第6話 見学、盗賊王の軍勢
「敵を知らねばならないな。私は盗賊王の兵士を見に行くが、ついてくる者はあるか」
指導者らしくするにはまず形からと、一人称を改めたルーザック。
彼が宣言すると、ゴブリンたち全員が手を上げた。
かくして、集団行動を行うことになったのである。
ルーザックにとっては、ディオコスモに来て初めての人間の里。
彼は、まだ自分は人間であるような気がしているため、どこか気楽な気持ちの見学だった。
行動を起こす時間帯は、早朝。
「ゴブリン、光を浴びる。食べる、少なくて済む」
「光合成のようだ」
ジュギィの言葉を受けて、感心するルーザック。
人間の姿が無いことを確認し、日差しの下に出たゴブリンたちは、ルーザックの感想通りに光をいっぱいに浴び始める。
「道理で肌が緑色……」
ジュギィが地面に寝そべり、陽光を受けて気持ち良さそうに身じろぎする。
ルーザックはこれを見て考えた。
郷に入らば郷に従えと言うではないか。
彼もまた、大真面目な顔をしてジュギィの隣に、仰向けに寝た。
手足を揃えて不動の姿勢である。
「ちょっ、あんた、何やって、ぶふっ」
これに対して、ルーザックはあくまで真剣である。
「共に光合成をしなければ、ゴブリンの気持ちは分かるまい。彼らの視点に立って、今後の問題点をあぶりだすためには、現場感覚が重要なんだ」
言っていることは分かる。
だが、アリーシャにとって、ルーザックの姿勢はそれを通り越して面白すぎるものであったらしい。
しばらく、小さな先代黒瞳王はげらげらと笑い転げた。
どれだけ、そのようにして日向ぼっこしていたことであろうか。
ゴブリンのうちの一人が起き上がった。
「ギッ」
「分かった」
ジュギィが何か報告を受けたようで、起き上がる。
彼女は、未だ真面目な顔をして寝そべるルーザックに
「人間、来る。馬、乗ってる。盗賊王の兵士。強い」
「報告ご苦労。では隠れるぞ」
ルーザックの命令に、ゴブリンは一斉に動き出した。
茂みの中に潜んで体勢を低くすると、ゴブリンの肌色は木々に混じって外からは見えづらくなる。
ルーザックの黒いスーツも、闇に溶け込んでいる。
彼らは息を殺し、敵の到着を待った。
ややもすると、馬が駆ける音が聞こえてくる。
「そら、逃げろ逃げろ!」
「ははは! 遅いぞ! ゴブリンってのはそんなに足が遅いのか!?」
声から察するに、ゴブリンを追っているようだ。
必死に逃げるゴブリンが一人。
後ろには、馬に乗った軽装の兵士たち。手には細い槍を持っていた。
「ギィーッ」
逃げようとするゴブリンは、そろそろ限界のようだ。
緑の頭を青黒くして、ぜいぜいと喘いでいる。
時折、兵士たちからは狙いの甘い投石や、投げ縄が飛ぶ。
ゴブリンはこれを背中に受け、悲鳴を上げながら逃げるのだ。
「おいおい、もうダメなのか? せっかく見つけたゴブリンだ! もう少し楽しませてくれよ!」
「俺たちもな、敵がいなくなって腕が鈍ってるんだ! あーあ、三十年前の戦争、俺がもっと早く生まれてりゃ参加できたのになあ」
「おーい、そろそろ時間だ。さっさと仕留めて戻るぞ」
兵士たちが、槍を構えた。
この追いかけっこを終わらせるつもりなのである。
「馬に対して効果的な攻撃の手段は?」
ルーザックが囁き声で尋ねる。
ジュギィはこれに、「ロープ。足を引っ掛ける。置き石、簡単な罠、転ばせる。矢、弱い。馬、鎧、刺さらない」簡略だが、的確な返答。
「敵の伏兵はいるか?」
「馬の音、三つ。人間、三人だけ。隠れてたら分からない。ごめん……」
「いや、充分だ。ではデータを取りに行こう。援護を頼む。通じなくていいから、矢を射掛けてくれ」
ルーザックは打って出る事を宣言した。
この言葉に、ジュギィは、そして他のゴブリンたちは驚きを覚える。
ゴブリンは社会的な生き物だ。
同じ群れのゴブリンをいたわり、守る気持ちを持っている。
だが、そのゴブリンを助けることで、群れ全体がより大きな危険に
彼らは、危地にある同胞を、容易く見捨てる。
だからこそ、この状況でゴブリンを救うような動きをするルーザックは、信じられない存在だった。
裏を返せば、彼らゴブリンは、人間に負け、狩られることに慣れてしまっていたと言えよう。
「現地スタッフの信頼を得なければ、俺のプロジェクトの第一歩目も踏み出せまい」
「ルーちん、プロジェクトって?」
「魔神から請け負った俺の仕事だ。大目標は世界征服。中目標は盗賊王の撃破。そして小目標は、目の前のゴブリンの救出」
「いいね!」
ルーザックが、わざと大きく茂みを揺らしながら現れる。
これを見て、ゴブリンは驚愕して足をもつれさせ、転倒した。
だが、もっと驚いたのは兵士たちである。
慌てて馬を制したので、馬は
そこへ、ゴブリンたちの矢が飛ぶ。
十三名のゴブリンである。
大した数の矢ではない。
だが、兵士たちはゴブリンに伏兵が存在すると認識した。
そのうちの一人は、馬から転げ落ちる。
「な、なんだと!! 何だ、お前は!」
そして剣を構え、一瞬考える。
(殺人は……いいのだろうか。そもそも人を殺すことが罪とされるのは、これを許可することで共同体の維持が困難になるからで……俺はそもそも人の側ではないので、ならば人を殺しても罪にはならない、と。よし、理論武装完了)
一瞬で自分を納得させ、魔剣を倒れた兵士に振り下ろした。
剣の素人であるルーザックが、倒れた兵とは言え、そう簡単に切り裂けるものではない。
ということで、剣の重量を遣って頭部を殴打することにする。
魔王となった彼の
これらが合わさった結果、兵士の首は哀れ、音を立ててへし折れた。
ルーザックは立ち止まらず、そのまま通過して振り返った。
「お、お前はーっ!!」
残る二名の兵士から、再びの誰何。
「黒瞳王ルーザックだ。ホブゴブリン、奴らを落とせ」
命令と共に、ルーザックは走った。
「ギギィッ!」
茂みから、二人のホブゴブリンが飛び出した。
手にした槍を、突き出し、馬上の兵士を狙う。
兵士たちはそれに反応しようとするが、背後からはルーザック駆け寄ってくる。
さらに、まだゴブリンの矢は放たれてくる。
兵士たちに、意識の集中を許さない。
「くそっ、くそおーっ!!」
兵士が槍を振り回し、周囲を牽制した。
ホブゴブリンはこれに武器を弾かれ、後退する。
その瞬間、腰溜めに剣を構えたルーザックが、馬の尻目掛けて突撃した。
馬は反射的に、後足で彼を蹴り飛ばそうとする。
その足を真っ向から切り裂き、剣は尻に突き刺さった。
馬が嘶く。
「うおおあっ!」
馬が倒れ、兵士も地に落ちた。
「く、くそっ!」
残る兵士は、逃げようと手綱を操る。
「ふんっ!」
そこを目掛けて、ルーザックは拾った石を投げつけた。
素人の投擲だ。当たるものではない。
そもそも、投擲のフォームができていない。
石は兵士を狙ったがそこまで届かず、馬の腹に当たった。
鈍い音がする。
ノーコンでも、魔王の力で投げられた石である。
痛みのあまり、馬が跳ね上がった。
「うわあっ!?」
兵士はこれを御しきれない。
そこに、ホブゴブリンが襲い掛かった。
槍の一本が馬を刺し貫く。
もう一本は、兵士の革鎧を貫通し、脇腹に。
この隙に、ルーザックは剣をゆっくりと馬から引き抜き、落馬した兵士の足に振り下ろす。
「ぐおおっ」
折れる音がした。
これで彼は逃げられない。
次に、ルーザックはホブゴブリンたちが足止めしている兵士に向かう。
「情報を得る口は一つある。無事な馬も一頭いる。……あとはいらないな」
事務的に判断した。
馬は引き倒され、兵士は首を折られた。
後は、何もかも、森の中に引きずり込むだけである。
「尋問は私がやろう。君たちは兵士の死体から、鎧と衣服を剥ぎ取っておいてくれ。武器はこちらで使うから、壊さずに並べておくこと」
「分かった」
ジュギィはうんうんと頷いた。
「黒瞳王様、ギール」
彼女は小さい声で、小さくバンザイをする。
これに、ゴブリンたちも
「よせやい」
ルーザックが照れる。
褒められ慣れていない。
「いやいや、ルーちん大したもんだよ。ヨロイボアといい、こいつら兵士といい、なんでそう肝っ玉据わってるの」
「うむ。いいか。俺は今責任者なのだ。つまり、労働に対する裁量権と部下の人事権を持っている。これまで俺が見てきた、ダメな上司たちはこれを持ちながら、責任回避と部下への仕事の押し付けをするのだ。そんな上司があるか? いや、ない。俺は、もっとこう、背中を見せられる上司になって、あいつらが間違っていたことを体現したいんだ」
「ゴメン、言ってる意味わかんない」
JKには理解されなかった。
だが、ルーザックはそんなことではめげない。
兵士に対して尋問を開始した。
「訊きたいことがある」
「お、お前が黒瞳王だと!? 三十年前にショーマス陛下が退治したはずだ!! その名を名乗る賊か! どうして、ゴブリンなどとつるんでいる! お前は……」
「うーん」
ルーザックは難しい顔をした。
「これでは尋問できない。なんとかならないか、アリーシャ、ジュギィ」
「あ、それならね、気持ちよくなっちゃうキノコがこの辺に生えてるから、それを使って……」
「理性を麻痺させて情報を引き出すんだな。いいぞ。ちょっと記憶しておこう。そのうち、尋問マニュアルを作らないとな。紙が必要だ……」
やがて、採取されてきたキノコで気持ちよくなった兵士。
彼が所属する組織の情報を、洗いざらい引き出されるのであった。
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