第14話 ゴブリン一族との和解

 ゴブリンクイーンが、一段高く盛られた土の上に座し、じっとしかめ面で睨んで来る。

 これを、無表情に見つめ返す、黒瞳王ルーザック。

 場を支配するのは沈黙である。

 おおよそ、湯がぬるくなる程の時間、こうして二人は向かいあって……いや、睨みあっている。


 ルーザックの背中には、一見すると手のひらサイズの人形にも似た、三頭身の少女がぶら下がっていた。

 黒瞳王アリーシャ。ルーザックにとって先輩の魔王である彼女は、この状況をハラハラしながら見守っている。

 ハラハラしているの彼女だけではない。

 ルーザックの後ろに控える、ゴブリンの末姫ジュギィもだ。

 ジュギィは、さきほどルーザックが組み立てた軽自動車のプラモデルを手の上に載せている。落ち着かない様子でクイーンと己の主を交互に見やる。


「ママ、黒瞳王サマからもらったプラモ……」


 おずおずと口を開いたので、クイーンの横に控えていたゴブリンロード姉妹は、アッと動揺の声を上げた。

 虫の居所の悪いクイーンは、実の娘だろうが、空気を読まない相手は引っ叩くのである。

 だが、クイーンはじろりとジュギィが抱えたプラモを見ると、ふう、とため息をつく。


「ま、立派なもんじゃないかね。それなりの工芸品さね」


「うむ……。最近のプラモの作りは本当にすごい」


 クイーンの呟きに応じたのは、ルーザックであった。

 ゴブリンの女王は彼をじろりと睨むと、怖い顔をした。そしてすぐに、困った顔をして、悩んでいる顔になる。


「参った……本当に参ったね……。まさかあれっぽっちのゴブリンを引き連れて、結果を出しちまうとは」


 女王が見回したのは、この場に揃った、ルーザックの部下たち。

 ジュギィと、ホブゴブリン二名、そして残る十一名のゴブリン。

 みな、ルーザックに従い、そして圧倒的に強大であった人間の砦を落とした猛者である。

 既に、面構えが違う。

 強烈な成功体験を味わい、今まで負け犬だったゴブリンが、傍目からも分かるほど、自信に満ち溢れている。

 女王は彼らを、まぶしい、と感じた。


「どうやったんだい」


「策を練った。敵を調べ、味方の出来ることを知り、出来ることを増やし、協力し、時間をかけて準備した」


 淡々とルーザックは述べた。


「私はこの容姿を利用し、人間の中に入り込んで情報を集め、信頼を得た。人間の戦士の技を習い、力をつけた。それら全てを使い、ただ一度のチャンスを作り出し、勝利した。それが全てだ」


 ゴブリンロードの次女、カーギィがメガネに触れて、呟く。

 彼女のメガネは、魔法によって作られた魔道具なのだ。


「ママ、黒瞳王サマの仰っていることは本当よ。本当に、この方は、コツコツ頑張ってあの砦を落としたんだわ」


「使える物はなんでも使ったってわけかい」


「そうだ。そして、諸君の協力を得ることが出来れば、我々はより大きな仕事を成し遂げることが出来るだろう。互いにウィンウィンの関係を結ばないか」


 クイーンは、むむ、と唸った。

 彼女の変わりに、ゴブリンロード姉妹の長女、アージェが口を開く。


「質問があるわ。黒瞳王サマ。あの砦を落とした、まではいい。私達の協力を得られたとして、次はどうするつもり?」


 ここでルーザック、持って来ていたカバンから一枚の分厚い紙を取り出した。

 地図である。


「ここから最も近い地域は、ホークウインドの右足ライトフット地方。ここを落とす」


「無理よ」


 アージェが切って捨てた。


「人間の領主が常駐するそこには、城が存在しているわ。そして、盗賊王直下の暗殺騎士が控えてる」


 暗殺騎士。

 その名が出た瞬間、この場にいるゴブリンたちは皆、震え上がった。

 盗賊王から、その権能を分け与えられた、正真正銘の化け物が暗殺騎士なのだ。


「何よあのゴブリンロード、ほんっとイジワルなんだから」


 ルーザックの肩で、アリーシャがむくれている。

 だが、何があってもめげないのがルーザックである。

 表情を変えず、彼は問う。


「なるほど。ではそれに対抗する戦力を得たい。心当たりは?」


 これに、アージェはにんまりと笑った。


「あるわ。きっとあなたならば、味方につけられるでしょう、ルーザックサマ。右足地方には岩山があるの。そこに、彼が封印されているわ。単眼鬼サイクロプスが」


「サイクロプス……目からビームを出したりする?」


 とある海外のコミック知識から得た印象を、ルーザックが述べた。そのほっぺたを、アリーシャが「なんでやねーん」と叩く。


「あたしもそいつが自由に動いている時代には生まれちゃいなかったけどね。魔眼光とかいう攻撃で、千人を超える兵士をなぎ払ったという話は聞いてるよ」


「本当にビームが出るのか。すごいな」


 ルーザックは感激した。

 そして、損得抜きで、そんなすごい魔族ならば味方にしたい。味方にして、ビームを撃つところを見たいと感じた。


「情報に感謝する。では出立する」


 くるりときびすを返したものだから、慌てたのはゴブリンクイーンたちである。


「ちょちょちょ、ちょっとお待ち! あたしたちの返答を聞かないで行くつもりかい!!」


「あっ、うっかりしていた。それで、諸君は私の仲間になるのか?」


 少々間の抜けたルーザックの言葉に、クイーンは頷いた。


「これだけの結果を見せ付けられたらね。巣に閉じこもって滅びるのを待つよりは、随分ましさ! あたしらゴブリン一族は、あんたに手を貸すよ、黒瞳王サマ!!」


 彼女の宣言に、この場にいたゴブリンたちわ一斉に沸いた。


「やーん! 信じてたわ黒瞳王サマ!」


 今までずっと、だんまりを決め込んでいた、ゴブリンロード三姉妹の三女、レルギィが飛び出してきた。

 凄い勢いで、ルーザックを抱きしめようとする。

 その前に、ジュギィが割り込んだ。


「レルギィ姉さま、だめ。調子、良すぎ。ジュギィ許さない」


「んまっ、まだ成人してないお子様のくせに!」


 ばちばちと、火花を散らしてにらみ合う姉妹。


「おっかしいなあ……。ゴブリンはふつー、おんなじ種族しかつがいの相手に認めないはずだったんだけどー」


「よっぽどの事、とアリーシャは言っていたと思うが」


「あー、よっぽどの事が起こったわけね。オーケーオーケー。なんだよールーちん、モテモテじゃーん」


 アリーシャが、肘でルーザックの頬をぐりぐりする。

 これをじーっと見ている者がいた。

 クイーンである。


「その肩に乗ってるの……姿形は違うけれど、あんた黒瞳王アリーシャだろう?」


「げげっ!?」


 アリーシャが固まった。

 三十年前の魔族の大敗戦の責任を感じ、クイーンの前ではずっと隠れていたアリーシャである。

 ついつい見えるところに出てきてしまった。


「ご心配なく。アリーシャサマのことはずっと見えてましたから」


 カーギィがメガネをクイクイやりながら、得意げに言った。

 魔法のメガネは嘘を見抜くのである。


「ひいー」


 アリーシャがルーザックの襟足を掴んで後ろに隠れる。

 ルーザックは髪を引っ張られて痛い。


「まあ、あんたを許しちゃいないけどね。あの時、あたしらはあんたにおんぶに抱っこだった。あたしらが考えて動きゃ、少しは違ってたかもしれないって、思ったのさ。ジュギィ達を見てたらね。だから水に流すわけじゃないが……まあ上手くやって行こうじゃないかい?」


「ひゃ、ひゃい」


 ひとまず、先代黒瞳王とゴブリンクイーンのわだかまりも、少しは解けたようである。


「そこで、早速向かうが、道案内とメンバーの補充が欲しい。誰が来てくれる?」


「せっかちな黒瞳王サマだねえ、まったく。カーギィとレルギィをつけるよ。アージェはあたしの跡継ぎだからね。万一のことがあっちゃ困る。だけど、この二人でも十分役立つはずさ。それから、ホブゴブリンを四人、ゴブリンを十人つけるよ」


 一気に大所帯になってきた。

 これでも、ゴブリンの巣から供出される戦力としては少ないものだが、ロード二名がいる時点で対応としては破格と言えよう。


「充分だ。無論、ゴブリンに被害が出ないように行動するつもりだ」


「期待しないでおくさね。さて、あんたが本当に単眼鬼を仲間に入れられるのか、楽しみにしているよ」


「期待していて欲しい。この案件、成功させてみせよう」


 かくしてルーザックは、鷹の右足ライトフット地方へと旅立つのであった。

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