第28話 暗殺騎士の出陣
「見事にやられたな!」
さも愉快げに、笑う男がいる。
一見して年若く、威厳を身に纏う見た目でもない。
だが、確実にこの場の空気はその男を中心に生まれていた。
鷹の目王ショーマスである。
彼の前には、宰相にして暗殺騎士の長、ウートルド。
そして五人の男女。
ホークウインド全てに存在する暗殺騎士が、全てこの場に揃っていた。
「ロシュフォールとガグの二人がやられるとは! しかも相手は黒瞳王なんだろう? こいつは参ったな!
まさか、三十年掛かってやっと次の黒瞳王が現れるとは! 思っても見なかったぞ!」
酒盃を片手、ご機嫌で笑う王を前にして、ウートルド以外の暗殺騎士は困惑を隠せない。
ウートルドはそもそも、彼らの中で一番、王との付き合いが長い。
鷹の目王という男をよく分かっているのだ。
「おい、お前ら。もう単独で行動をするな。殺されるぞ」
「し、しかし王よ」
口を開いたのは、仮面を被った暗殺騎士である。
「我らは皆、王の教えを受けた一騎当千。例え魔導兵や鋼鉄兵を相手にしたとしても遅れは……」
「敵はそんな上等な連中じゃない。たかがゴブリン、雑兵だ。だが、こいつらは今のお前らにとって、相当に厄介な相手だ。研究され尽くしてるぞ、お前ら」
酒盃を掲げたまま、にやにやと笑いながら、鷹の目王はまくし立てる。
「単体なら負けんだろう。だが、それこそ
「わ、私は……、調子に乗ったりしません!」
「嘘だね」
女暗殺騎士の言葉を、ショーマスは言下に切り捨てた。
「上手く行き過ぎた時、人間ってのは図に乗る。そりゃどうしようもない事だ。でな、おれ達の前に現れた敵は、そこを突いてくる。調子に乗せて、お前らが冷静な自分ってのを失った瞬間に殺しに来る」
笑いながら、鷹の目王は酒盃を干した。
そして、酒の中に入っていた何かを口に含み、ころころと転がす。
「王、そ、それは……」
「ああ。ガグの目玉だ。こいつの首が送り届けられただろ。幸い、ガグは何もかも全て、見届けてやがった。役に立つ男だ」
「ガグの記憶を盗んだのですな?」
ウートルドは驚きもせず、ショーマスの言葉を補足した。
彼に続く暗殺騎士達は、怪訝そうな顔をする。
だが、暗殺騎士筆頭は彼らにそれ以上の説明をするつもりがないようだ。
「そういう事だ。奴らの手の内は読めた。そして結論づけた。俺の軍隊で押し潰せば、連中を滅ぼすことは可能だろう。だが、背中で魔導王と鋼鉄王がドンパチをやらかしてやがる。この状況で全兵力を動かす馬鹿はいない。自然、国内に向けられるのは半分程の兵力になる」
「我らにはその指揮を取れと?」
「いや、お前らは単独行動が向いてるだろう。リュドミラとアクシオスには酷な仕事を任せたな。はっはっは、悪い悪い。今後は、リュドミラとアクシオスのコンビ、マスカーレ、ベイン、ロードバットのトリオで動け。鷹の翼と右足を集中してな。じきに、おれも出る」
鷹の目王の宣言に、この場にいる誰もが……ウートルドまでもが目を見開く。
「七王が出るほどですかな」
「ガグの耳が、死に際に黒瞳王の名を捉えてやがった。なら、おれが出なきゃ始まるまいよ。なに、数日なら鷹の心臓は落ちんさ。その間に決着をつければいい。……今回の黒瞳王が、あのお嬢ちゃんのように簡単な奴であればな」
「今回の黒瞳王は、記録にある者達とは明らかに違うようですが」
「嫌な事を指摘してくるな、ウートルド。そこは俺も気付いてるさ。あまりにも用意周到過ぎる。古戦場砦落つの報告を受けてからこちら、俺達はどれだけのゴブリンを殺した? いいか、聞いて驚け。二匹だ。ホブゴブリン一匹と、ゴブリン一匹。たったの、二匹だ。三ヶ月が経つんだぞ? 三ヶ月間で、たった二匹のゴブリンしか殺せていない。対して、こちらは一つの砦と二つの城を失い、暗殺騎士を二人殺された。兵士や民の数なら、何百人潰されたか数え切れん」
現状を鷹の目王の口から指摘され、暗殺騎士達は押し黙った。
異常な状況である。
「普通ならここで、敵は図に乗る。だが、今回の黒瞳王は図に乗らない。それどころか、戦力を高め、資材を集め、情報を集め、さらにさらに堅く、強くなる。ガグを殺した者の中に黒瞳王は無かった。つまり、奴の部下だけでお前らを殺せるという事だ。いいか?」
鷹の目王は立ち上がった。
じゃらり、と全身に付けた装飾品が音を立てる。
豪奢な首飾り、腕輪、ベルト、ブローチ、冠。
その全てが、魔族達から奪った品である。
護符であり、鎧であり、武器である。
「もはや、暗殺騎士単騎では黒瞳王に勝てん。奴は暗殺騎士について適切な対策を立てている。二人、あるいは三人ならばあるいは、だ。あのサイクロプスが出てこなければな。だから、お前らは黒瞳王に勝とうとする必要は無い。探せ。そして俺に伝えよ」
「御意……!!」
「よし、散れ」
ショーマスが告げた。
次の瞬間だ。
その場から、鷹の目王と宰相を除く人影は消えていた。
ショーマスは酒盃を卓上に置くと、その上を手指でなぞった。
酒盃がどこかへ消える。
「物も言わずに出ていったわ。格好をつけるか。おれに言われた事が気に入らんらしい。なあウートルド」
「若いですからな」
「眩しいね、若々しいってのは。だが、それ故に死にやすい。何人帰ってくることかな」
鷹の目王は、笑う。
そしてこの時より、ホークウインドと魔王軍は互いを認識し合うこととなった。
「という事でだ。これにて、我が軍と君達との契約が完了する事となる。良いビジネスをしよう」
黒瞳王が差し出した手を、おずおずと握りしめる、緑の腕。
鷹の翼の奥地に住んでいた、ロックワームというゴブリン部族のクイーンだ。
「本当に……あんたが黒瞳王様なのかね」
「うむ。私が黒瞳王だ。故に、君達を脅かしていた人間の都市を破壊した。ここで得られる資源は全て君達のものとすることを約束しよう」
「そりゃあ助かるけれど……」
「黒瞳王サマ、凄い! 強い! ゴブリン、どんどん勢力を広げてる! 強くなってる!」
黒瞳王の右腕だという、ゴブリンロードの娘が力強く主張する。
ロックワームのクイーンは、そんな彼女の姿を見て頬を緩ませた。
クイーンの娘が幼かった頃を思い出したのだ。
「分かったよ。いいさ、あんたを信じる。信じなければ、わたしらはジリ貧だったんだ。どうとでもロックワームの部族を使っておくれ。ただし、娘達は前線に出させないよ」
「構わない。こちらからはマニュアルを提供し、君の部族の者達を、優秀な戦士へと教育しよう」
ルーザックの言葉に応じて、彼が連れてきたゴブリン達がマニュアルを抱えて次々に現れる。
彼らは、新たな仲間たちを一流の魔王軍スタッフへと教育するやる気に満ちていた。
その瞳は確かな成功体験から来る自信に満ち溢れ、ただのゴブリンが、今ではマニュアルに対する己の知見からの改善案などをプレゼンしてくる。
「マニュアル、教える!」
「ああ、頼んだぞ。教育状況の進捗も、三日間を一サイクルとして報告してくれたまえ」
「ギッ!」
ルーザックによって、ロックワーム部族の教育担当に任じられたゴブリンが、ビシッと鋭い礼を返す。
「頑張れ!」
「いやあー……まるでゴブリンとは思えない仕上がり具合だよね、これ」
しみじみ呟くアリーシャを肩に乗せ、ジュギィを伴ってルーザックは先を行く。
ダークエルフの魔法で廃墟となった、鷹の翼の山岳都市。
ここは今、ゴブリン達の砦となっていた。
「鷹の右足からすぐに戻って来ちゃったけど、良かったの?」
「ああ。こちらで多くのゴブリンをスカウト出来たんだ。有意義な往復だった。次に、この岩山をまるごと、城塞として利用していこうと思う。そこは、山岳戦のプロフェッショナルであるロックワーム部族の知識が役立つ」
「無駄が無い……」
「行動が結果を引き寄せるんだ。そして、結果はあらたな起点を呼ぶ。俺達の行動はダブルタスクのゴブリンを動かした。彼らの協力を得て、サイクが仲間になった。サイクが鷹の目王の軍勢を倒し、それを見てディオースが仲間になった。ディオースが鷹の翼を滅ぼし、そしてロックワームのゴブリン達と出会うことが出来た。何もかも繋がっている。まだまだこれからだ。やる事は幾らでもあるぞ?」
岩山を跳ねるように登っていく。
崩れ落ちた城の前では、ダークエルフが彼らを待っていた。
「遅いぞ黒瞳王殿。細かな部分はゴブリン達に任せておけばいい。彼らは君の薫陶を受けているのだ。あえて仕事を任せる度量も必要だぞ……と。余計な話だったな。では始めよう。この城塞をいかに改造するかだ」
魔王軍に満ち満ちるモチベーション。
それこそが、盗賊王が危惧し、暗殺騎士達が理解できなかった、彼らルーザックとその仲間たちの本当の恐ろしさなのだった。
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