怒らせた。


「相変わらず、デリカシーってものが無い男ネ! それに、あんな格好で会談に来る気? 正気を疑うヨ!」


 ぷりぷりと怒り、今にも頭から湯気が立ち上りそうだ。

 そんな彼女を、侍従が諌めた。


「陛下。彼らは所詮、魔法を解さぬ野蛮の輩。鉄と油などというおぞましきものに頼る者が、陛下のお気持ちを理解できなくても不思議はございますまい。不機嫌な顔をされていると、今日のために施されたマキアージュも台無しになりましょう。どうぞ、クローネ森の猫精と謳われた御身の笑顔を絶やされませぬように」


「ふむ、言われてみればそうネ」


 ツァオドゥは振り向いた。

 そこには、耳の尖った男が立っている。

 エルフである。

 エルフ族は、早い時代から魔導王に恭順を示し、その忠誠心と高い魔力から貴族としての地位を与えられている。

 彼は、エルフ族の若き代表、ゼフィード。

 魔法王国グリフォンスにおいて、魔導王ツァオドゥに次ぐ魔法の使い手である。


「ゼフィード、鉄臭い破廉恥漢は、どれほどで到着すると見るネ?」


「そうでございますな。おおよそ、数分……」


 彼らが言葉を紡ぐ間に、ゴーレムランド側に設けられた壁面が、音を立てて動き出す。

 カタカタと歯車が回り、油圧シリンダーが閉ざされていた壁面を展開する。

 機械油の臭いをまとった蒸気がそこここから噴き出し、これを嗅いだツァオドゥは恐ろしい顔になった。


「ひどい……酷すぎるネ……!!」


「ああ……これは、私でも我慢できませんな……。ひどい臭いだ……」


 ゼフィードも顔をしかめ、「失礼」と主に断った後に鼻を摘んだ。

 展開した壁面からやって来たのは、空飛ぶ執務室である。


 ボーダー城最上階へ横付けされた、この飛行する部屋から、二つの人影が降りてくる。

 鋼鉄王ゲンナーとその機械メイド、ミオネルである。


「やあ、少々遅れたか? 待たせたなツァオドゥ。相変わらず、化粧が濃いな」


 新たに淹れたらしいコーヒーを、並々とカップに満たし、それを啜りながら歩く鋼鉄王。

 彼は魔導王に構いもせず、さっさと席についてしまった。


「本当に、お前、最低ネ」


 ツァオドゥはこめかみに青筋を浮かせながら、自らも席につく。

 そして、二人の王は睨み合った。


「会談とは言うが、あれだな。ここでお互いの命を狙えば、効率的に戦争を終わらせることが出来る。独裁国家の宿命と言う奴だな」


「おかしな事を言うネ。死ぬのはお前一人ヨ、ゲンナー。この魔導王に、只人ただびとの身で立ち会えるとでも思っているネ?」


『ご主人様。魔導王が発する魔力の強度が上昇しています。間もなく危険領域に入るものかと。排除のご許可を』


「聞き捨てなりませんな。機械人形如きが、我らが王に何たる無礼な物言いを。陛下、お命じくださればこのゼフィード、鋼鉄王諸共に無礼な機械人形を鉄屑にしてみせましょう」


『エルフ、識別。前時代の産物。個人技による魔法の行使を頼みとする脆弱な種族。極めて非効率的』


「抜かしたなくず鉄人形。“精霊魔法、行使、エント”」


 ゼフィードの詠唱に応じて、彼の周囲に存在する蔦が猛烈な速度で伸び始める。

 グリフォンス側のボーダー城は、精霊を宿しやすい自然の素材で作られているのだ。

 蔦はり集まり、鋼さえ貫く槍となって、メイドのミオネルと鋼鉄王に襲いかかる。


 これに対して、ミオネルは鋼鉄のスカートの裾を持ち上げた。

 すると、スカート側面が展開し、細い筒を束ねた物が出現する。


ご無礼ファイア


 筒が回転を開始、その中から鉛の弾丸を秒速数十発という勢いで吐き出す。

 これが、襲いかかった蔦の槍を粉々に粉砕した。


 弾丸と蔦の破片が飛び散る中、魔導王と鋼鉄王はくすりともせず、仏頂面で向かい合う。

 全くもって、この会談は最悪の空気に包まれていた。

 あわや、初の二国会談が喧嘩別れに終わるかと思われたこの時。


「ほい、到着!! いやー、サイクちん、さすがだねー。あの子に見てもらえば、あたしの瞬間移動ならここまで行けるんだねえ」


「うっぷ、瞬間移動酔いが……」


 突如、新たな登場人物が現れる。

 共に黒い衣装に身を包み、漆黒の髪をした男女。


「あちゃあ、ルーちんもしかして乗り物酔いするタイプ? 案外繊細なんだねえ。ほーら、よしよし」


 女が、男の背中をさすっている。

 年齢は十代半ばほど。

 その瞳には、一切の光沢が無く、まるで闇のようであった。


「お前たち……その力は、黒瞳王ネ?」


「セーラー服の少女とは、意外なお客様が来たもんだ」


 魔導王と鋼鉄王。

 二人の化物が、興味を示した。

 そんな彼らの、強烈な圧を含んだ視線に、女は一瞬たじろいだようだ。

 だが、口元を拭いながら上体を起こした男は、それを真っ向から受けながら眉一つ動かさない。

 この男の姿を、ツァオドゥもゲンナーもよく知っている。

 それは、現実世界に存在した、スーツという衣装だ。

 スーツを着込んだその男は、腰から不釣り合いな剣をぶら下げていた。

 そして、ツァオドゥとゲンナーの顔を見回すと、おもむろに懐に手を突っ込んだ。


 身構える、ゼフィードとミオネル。

 対応すべく、セーラー服の少女が何かを使おうとした。

 だが……。


「初めまして。わたくし、こういう者です」


 暗黒国家ダークアイ

 代表取締役社長

 八代目黒瞳王

 ルーザック


 そう書かれた、名刺であった。

 かくして、三国会談がスタートする。



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