第8話 おかしな新人、働く
古戦場砦に、変わった新人がやって来た。
かの老剣豪ダンに気に入られ、弟子入りしたという男の名はルーザック。
無愛想というか、冗談の通じない、あまり面白くない男であった。
「よーし、いいぞ! 素振り、素振り、素振りだ! 百本やったら、この丸太に斬りつけてみろ」
「はっ!」
ダンが見守る横で、素振りを終えたルーザックが丸太に思い切り斬りつける。
剣豪は、その太刀筋に未熟なぶれを見た。
鈍い音がして、ルーザックの握っていた剣が丸太の表面に食い込み、半ばから折れる。
「……師匠、折れました」
「ああ、そうだな。力づくで振り抜くとそうなる。ただでさえ、砦に支給される剣はなまくらなんだ。剣の性質を知り、きっちりと型どおりに振り抜かなきゃ、そうなる。まだまだお前、力に頼ってるな?」
「仰る通りで」
素直に認めるルーザック。
「見てろ。振り下ろす一撃は、古式剣王流全ての基本だ。こいつをまず完璧にこなせ。……エェェェリャアッ!!」
それは、ルーザックと同様に丸太に刺さったかに思えた。
だが、剣筋がたどる軌跡が異なる。
ぶれず、美しい弧を描きながら空を走った切っ先は、丸太をまるで柔らかなパンであるかのように切り裂いていく。
「ふうーっ」
ダンが息を吐く。
剣は、丸太の下まで抜けていた。
「こんな剣で、丸太を切った……。お見事です師匠。これは剣王流の奥義でしょうか」
「剣に奥義なんてものはねえ。こいつは基本。磨き抜かれた基本の姿よ。だが、俺も衰えたなあ……。若い頃なら、こいつを真っ二つにしてただろうが」
丸太の半ばほどまで切り裂いた跡を触りながら、ダンは顔をしかめた。
だが、ルーザックはふむふむ、と頷くと、噛みしめるように発するではないか。
「基本を極めれば、これだけの技になる。含蓄のあるお言葉です。素晴らしいレクチャーを頂戴した」
そして、ルーザックは素振りに戻るのである。
正しい型を、剣王流の剣筋を身につけるために。
ひと月ほど経った時のことだ。
古戦場砦に、山を二つ超えた先に住む、ドルフ辺境伯の使いがやって来た。
脱走兵が出たとの報を聞き、その真偽を確かめにきたのだ。
同時に、古戦場砦に伝えるべき情報も携えて来たらしい。
使者は、砦責任者である
「遅くなった。鷹の目王陛下の命により、脱走兵の件を調べに参ったジュールと申す」
「ガルトだ」
共に、地位は騎士。
対等である。
辺境伯を後ろ盾とするジュールが、立場的には強い。
だがこの男、権威を笠に着る気は無いようだった。
「詮索するわけではないが、調査にしても随分と遅かったのだな」
「ああ、実は理由があってな。この鷹の尾羽は、ドルフ様のおわす
「確かに……。時折、近隣の村にやってくる商人くらいしか、情報を得る手段はない。私が王都へ参勤する時期となれば別だが……」
「それよ。王都は今、みどもが持ってきた話題で持ち切りなのだ。じき、ホークウインド全土に話が広がるであろうよ」
「それほど規模が大きな話とは、さて……?」
ガントは首を傾げた。
既に二人の話題は、脱走兵の話ではなくなっている。
鷹の尾羽は、その先に森と山、そして海しかない辺境も辺境。どんな国とも接しておらず、さらには砦に重要な機密というものもない。
ただ、鷹の目王ショーマスが最後に戦った史跡を象徴するために作られたような、そんな砦だった。
ゆえ、平和が三十年も続けば、こんな砦にやってくる兵士など、質もたかが知れるようになる。
三名まとめての脱走は珍しいが、一人や二人であれば、退屈に飽いて逃げ出す兵士もいるのだった。
そして、これを咎める者もない。
一応、この砦の管理をショーマスから委託されているのが、騎士爵のガルトであり、最も近い土地に住む辺境伯ドルフが、王都から依頼を受けて砦の監察などを行うのが常だった。
ジュールはキョロキョロと辺りを見回す。
魔法や何かで、覗き見、聞き耳をしているものは無いかと探したのだ。
だが、彼は魔法の素養を持つわけではないので、見つかるはずもない。
「ふう……。では」
話し始めたところ、突然扉がノックされたので、ジュールは飛び上がるほど驚いた。
「な、な、なんだ!」
「失礼します。ガルト様の執務室を掃除する時間なので」
顔を出したのは、屋内だというのに深く帽子を被った男だった。
「おお、ルーザック。もうそんな時間か。だが、今日は良い。ドルフ辺境伯の元から使者殿が来ているのだ」
「はあ、なるほど。これは失礼しました」
失礼しましたと言いながら、扉を半開きにした向こうで、ルーザックという男はぬぼーっと突っ立っている。
なんだ、この男は、とジュールは
そして、じっとルーザックを見ていると、彼の肩からヒョコッと、小さな女が顔を出してこっちを見たではないか。
「!?」
今度こそ、ジュールは文字通り飛び上がって驚いた。
「な、な、なんだそれは! 何かおるぞ!!」
「あっ、これは人形です」
ルーザックが、頭身の低い女をかたどった人形を掴み、ぶらーんとぶら下げた。
「後で覚えてろよルーちん!!」
「!? 何か人形が喋らなかったか!?」
「気のせいです」
「そ、そうか……。だが、男のくせに、そんな黒髪の気味が悪い人形など……。趣味が悪いぞ。行ってよし」
「はっ」
ルーザックは応じながら、扉を閉じていく。
その肩に飛び乗った人形が、ジュールの後頭部に向かってアッカンベーをしているのだが、当然のことながら見えていない。
「変わった兵士がいるな……」
「ああ。だがあれでよく働いてくれる。砦の隅々まで掃除をして、馬の世話まで手がけてくれるのだ。書類仕事にも強くてな。私はよく手伝ってもらう」
「読み書きができるのか! それは大したものだな……」
一介の兵士が読み書きできると言う状況は、そうそう無い。
そのような教育を受けたものは、兵士になどならないからだ。
と、ルーザックの話題の途中で、ジュールは話そうとしていた事柄を思い出した。
「おっと、話が逸れてしまったな。実は、みどもはお主に情報を伝えに来た。場合によっては、ここから兵士を連れて行くことになるかも知れん」
「兵士を……。ということは、まさか、起こったのか」
「そうだ。まだ起こってはいないが、近々戦争が始まる。よもや、人と人が争う時代が来るとはな。魔導王と鋼鉄王の関係は、今や最悪だ。グリフォンスとゴーレムランドは、全面戦争になるかも知れんな」
「なんと……!」
時代は、大きく動こうとしていた。
それを扉に耳をつけて聞いていたのが、ルーザックと肩に乗った人形、先代黒瞳王のアリーシャである。
「うわーっ、戦争だって。聞いた? ルーちん」
「聞いた。これはなかなか……」
「大変なことになったねー」
「都合のいいことになって来た」
「はあ?」
「何のために、砦に一ヶ月以上潜伏していると思っている。俺自らが技を盗み、砦を調べ、攻略の手立てを探す。さらには、こうして世界情勢まで耳にすることが出来た。
「はあー。何のためにいきなり兵士のふりして、砦に就職したかと思ったら。働くねー」
「率先垂範とはこうやるのだ」
「あー、またルーちんがワカンネーこと言ってる」
二人は小声で会話しながら、次なる仕事へと向かっていくのである。
誰も、砦の中でせっせと働く、魔王の存在には気づかない。
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