第13話 ゴブリン遊撃隊、がんばる

 ジュギィは決心した。

 必ずや、黒瞳王様のお手伝いをし、この人間たちがホークウインドと呼ぶ大地に、ゴブリンの楽園を取り戻すのだと。

 そのためには何をすればいいのか?

 迷うことはない。

 彼女の手には、黒瞳王ルーザックが残してくれたマニュアルがあるのだ。


「えと……えと……」


 全編が絵で描かれていて、描くたびにルーザックが上達しているのが分かる。

 それでも、連続した絵を追ってストーリーを連想するという習慣がないゴブリンにとって、マニュアルは難解だ。


「ギギ?」


 部下のゴブリンが興味を持って覗き込んできた。

 ゴブリンの巣では許されない行為である。

 ゴブリンロードと、ゴブリンの地位の差は絶対だ。

 ゴブリンは、ロードに何か物を言う時ですら、ロードの許可を得なければならない。

 だが、ルーザックは少々違った。

 ゴブリンたちを集め、彼らの中の報告役を都度ごとに決定し、報告を受け取るシステムを作ったのである。

 ジュギィは、ホウレンソウと聞いていた。

 確かそういう名前の野菜があったような気がする。

 黒瞳王様はホウレンソウが好物なのだろうと彼女は解釈していた。


「ギッ!」


 とりあえず、マニュアルを解読しきれなくとも、黒瞳王様から口頭で習った知識と、訓練をした経験がある。

 ジュギィは指示を出した。

 彼女の命令に従い、ゴブリンたちは周囲に散らばる。

 それぞれの手には、粗末な槍を持っている。

 それでも、これはゴブリンの巣にいたころ使っていた槍より、幾分かましな作りをしたものだ。

 鹵獲ろかくした人間たちの槍を見て、見よう見まねで作ったのだ。

 鍛治技術が無いため、あくまで手作りのものではあるが、それでも槍はつる草で縛られるだけではなく、接着面の形を合わせた上で、粘着質の植物の樹液を複数種混ぜ合わせたものを繋ぎに用いている。

 柄となる木も、よりしなやかで折れにくいものに交換してある。

 そして先端には、毒草から抽出して、天日に晒して凝縮したものを、少しの水で戻した毒。


「!」


 ジュギィの耳がピクリと動いた。

 複数の馬が駆ける音が聞こえてきたのだ。

 彼女は開くと、人間の耳では聞き取れない、高い音を発した。

 応じて、ゴブリンたちが高周波を発する。

 これで、それぞれの配置を理解する。

 茂みは、この二ヶ月間をかけてゴブリンたちが育ててきた、繁殖力旺盛な草のもの。

 そして、ここは砦に向う最短ルートになっているのだ。

 馬は自然、茂みに近い場所を走ることになる。


「────!」


 ジュギィが命令を告げる。

 木に登ったゴブリンは、枝に結わえられたそれをナイフで切り離した。

 すると、道を駆け抜けようとした馬と、兵士たちの頭上から、骨になった馬の死体がぶら下がる。


「う、うわああー!!」


 先頭を走っていた兵士が驚愕した。

 馬もまた、驚き、いななきを上げながら前足を振り上げる。

 兵士たちの隊列が大きく乱れ、動きが停滞する。


「なんだ! 何事だ!」


「ガルト様、馬だ! 馬の骨が吊るされてる!!」


「馬の骨だとぉ!?」


 兵士たちの中では、最も上質な装備を身につけたものが前に出る。

 そんな彼の馬目掛けて、茂みから槍が突き出された。

 よく磨かれた、石槍の先端が、馬の脇腹を傷つける。

 馬が悲鳴を上げた。

 毒の種類は出血毒。血を止まらなくさせる類の毒である。

 さらに、神経を過敏に反応させ、激痛を与える。


「ぬうおっ!」 


 馬が跳ね、ガルトは振り落とされた。


「ガント様!」


 周囲の兵士が動揺する。

 だが、彼らも他人の事を気にしている余裕はなかった。

 次々と、馬の脇腹に、足に、石槍が刺さる。

 大したダメージはなく、毒が浸透しなくとも、激痛が馬を暴れさせる。

 ゴブリンたちは、暴れる馬に、執拗に石槍を突き立てるのだ。

 だが、流石に暴れ馬。

 そう何度も槍で突き刺せるわけではない。

 馬の抵抗によって、ついに槍の一本が折れた。

 宙に、石槍の穂先が飛ぶ。

 これを見た兵士が叫んだ。


「な、何かが馬を刺してやがった!! 何かいるぞ!!」


「ゴブリンだ! ゴブリンが茂みの中に潜んでる!」


 ジュギィは即座に判断した。


「────!!」


 撤退命令である。

 絶対に無理はするなとルーザックに言われている。

 既に、馬の何頭かは倒れ、泡を吹いて痙攣している。

 馬から振り落とされた兵士も、骨折や打ち身で動けなくなったものが数名。

 充分な戦果だ。

 ゴブリンたちは即座に、茂みの奥深く、森の中へと撤退した。

 彼らを追跡することは不可能。





「信じられん。あれがゴブリンの動きか!? 既に、何の気配も感じられん……!」


 砦を治める騎士爵、ガントは呆然として呟いた。

 彼方では、砦がもうもうと上げる黒煙が見えている。

 何者かが、砦を焼いたことは明白である。

 ガルトたち、砦の主力である者たちが、兵士の白骨死体の調査に出かけた矢先だ。

 急いで戻ろうとしたところを、出鼻をくじかれた。

 戦力も半減させられている。

 これでは、砦に戻ったところで、そこに待ち構える何者かと事を構えられるだろうか。


「一体、何が起こっているのだ? 突然、ゴブリンたちが組織だって行動をしたとでも言うのか。有能なゴブリンクイーンが出たということか?」


「ガルト様、ゴブリンどもは、ほとんど根絶やしにされたはずですが……。それに、俺らがあいつらを狩り立てた時も、泡を食って逃げるばかりでこんなこと……」


「見ろよ! ゴブリンどもの穂先だ! こりゃあ……なんだ!? 毒だあ……!」


「待てよ、この槍、妙に頑丈に作られてねえか?」


「ゴブリンたちが突然知恵を付けたと言うのか? ……仕方あるまい。怪我をしたものを、無事な馬に乗せよ! 近隣の村に避難する! 場合によっては、村そのものも引き払わねばならないだろう」


 騎士は、苦渋の決断を迫られることになったのである。




 少し離れた森の中。

 ゴブリンたちが集合していた。


「やった!」


 ジュギィが両の拳を天に突き上げる。

 集まったゴブリンたちも、一斉にバンザイをしてはしゃいだ。

 その数は、ジュギィを入れて僅か七人。

 欠けた者は一人もいない。

 たったこれだけのゴブリンで、数に勝る兵士たちを翻弄ほんろうした。

 しかも死者はゼロ。向こうは戦闘不能者もいる。

 大勝利である。


「ギール!」


「ジュギィ、ギール!」


 六名のゴブリンたちから、ジュギィを称えるコールが起こった。

 わーっと集まってきて、ジュギィを胴上げし始める。


「わーっ、わーっ、まだ! まだ早い! まだ! 黒瞳王サマ、戻ったら!」


「黒瞳王サマ」


「黒瞳王サマ……ギール!」


「ギール!」


「ジュギィ、黒瞳王サマ、ギール!」


 胴上げ続行である。


「わーっ、わーっ!」


 ジュギィが悲鳴を上げる。

 そこへ戻ってきたのが、黒衣に黒い魔剣の男、ルーザックである。

 ゴブリン四名とホブゴブリン二名を率いている。

 無論、こちらも欠員なし。


「胴上げしてる」


「黒瞳王サマ!」


 胴上げされながら、ジュギィがあるじに手を振った。


「やった! ジュギィ、みんな、一緒、やった! みんな死んでない! やった!」


「おおー!」


 ルーザック、目を見開いて声を上げた。

 いつもぼそぼそ喋るこの男としては、大変珍しい。


「よくやった。素晴らしい。正にギール。君たちはみんなギールだ!!」


 黒瞳王から投げかけられたねぎらいの言葉に、ゴブリンたちは一瞬戸惑い、少ししてからわーっと盛り上がる。


「ギール!」


「ギール!」


「ゴブリン、ギール!!」


 アリーシャはルーザックの肩にちょこんと座りながら、この様を眺めて笑った。


「すっごい。こんなテンション高いゴブリンたち、久々に見た! だって、勝ったんだもんね。これだけの数で、砦を相手にして!」


「ああ。これで、巣にいるクイーンとも交渉ができるだろう。これから、周辺地域から人間を追い出す。砦を落としたからゴールじゃない。ここからがスタートだぞ」


「そう言いながら、ルーちんプラモデル召喚してるじゃん。しばらくサボる気満々でしょ」


「余暇は大事だからな」


 ルーザックは笑いもせずにそう告げたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る