第31話 ホークウインド戦争Ⅱ
「登って来ないな」
「これは登れないっしょ……。どう考えたって返り討ちに合う布陣じゃん」
ルーザックの肩で、アリーシャが干した果物をむしゃむしゃ食べながら突っ込む。
今、彼らは鷹の翼城にて、岩山の
状況は膠着状態……かというとそうではなく、鷹の翼城は背後から、盗賊王のものと思われる船団から攻撃を受けていた。
大砲が轟音を響かせる。
「ギッ」
「ギギィ!」
ゴブリンが浮足立つ。
だが、彼らは一様に黒瞳王を見るのだ。
彼らにとって、信仰対象ともなり始めた、新たなる魔王を。
黒瞳王ルーザック。
大砲の音にも一切揺るがず、悠然とショーマス軍を見下ろしている。
見下ろしては、召喚したプラモデルなるものの作成に戻る。
どうやら、羽毛のない金属製の鳥を象ったプラモを作っているようだ。
「黒瞳王サマ! だいじょうぶ? 音、すごい!」
流石に不安になったか、ジュギィが尋ねてくる。
彼女の言葉こそが、ゴブリン達の総意なのである。
これに対し、ルーザックは返答を行う。
「問題ない。あの大砲は岩肌を穿つ事は出来るが、ここまでは届かない。船に搭載した砲弾の数も限界があるだろう。水や食料も同じだ。彼らが補給に戻ろうとするところを、ディオースの精霊魔法で叩く。今は徹底的に無視だ」
「分かった!」
「高周波は禁止だ。ゴブリンから、暗殺騎士がまだいるとの報告が来ている。それぞれの持場の隊長ゴブリンに伝えるように」
「うん!」
ジュギィが走り去っていく。
程なくして、鷹の翼城全域にルーザックの言葉が伝えられた。
ゴブリン達は落ち着きを取り戻す。
彼らの絶対的な主が、心配ないと言っているのだ、
ならば、この轟音は今のところ、恐れるほどのものでもないのだろう。
岩山の下に集まっている軍隊は、どうやら焦れて来たらしい。
山向うにいる彼らにも聞こえるほど、海側の部隊が放つ大砲の音は大きい。
だと言うのに、ゴブリン達はそれを無視して、しっかり守りを固めているのだ。
にらみ合いの期間が、およそ一週間。
幾度か、岩山を登ろうとした軍勢が、ゴブリン達の仕掛けた罠によって撃退、あるいは撃破されている。
岩陰から攻撃してくる魔族に、人間側は有効な手を撃つことが出来ないでいた。
「取れる手段は限られている。向こうは暗殺騎士に頼る他ないだろう。あるいは、ショーマス自身が出てくる。その時が狙い目だ。今まで存在した、各暗殺騎士に対するマニュアルはゴブリン達に叩き込んだ。彼ら暗殺騎士は、個別の能力に優れる余り、共同して戦闘を行うことが極めて不得手である。備えよ。我らには時が味方をする」
ルーザックが宣言する。
食料は、山城と人間達の町にたっぷりとあった。
それらは全て、ゴブリン達によって引き上げられている。
さらには、地下には人間達の船を隠していた洞窟があり、そこを伝って釣りを行う事もできる。
対して、ショーマス軍は数でゴブリン達を押しつぶせる程の量。
その分、糧食にあまりにも不安が大きい。
特に、
大量の糧食を運ぶことが困難なのである。
すぐに、結果は出た。
海側から包囲してきていたショーマス軍が撤退を始めたのである。
「背中を見せたぞ。火矢を構えろ、ゴブリン達。私が風を操り、船に届かせてみせよう」
ディオースは精霊魔法を使った。
彼の周囲一帯の風向きが変わる。
全ての風の中を、撤退する船に向かって続く風の道が生まれた。
ゴブリン達が放つのは、油を染み込ませた布を巻き付けた矢。本来であれば、それほど遠くまで届くものではない。
これを、風の精霊が補助する。
どこまでも、どこまでも伸びて追ってくる火の矢。
「“精霊魔法、召喚・シルフ”」
風の中に、虫の
彼女たちは矢を抱きしめ、飛ぶ。
油から発する火は消えること無く、空を切って飛ぶ。
「火矢がここまで!? ば、馬鹿な!!」
「撃ち落せ!」
「矢を!? 冗談だろう!?」
矢が帆を燃やす。
次々に突き刺さる。
船は次々に、炎上していく。
何者も防ぐことが叶わぬ、船を殺す致命の射撃が降り注ぐ。
時間にして、およそ一時間。
全ての船が炎上した。
砲弾は全て撃ち尽くされ、船に反撃の手は無い。
為す術無く、全滅する船団。
魔王軍が失った兵数、ゼロ。
「あれだけの攻撃が出来るなら、大砲ぶっ放されててもやれば良かったんじゃない?」
「砲弾が届かないのは、城までだ。迎撃のためには視認しなければならない。そうなれば、攻撃に移った側を危険に晒すことになるだろう。こちらの切り札はディオースだ。彼は一人しかいない。ほんの僅かな可能性だとしても危険に晒すわけにはいかないだろう」
「ふえーっ、石橋を叩いて渡るねえ」
「アリーシャでもことわざを知っていたのか……」
「はあ!? ことわざくらい知ってるし!!」
二人の黒瞳王が掛け合いをやっている間に、仕事を終えたディオースが帰還する。
「敵が精霊魔法に関する素人で助かったな。エルフが一人でもいれば、危ない戦いだったぞ」
「……そうなのか?」
「知らなかったのか。だが、火の精霊魔法ではなく、火矢を使ったことは正しい。あれを消すには、水の精霊魔法が必要だ。しかし水の魔法は精度が低い。ならば風の魔法を打ち消す土の魔法だ。しかし周囲には海しか無い。ゆえ、海面を一時的に干上がらせるほどの水の精霊魔法……大精霊クラーケンを召喚する他ない。危なくはあるが……干上がった海で船は死ぬ。どちらにせよ勝っていたか」
「あらら、このダークエルフ、自己完結しちゃったよ」
「褒めているのだ、我らが魔王を。これはひょっとするとひょっとするかも知れん」
「ディオース、力は残っているか?」
「シルフを幾らか走らせただけだ。貴方の考案する戦術は、魔力すら節約することが出来る。恐ろしい男だな。敵には回したくない。それで……来るのか?」
「この状況、打破するには向こうのとっておきを使わねば無理だろう。これまで築き上げてきた戦場を台無しにするような、バランスブレイカーを投入してくるぞ」
ルーザックが歩き出す。
向かう先は、山城の中央。
最も守りが厚い場所でもあり、同時に、敵が目指している場所でもある。
黒瞳王の、粗末な玉座が存在しているのだ。
彼はどっかりと、玉座に腰掛けた。
傍らでは、カーギィが彼を待っていた。
「黒瞳王サマ。戦況をお伝えします」
「見えたか?」
「はい。暗殺騎士五名が投入されています。ですけれど、彼らの動きは先日の三名と比べて……極めて、雑、としか」
「あの三人を撃退したうちのゴブリンを相手に、数は増えても練度が足りない暗殺騎士を差し向けるか。ルーチンワークで十分に対処が可能だな。カーギィ、念のため、撹乱の声を出してくれ」
「はい」
カーギィは口を開くと、そこから高周波を発する。
本来、ゴブリンにしか聞こえないはずの伝達音声である。
だが、暗殺騎士であればこれを聞き取ることが出来る。
ルーザックは既に、その情報を掴んでいた。
故にここで流される高周波は、わざと分かりやすく、平易な内容にした偽の情報。
全てのゴブリンには伝達済みだ。
「この戦闘において、高周波での命令伝達は行わない」
ルーザックは頬杖をついたまま呟いた。
「黒瞳王サマ、かかりました。暗殺騎士の動きが乱れます」
「命令を流した内容は?」
「撤退命令です。退いて、城にて守れと。暗殺騎士が懐まで飛び込んできましたので、背中から今、二名を仕留めました」
カーギィのメガネが光り輝いている。
魔道具であるメガネであり、今、各ゴブリン部隊の隊長の視界とリンクしているのだ。
脇のパーツに触れることで、視界をリンクする対象を頻繁に切り替えている。
「あっ、一人、矢を受けながら抜けてきます。城へ突入します!」
「好都合だ。この道を奴は来るだろう。ディオース」
「御意」
ダークエルフが精霊魔法を呟く、
この空間中に、罠が張り巡らされる。
そこで、扉が蹴破られた。
「黒瞳王ッ!! 覚悟……!」
全身に毒の矢を受け、顔にも既に毒が回っているであろう、死相が現れた暗殺騎士が飛び込んだ。
だが、命を賭けて敵将の首を獲るという積りだったのだろう。
彼の顔には、使命に殉ずる高揚と興奮があった。
「“シェイド”」
ディオースが罠を発動させた。
すると、屋内のあちこちの暗がりから、漆黒の球体が飛び出した。
あるいは、暗殺騎士の足元から。扉の影から。
球体が、暗殺騎士の体に突き刺さる。
傷はない。
精神を抉り、喰らい取っていく、そういう魔法だ。
並の人間なら、一発で精神を刈り取られる。
これを大量に降り注がせればどうなるか。
「…………!」
暗殺騎士が白目を剥いて崩れ落ちた。
最早ぴくりとも動かない。
内に宿した魂魄まで食らい尽くされたのだ。
「念の為に行くか」
立ち上がるルーザック。
「どうしたのですか、黒瞳王サマ」
「暗殺騎士が多すぎると思わないか? これは何らかの手段で、暗殺騎士を増やしていると見るべきだ。能力の強さと彼らの数から考えて、無限に生み出せるわけではない。だが再生産は可能。これはつまり……暗殺騎士を暗殺騎士たらしめているリソースがあるのではないかな?」
ルーザックは倒れた暗殺騎士まで近づくと、その体に向かって黒い魔剣を突き立てた。
魂が死んだ暗殺騎士は、肉体までも死ぬ。
「よし。暗殺騎士の定数は八騎という情報を得ている。だが、今まで現れた数は七騎。そして新たに現れたのは五騎。これで、次に現れる暗殺騎士が四騎になっていれば、私の推論は正しいということになる。さあ、どう来る盗賊王」
「あたし、今ルーちんが超有能なんじゃないかって気がしてきたよ……!!」
余計なことを言うアリーシャなのであった。
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