第3話 JK魔王の基礎講座
「んじゃー、森の中歩きながら説明すんね」
ルーザックの肩に腰掛けたまま、足をばたばたさせるアリーシャ。
「この世界はね、ディオコスモっつって、いわゆるゲームみたいな? 世界で?」
「何故疑問系……!」
「いやー、あたしゲームで、こーゆうファンタジーの遊ぶけど、シナリオはスキップしちゃうからさー。だから魔神さんと、みんなからの受け売りなんよ。こういうの、ルーちんの方が詳しくない?」
「ルーちん……! いや、俺の専門はFPSとロボットアクションゲームだ。体は闘争を求める系の」
「ほー。……えふぴーえす?」
ルーザックは、このJK上司に、FPSとロボットアクションゲームを説明することになった。
ちょっと難しい用語が入ると、アリーシャは考えるのをやめるので、噛み砕いて伝えるのが実に難しい。
ちなみに、ルーザックはこれらのゲームが好きだが、下手である。
次にどうすればいいか、思考はできるのだが、体がついていかない。
プラモ同様、下手の横好きだった。
「ゲームの話はいいから、ディオコスモの話をもう少し」
「あっ、そだったね! あのねー、ディオコスモっつー世界は、七王っつーのが支配してて、あたしら魔族と戦争してんのね。でも、あたしら負けっぱなしなの。で、あたしも負けちゃった。こう、みんな期待してくれて、喜んで協力してくれたんだけどねー……。うあー、面目ない。自己嫌悪ー」
肩の上でアリーシャがのた打ち回った。
「アリーシャの頭の中だけで完結しないで欲しい。詳しく説明を求める」
ルーザックに、相手を
本当にどうして突然アリーシャが苦しみだしたのか、全く分からないだけなのだ。
「うん……。あのね、今ちょっと広いとこ来たっしょ。ここね、三十年前に大きな戦いがあったとこなんだけど……」
確かに、森が開けた空間に出た。
かなり広大なスペースだというのに、ここだけ、草の一本も生えていない。
「ここであたしは殺されたんだわ」
「ああ、なるほど……」
直接表現されて、流石にルーザックも理解した。
「で、ここいらは、あたしを殺した七王の支配してるテリトリーなんよ。盗賊王ショーマスつって、えげつねー奴なの。そいつが、あたしらの敵」
「ショーマス。盗賊か。理解した」
ルーザックは噛み締めるように呟く。
事実、アリーシャから教えられた知識は、まるで印字されるように、ルーザックの記憶に刻み込まれて行っていた。
ルーザック本人としては、ちょっと物覚えがよくなったかな、という感覚なのだが。
「他にね、あたしの仲間たちもいっぱいここに眠ってる。あのさ、ゴブリンっつー人達なんだけど、これがちょっと変わっててね?」
「ゴブリン? それは個人か、団体か。それとも組織名か……?」
「ええっと、しゅ、ぞく?」
「種族?」
生きたマニュアルことアリーシャから、知識を引き出すことはかくも難しい。
これだからOJTはいかんのだ、とルーザックは内心嘆息した。いや、むしろ現状は、OJTですらないのかもしれない。
「んでね」
アリーシャが話を続けようとした、その時。
ルーザックが向おうとしていた側の茂みが、がさがさと揺れた。
そして、大きな体を持つ獣が飛び出してくる。
猪だ。
目を血走らせ、まるで針のような体毛を逆立てている。
「ぶもおおおおお!!」
猪は、高らかに咆哮を上げた。
「あっ、なつかしー。ヨロイボアだ」
「ヨロイボア? 見たことがない動物だが」
「あー、違う違う、モンスター。んでね、あれが人を食べるのよ」
「ほう、人を食うのか、人を……。 な、なんだってぇ!?」
「
「むむっ」
そうだった、とルーザックは思い出す。
以前の自分ではない。
どうやら、黒瞳王なる存在に生まれ変わったらしい自分なのだ。
それに、特殊な力をもらっている。
今はその力を見せるときだ。
「よし、来い、プラモ!!」
ルーザックは叫び、手をかざした。
その手が輝きを放ち、ヨロイボアがひるむ。
アリーシャも、「うわっ、まぶしっ」と叫びながら目を覆った。
やがて光が収まる。
すると、ルーザックの手にはかっこいいロボットの絵がプリントされた箱が出現していた。
「これは……積みプラモしていた俺のライガーⅡ……!!」
「ほ、ほえー。召喚魔法!? やるじゃんルーちん!! んで、それでどうすんの!?」
「プラモを作るのだ。そうするとな。心が落ち着く」
「……ん?」
「プラモを作ると心が落ちつ」
「そっ、そーじゃないでしょーっ!! 何だそれ!? 何だそれ!? 特別ななんかじゃなくて、オモチャを召喚したのーっ!?」
「玩具ではない。プラモと言ってだな。この
「ぶもおおおおおおお!!」
知ったことかとばかりに、ヨロイボアが襲い掛かってくる。
「うーわー」
ルーザックは逃げた。
とりあえず、横に逃げた。
猪は急に曲がれないという知識があったからである。
だが、以前の隆作であれば、いきなり走り出そうとしても体がついてこなかったことであろう。
結果として、ヨロイボアに体当たりされ、ご飯になってしまっていたはずだ。
「ぶもおっ!?」
ヨロイボアの視界から、ルーザックの姿が消えた。
凄まじい速度で、真横に逃げたのである。
「これは……! 俺が思い描いた動きを、完全に再現できるぞ!」
「そうそう! 黒瞳王になると、体が強化されてるからね! ほら、反撃! ヨロイボア、完全にルーちゃんのこと見失ってるよ!」
「良かろう、反撃だな。で、何をどうすればいいんだ」
「……はい?」
「俺は剣を持っているが、振り回したことがない。FPSをやっていたから銃なら分かるんだが。なので、剣の振り方と言うものを教えてくれ」
FPSでだって、銃の撃ち方が分かるわけではない。
「こっ」
アリーシャの顔が真っ赤になった。
羞恥ではない。怒ったのだ。
「このマニュアル男ーっ!」
その大声が、ヨロイボアを引き寄せることになった。
モンスターはギロリと二人を確認すると、再び地面を蹴って加速してくる。
血走った目が、今度は逃がさないと伝えているかのようだ。
「うーわー」
またルーザックは真横に逃げた。
肝が据わっているのか、おばかなのか、動揺はしていないようだ。
また、的確にヨロイボアの攻撃を回避する。
しかもさっきよりもギリギリまで引き付けて回避するという、余裕っぷりだ。
「逃げるのだけは上手いんだけどねえ。ルーちゃん、攻めないといつまでも避け続けることになるよ?」
「それは困る。攻撃の方法を……」
そこで、森から突如、「ギギィッ」という叫び声が響いた。
「あれは!」
声を聞いたアリーシャが、そちらを振り返る。
彼女の視線の先には森があり、そこに、幾つもの目が輝いていた。
そして、茂みから放たれるのは、無数の矢だ。
狙いはヨロイボア。
ひょろひょろと飛んだ矢が、モンスターの背中に当たる。
だが、針のような硬い体毛を抜けるほどではない。むしろ、相手の注意を惹いただけである。
「粗末な矢だな。あれで狩れると思っているのか?」
「違うって! あれ、あいつらって!」
アリーシャが、ルーザックの頬をぺちぺち叩く。
何かを伝えようとしているのだ。
だが、興奮のあまり、元から語彙が豊かではないアリーシャは上手く言えないでいる。
その間に、ヨロイボアは方向転換した。
さきほど攻撃をしてきた、茂みに潜む何者かに突撃を始めようとする。
これを迎え撃とうと、茂みからはわらわらと小さな人影が現れた。
緑の肌をした醜い小人で、裸同然の格好。
手には、粗末な槍を持っている。
「ギィッ!」
彼らは声を発し、モンスターを威嚇する。
これを見て、アリーシャは完全に何かを理解したらしい。
ルーザックの肩口から、びしっと小人たちを指差す。
「とにかくあいつら、味方だから! 助けて!」
「なるほど、分かりやすい指示だ。了解した」
ルーザックが魔剣を構える。
魔神から、『とても丈夫』と、頑丈さだけには太鼓判を押された剣である。
そして、ヨロイボアの突撃が始まるより早く、彼は走り出す。
剣を脇に構え、両手で持って、体重をかけた突撃。
技量も何もない。
だが、当てやすい攻撃。
並の人間であれば、ヨロイボアが突進を始めるまでに間に合わなかっただろう。
だが、曲がりなりにも魔王の肉体を得たルーザックである。
一瞬でヨロイボアの尻に到達し、魔剣はモンスターの後ろからこれを貫いていく。
「ぶもおおおおっ!?」
ヨロイボアが悲鳴をあげた。
高い硬度を持つはずの体毛が、紙のように切り裂かれ、貫かれ、強靭な筋肉をもやすやすと掻き分けて、魔剣が体を貫いたのだ。
「おうふ。ひどい感触だ」
ルーザックが顔をしかめた。
「そしてひどい臭いだ」
剣で貫いた跡から、血が噴き出す。
ルーザックは剣を抜きながら距離をとった。
ヨロイボアはふらふらと歩こうとし、だが四肢に力が入らず、崩れ落ちる。
すると、小人たちがワーッとモンスターに群がってくる。
「エモノ! エモノ!」
「エモノエモノエモノ!」
「メシ!」
わーっと歓声が上がった。
手にした槍や石斧で、みんな滅多やたらにヨロイボアを殴る。
効いてない。
「ぶもおっ!」
ヨロイボアが大きく鳴き、頭を振った。
すると、小人たちは驚き、うわーっと一斉に逃げる。
「君たちの武器では、こいつに通じないようだ。俺がやろう。どこを攻撃すればいいか教えてくれ」
ルーザックは彼らに話かける。
すると、距離をとっていた小人たち、ルーザックの姿を見るや否や、目を見開いて文字通り飛び上がった。
「黒瞳王サマ!?」
「新しい黒瞳王サマ!」
「女王サマに伝える!!」
「いや、そうじゃない。このヨロイボアの倒し方を」
「ぶも、もおっ!」
わいわい騒ぐ小人たち。ルーザックは情報が得られないので、指示待ち状態で棒立ちである。
その隙に、タフな魔物が起き上がろうとしてきた。
すると、小人たちの背後から、影が飛び出してきた。
それは、他の小人たちとは違う。
やや人間に近い顔かたちをした、女の小人だ。
「ヨロイボア!! 目と目の間狙う!! そこ、骨の合わせ目!」
「よし来た」
体勢を立て直し、今にも飛び掛ろうとするヨロイボアに、ルーザックは向き直った。
冷静に、モンスターの正面に立ち、狙いをつける。
ヨロイボアが立ち上がる。
最後の力を振り絞り、目の前に立った存在を蹴散らすべく、満身に力をこめる。
だが、ルーザックは動揺しない。
冷静にモンスターの目と目の合わせ目を見て、切っ先をそこへ向け。
「ぶもおおおおおっ!!」
「ふんっ!!」
突撃と同時に、ルーザックも突撃した。
双方の勢いが合わさり、凄まじい勢いでの衝突が起こる。
「きゃーっ」
アリーシャが吹き飛ばされた。
「ギーッ!」
小人たちも悲鳴を上げる。
響き渡ったのは、肉と肉がぶつかり合ったとは思えぬ、硬質な音。
それは、ルーザックの黒い魔剣が、ヨロイボアの眉間を割った音だった。
骨の合わせ目から、剣は正確に頭蓋骨を二つに断ち、そのままモンスターの胴体を抜き、背骨を割り、まっすぐに突き進む。
ルーザックは、歩みを止めなかった。
襲い掛かる猛烈な勢いに抗い、直進する。
眉間を割る。
そのオーダーを達成するべく、機械の如き正確さで歩む。
やがて……。
「ヨロイボア……二つになった」
小人の女が、呆然とつぶやいた。
巨体を、正確に両断されたヨロイボアの後方に、黒いスーツの男が立っている。
彼の体には、一滴の返り血もついてはいない。
「そう、正しいやり方が分かれば、失敗はしないのだ」
黒瞳王ルーザックは、満足げに呟いた。
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