第30話 ホークウインド戦争

 王都より出発した一団は、途中の都市にて兵力を増やし、一路、鷹の腹平原へ。

 ここより、軍を二つに分けて鷹の右足地方と、鷹の翼地方へと向かう。


「ウートルド、魔眼光が来るぞ。気をつけて進め」


「はい。陛下もお達者で」


「今生の別れのような事を言うやつだな」


 鷹の翼へ向かうのは、鷹の目王ショーマス自らが率いる一団である。

 さらに、鷹の翼を前後から挟むように、海からの勢力が向かう。

 船には、鋼鉄王が作り上げた大砲が搭載されている。

 これで、鷹の翼を削り取るつもりなのだ。


 この戦いが始まる前までに、ウートルドを除く全ての暗殺騎士を失ったショーマス。

 しかし、彼の傍らには剣を携えた若者が続いている。


「陛下はこの先に、黒瞳王めがいると確信なさっておられるのですか?」


「そうだとも。今回出現した黒瞳王は、今までに記録されている連中とは明らかに違う。表に出てくることなく、策略を張り巡らせ、我が国を内部から蚕食した。魔王……と呼ぶには些かスケールの小さな奴だが、警戒すべきは奴の慎重さだな。今まで、奴はほとんど我々に尻尾を掴ませるような事を行っていない」


「なるほど……。唯一の手がかりというのは、私の父の切り傷ですか」


「唯一と言う訳では無いがな。ダンには惜しいことをした」


 気が入っていない返答を返すショーマス。

 彼にとって、剣に長けているだけの男など、何の価値も無いのである。


「彼を殺したのは黒瞳王だ。魔王軍に剣を使うものなどいない。いるとすれば、より上位種の魔族だろう。ゴブリン、あるいは単眼鬼の欠片とダークエルフ。どれも剣を使うものではなく、お前が見た限りにおいては剣王流の太刀筋だったのだろ?」


「はい。あれは間違いなく、剣王流袈裟懸けの太刀。最も初めに学ぶことになる“技”です。だが、あれほど初歩的な技を父が受けるとは……」


「剣王流とやらの技を盗み取ったのだろうよ。そして不意を討つなり、相手の意識を逸らすなりしてダンを手に掛けた。許すまじき卑怯さだ」


「ええ、そうあれば、許すことはできません……!!」


「そうだな。では、お前の標的は黒瞳王だ。だから、おれはこうして同行させている。頼りにしているぞ? ……で、本当にいいのか? 暗殺騎士の力を断ってしまって」


「私の力は私だけのものです。与えられた力で、仇と戦うつもりはありません。それに……これは、孤独な父を救えなかった私の償いでもあるのです」


「そうか。お前の選択であればどうこうは言わない。だが、死者は何も言わんぞ? ただそこに彼らがいたという事実があるだけだ。彼らの思いを勝手に想像するのは、生者の勝手でしかない」


 それだけ告げると、ショーマスは歩みを進めていった。

 寿命というものから解放され、長い時を生き続ける七王。

 その一人であるショーマスには、一般的に語られるような死生観など無かった。

 あらゆる人間は、自分を置いて通り過ぎていく者。

 そこに見出す価値は、利用できる者か、出来ないものかしか無い。


 途中、ゴブリンの襲撃なども予想されたが何もない。

 考えてみれば、ゴブリンはつい先日まで、三十年前の戦以降は数を減らすばかりの状況だった。

 黒瞳王の登場で勢いを盛り返したとは言え、その数は人間よりもずっと少ない。


「包囲は完了か?」


「はっ、完了しました。海側にも船を配置してあります」


 鷹の翼地方に集結したショーマスの軍勢。

 ここから岩山にそびえる城までは、険しい山道を行かねばならない。

 軍勢は細く長くなり、途中から攻められやすくなるだろう。


「使い捨てになるが……即席の暗殺騎士を作るか」


 ショーマスは五名の兵士を無作為に選択し、彼らに暗殺騎士としての力を授けた。

 ウートルドは生きているし、ロシュフォールとガグは死亡前に力を回収できていない。

 数年も経てば、再び暗殺騎士を作り出す力は回復するだろう。 

 だが、今、その猶予はない。


 ショーマスに命じられた即席の暗殺騎士達が、山肌を駆ける。

 重力を無視したかのように、絶壁を足場とし、谷を飛び越え、これから進む道に潜む伏兵を探る。


「ギッ!?」


 案の定潜んでいたゴブリン達。

 彼らは、慌てたように甲高く鳴いた。

 これを見て、暗殺騎士となった兵士はにやける。


「いやがったぜ! そら、この授かった力で魔族どもを蹴散らしてくれる!」


 腰にぶら下げた手斧を抜き、ゴブリン目掛けて投げつける。

 一人のゴブリンは、それで頭を割られて倒れる。

 慌て、魔族は暗殺騎士に石を投げつけるが、そんなものに当たる訳がない。

 兵士は岩場をまるで平地のように飛び回り、飛礫を次々と回避した。

 同じような事が、あちこちで起こっている。

 ゴブリン達の高周波が、谷間に響き渡った。


 ショーマスはこれを聞きながら、頬を歪める。


「これは、聞き取れんな。反響しているだけならいいが、複数が重なり合っている」


「いやな予感がします」


 鷹の目王の横で、若い剣士が呟いた。


「おれが遣わした騎士どもは仕事をしているようだが、どうだ? このまま進める状況か」


 一瞬、鷹の目王は考える。

 そして、命令を下した。


「そこから、そこまで。行け」


 兵士達が歩き出す。

 ある程度進んだところで、突如山肌が崩れ始めた。

 パラパラと石が降ってきたかと思えば、続いて一抱えもあるような岩が幾つも崖を下ってくる。


「う、うわあーっ!」


「崖崩れだあー!」


 ショーマスが遣わした第一波は、その半ばを潰され、ほうほうの体で戻ってきた。


「ショーマス様、無理です! ここはとても通れない!」


「やはり海から……!」


「いや」


 鷹の目王は目を細めた。


「あんなぱらぱらとした崖崩れで、おれ達を殺せるか? なんなら、一度に崩して生き埋めにするか、谷を封じてしまえばいい。何故それをやらん? ……簡単な事だ。黒瞳王は、おれに城までたどり着いて欲しいのよ。奴の狙いは身を守ることではなく、攻めること。この谷の待ち伏せそのものが、数で劣る魔族共の攻め手というわけだ」


「お、王よ、それでは……!」


「行け」


 鷹の目王は人の話を聞かない。

 そもそも、王国に存在する全ての者を、自らと対等な人間であるとはつゆ程にも思っていないからだ。


「しかし……」


 反論をしようとした兵士。

 その額を、ショーマスは指先で突いた。


「スティールする価値が無いんだよな」


 何かを抜き取り、その辺りの地面にポイッと捨てる。

 それは兵士の自律意思である。


「行け」


「はっ」


 鷹の目王は周囲を見回した。

 先遣隊とする兵士を無作為に選び、意思を奪い、先に進ませる。

 人数は目減りするが、問題ではない。


「黒瞳王め、姑息な手を使ってくる。だが、おれの手勢は幾らでもいるぞ。そして、こいつらを削りきったところでおれには届かん。先代のようにお前の背中から一突きにしてやろう」


 仕掛けられた罠に、次々と兵士を潰されながらも、そうして確保された安全な道を鷹の目王は行く。

 あるいは、暗殺騎士達が罠を破壊し、待ち伏せしているゴブリンを排除する。

 やがて、途中から妨害は無くなり、鷹の目王の軍勢は谷を抜けたのだった。

 眼前に空間が広がり、鷹の翼の山城が見える。

 正しくは、その成れの果てだ。


「おう、こいつは……」


「なんともひどい姿になったものですね……」


 ショーマスが伴う剣士までも、顔をしかめた。

 崩れかかった岩山は、あちこちから鋭い木の枝が突き出し、あるいは絶壁になるまで削り込まれ、歪に変化していた。

 その上にあったはずの鷹の翼城は、雑多な枯れ木や岩で破損箇所を補修され、城というよりは巨大な掘っ立て小屋であった。

 少なくとも、建築に関するセンスがゼロであることは間違いない。


「ありゃひどいな。とても、まともな感覚の奴が建てたとは思えん。だが、だからこそ厄介だ」


「そうなんですか? 私にはすぐに崩れそうに見えるんですが」


「この戦いの間、持てばいいという考えなんだろう。それに、あれの内部の構造が想像出来るか? 俺には出来ん」


「そう言えば……!」


 ショーマスの言葉に、剣士は顔を引き締めた。


「大砲を引き連れて谷は通れんだろう。海側からではあの城を視認できない。だから大砲も打ち込めないだろう。おれ達は、このでたらめな岩山を登り、あんな城に攻め込まねばならんという訳だ。はははは、黒瞳王め。本当に性格の悪い奴だ! だが、いいな。いいぞ。これは最高の暇つぶしだ……。三十年待った甲斐があった……!!」


 山城からは、ゴブリン達が顔を出す。

 構えられるのは、原始的な弓矢や投石機である。

 対して、ショーマス軍もまた戦闘態勢に入る。

 いよいよ、盗賊王と黒瞳王の衝突する時が近づいて来るのである。

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