第4話 ゴブリンの姫

「ひょえーっ」


 悲鳴を上げながら、アリーシャが降って来た。

 ミニサイズの彼女を、しっかりと受け止めたのは小人の女だ。

 手のひらにアリーシャを載せて、まじまじと見る。


「……黒い、目。小さい黒瞳王こくどうおうサマ?」


「いちち、お尻打った……。あんがとねー。そーよ、あたしは小さくなっちゃった先代の黒瞳王よー。アリーシャっつーの」


「アリーシャ……! 母サマと共に戦った黒瞳王サマの名前!」


「その残りかすみたいな?」


「アリーシャサマは黒瞳王サマ。あっちも、黒瞳王サマ?」


 小人の女は、その鮮やかなエメラルドグリーンの瞳で、ルーザックを見つめている。


「そ。あれが最後の黒瞳王。あんたたちと、あたしの最後の希望。八代目黒瞳王ルーザックよ」


「ルーザックサマ……!」


 アリーシャの言葉を聞き、小人たちは集まってきた。

 そしてルーザックの前で、みなひざまずく。


「黒瞳王サマ!」


「ルーザックサマ!」


「ふむ……君たちが現地スタッフということだな」


 視界いっぱいに、緑の小人たちが跪く光景の中、ルーザックは納得したようである。


「諸君、顔を上げたまえ。私と諸君では役職は違うが、地位が異なるわけではない。つまり仕事の上では責任者だが人間としてはパートナー……」


「ルーザックちょいちょい! そうじゃないっつーの! 一応ちゃんと地位があっから!」


「えっ、この職務には地位がついてくるのか……?」


 戸惑うルーザック。

 アリーシャはフンスと鼻息を漏らしながら、状況の説明を始める。


「あのね、あたしらは魔王なの。魔神が遣わした神の使徒なのよ。魔族たちを教え導くっつーの? だから、カンペキにあたしらの方が偉いの。ま、あたしはダチみたいな感覚でいたけど。

 あと、こいつらゴブリンっつって、上の奴にフクジューする種族なのね。だから命令出せる偉い奴が絶対いるの! だから偉いっつって! ほら、みんな困った顔してる!」


 アリーシャの言うとおりだった。

 ゴブリンたちは、ルーザックの偉くないよ宣言に、困惑しているのだ。

 立ち上がったらいいのか、このまま跪けばいいのか分からない。


「なるほど……。郷に入らば郷に従えと言うな。ここは日本とは若干業務のシステムが違うのだろう。分かった。諸君、私が君たちの王だ。黙って私についてこい」


 ルーザックは態度を一変、偉そうに胸を張った。

 すると、ゴブリンたちが一斉に、そうだよな、やっぱそうだよな、という雰囲気を纏った。

 彼らはワーッと立ち上がり、


「ギール!」


「黒瞳王サマ、ギール!」


「ルーザックサマ、ギール!」


 と叫び始めた。


「アリーシャ、ギールって?」


「ゴブリンたちの言葉で、バンザイっつー意味。これ、ルーザックがこいつらの前でヨロイボアやっつけたのも効いたねー。あたしがいた時は、受け入れてもらうまでちょっとかかったもん。ラッキーだったねー」


「ああ。現地スタッフとのコミュニケーションが円滑に進むのはいいことだ。俺は人と打ち解けるのが大変苦手でな」


「だと思ったわー。ほい、んじゃ、ルーザックがあんたたちを助けるからさ。色々どうなってるか教えて? えっと」


 アリーシャが、ゴブリンの女に言葉をかけようとして考え込んだ。

 名前をまだ聞いてない。


「ジュギィ。ダブルタスクの部族、末の姫ジュギィ」


「ジュギィね。やっぱ、戦場に女の子が出てくるってことはお姫様かー」


「どういうことだ? 説明を」


 アリーシャはルーザックにみなまで言わせない。


「行ってみりゃ分かるっしょ! ほらほら、ジュギィあたしらを案内して! 多分、巣に行けば知り合いも残ってっかも」


「確かに、現場の空気を感じることが一番だな。俺も昨日までは、仕事の合間を縫って現場まで足を運んだものだ。店舗のスタッフからはまるで不快害虫が来たような扱いをされたが」


「あー、そうだろうねー。ルーザックはそうだろうねー」


 アリーシャが浮かべる生暖かい微笑の意味が、ルーザックには分からないのだった。




 ゴブリンたちの巣というものは、遠くから見ると土で固められた塔のように見える。

 これによく似たものを、ルーザックは見たことがあった。

 蟻塚だ。

 現物を見たのではなく、写真や映像という形だったが。


 近づくに連れて、周囲にゴブリンたちの数が増えていく。

 最初に合流した集団が二十人弱だった。だが、今はもう、数えることもできないほどたくさんのゴブリンたち。

 誰もが、ルーザックの来訪を歓迎していた。


「ゴブリンたちね、聞こえないくらい、すっごく高い声を出して遠くの仲間に伝えるのね。だから、スマホ使ってるみたいに話が遠くまで通じたりすんの。あたしにはあんま聞こえないんだけど」


「高周波か。コウモリやイルカみたいなものだろうか」


 言われてみると、周囲を歩くゴブリンたちは、時折顔をやや上に上げ、大きく口を開ける。

 あくびかと思っていたのだが、どうやらあれが、高周波を発して会話している姿らしい。

 ルーザックはゴブリンの生態について、一つ賢くなった。


「あたしら黒瞳王は、何も光がなくても見通せる目があるの。でも、他の魔族はそうはいかないから、ニオイとか、星明かりでも見えるくらい瞳孔開いたりとか。ゴブリンは音なんよ」


「音、出す。ジュギィ命令うまい。伝わるゴブリン、言うことをきく」


「ほう、それは戦場でも遠くまで届くよう、命令を出すことができるということか?」


「そう」


「使えるな」


 戦場において、敵には聞こえない声で命令の伝達ができるということは、大きなアドバンテージとなるだろう。

 臨機応変な戦術、偵察に行った者からの迅速な情報の伝達。

 数え上げればきりが無いほどだ。

 ゴブリンは、先程の戦いを見る限り、肉体的には決して強いとは言えないが、優れた能力を持っていると言える。

 ここでルーザックの脳裏に浮かぶのは、疑問である。


「なら、なぜ負けた?」


「それは……」


 ゴブリンの巣の入り口が見えてきた頃合いである。

 アリーシャはルーザックに問われ、言い淀んだ。


「あたし、戦争とかよく分かんなくてさ……。だから、悪いのはあたしで」


「責任者は責任を取るのが仕事だが、それだけでは片手落ちだ。原因を究明し、失敗した理由を明らかにする。トライ&エラー。そして正解をマニュアル化することで」


 巣に踏み込む。

 固められた土が、ルーザックの靴底を受け止めて、硬質な音を立てた。


「勝つ」


 格好をつけてゴブリンの巣へと入ったルーザックだったが、そんな彼を迎えたのは、三人の緑の肌をした女だった。


「あら! こちらが新しい黒瞳王サマ?」


「本物の黒瞳王サマ初めて見るわあ。ママの話だと、女の子じゃなかったの?」


「先代サマは死んじゃったそうじゃない。代替わりすると性別が変わるのよきっと」


 いきなりかしましい。


「むっ」


 ルーザックはフリーズした。

 女性とは、時に自由奔放に振る舞う存在である。

 先を読むことができない、そんな彼女たちが、ルーザックは極めて苦手だった。


「ジュギィが案内してきたのね。成人前だっていうのに、もう男を見る目があるのねえ」


「生き残れば、次の女王になれるかもよ?」


「ジュギィ、女王ならない」


「強がっちゃって。成人すれば、頭の中身もゴブリンロードらしくなるから、そうなれば考え方も変わるかもしれないわね?」


 三人の女はどうやらゴブリンらしい。

 ゴブリンの体格は、ルーザックの腰辺りまでしかない。

 だが、女たちは彼が知る、地球の成人女性と変わらない。肌の色や耳の形はゴブリンであるものの、言動や仕草も人間に近いではないか。


「これはどういうことだ……」


 脂汗を浮かべながら呻くルーザックに、アリーシャが説明した。


「この人たちはねー、ゴブリンロードっつって、クイーン候補ね。ゴブリン、クイーンを一番上にして、キング、キングとクイーンの子どものロード、それからソルジャーのホブゴブリンがいて、他は全部ゴブリンなんよ」


「なんと……。まるでアリかハチだな」


「あーあー! 近いかも! あたし気づかなかったわー」


 あっはっは、と耳元で笑うアリーシャ。

 小さいくせに声は大きい。


「んじゃ、黒瞳王サマついてきて。ママのところに案内するから」


 気がつくと女たちに囲まれ、前にも後ろにも行けぬルーザック。

 すっかり静かになり、クイーンの元へと連行されていくのだった。

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