第180話 車内密談

 会談も終わりに近づき、俺はずっと気になってた疑問をぶつけてみた。


「前から気になっていたんですけど」

「ふむ。そろそろ時間だ。すまないがその質問で最後にしてもらおうか」

「はい。……あの、三ツ矢女学院はどうして戦力を集めたがるんですか?」


 その質問は核心を突いたらしい。今まで流れるように執務をこなしながら答えていたのに、一瞬動きが止まった。


「君はここまでどうやって来たのかな?」

「え? えーと、飛んできました……」

「そうか。では、車で移動するのは構わないかね?」

「ええ、それは構いませんけど」

「そうか。なら移動しよう」

「え?」

「質問の答えを聞きたいのだろう?」

「あ、はい!」


 執務室を出て玄関に向かう。と、家政婦さんが待機していた。


「お客様をお送りします」

「いや、いい。もう少し時間が欲しいようなのでね、一緒に向かうことにした」

「畏まりました」

 

 車は黒塗りのベンツ――かと思いきや、普通の自家用車だった。

 

「ふっ、意外かな?」

「え? まあ、そう……ですね。自宅が豪邸なので車もそうかと」

「ああ、この家は夫が建てたんだよ」

「ご結婚なさってるんですね」

「いや、だ」

「離婚なさったんですか?」

「ただの死別だよ」

「――! すみません」

「気にすることはない。もう10年も前になる。――さて、さっきの質問に答えようか」


 そう言って乗り込むと、運転席との間にあるシャッターを閉める。


「防音仕様だ。よほど大きな音を出さなければ彼女と運転手には聞こえない」


 なるほど、密談にはうってつけというわけか。どうやら普通の自家用車なのは見た目だけのようだ。


「さて。なぜ、三ツ矢女学院に戦力を集めるのかという話だったね」

「はい」

「その話をする前に、我が校のスローガンを知っているかな?」

「自立ですか?」

「そうだ、自立を重んじることで立派な淑女に育てる。というのがだ」

「表向きの?」

「おかしいと思わなかったか? いくら自立を重んじるとはいえ魔法M少女G協会Aの介入を拒むなんて」

「――!」


 言われてみればそうだ。あれだけ魔物に狙われていて、いくら結界があるとはいえ、なにがあるか分からない。もし生徒が傷ついて、万一死者なんて出たら……。


「ふっ、そんな深刻な顔をするな。少なくとも死者は出ていない。今ところはな」

「どうして魔法M少女G協会Aと距離を置くんですか?」

「……君は、天界をどう思っている?」

「天界を?」

「魔法少女を生み出し、魔物と戦わせている。余計な干渉はできないと言ってサポートは同じ魔法少女に任せ。これは100年以上変わらぬ体制だ。それについて、君の忌憚のない意見を聞かせてもらいたい」

「そうですね……。確かに投げっぱなしな仕事だと思います。アフターケアは引退後の護衛くらいだし、MP魔法少女ポイントについても最初はすごいとおもいましたけど、恩恵を受けられるのはごく一部に限られてしまう。正直サポート不足は否めませんね」

「そうだろうな」

「それと、前から気になってたんですけど、どうして魔法少女のシステムはゲームライクなんですか? 歩夢はゲームみたいなものと言ってましたけど、魔法少女の仕事は死と隣り合わせですよね」

「だからこそだろう」

「え?」

「死と隣り合わせの危険な仕事を自ら進んでやりたいと思うかね? それも年端のいかぬ少女が」

「……いえ」

「君たちは安全に魔物と戦えるよ。と、そううそぶいて少女たちをその気にさせる。そのためのシステムなのだよ」

「そんな! それじゃあまるで――」

「そう。まるで詐欺のようだろう? しかし頼れる人間は同じ魔法少女のみ。大昔から連綿と続く魔法少女、その後継どもは皆一様いちように使命感と誇りを持っている。そんな彼女らが、天界は詐欺師だ。一刻も早く引退したほうがいいなどと言うものかね?」

「それじゃ、……逃げ場を無くすために?」

「とてもさかしいやり方だ。目眩すら覚えるほどにな。伊達に神が作ったシステムではないよ」

「魔法少女って、神が作ったんですか!?」

「正確には少々違うが、概ねその通りだよ」


 神様がこんなMMORPGを基にしたようなゲームライクな魔法少女システムを考案したっていうのか? なんかイメージと違うな……。


「さて、少々話は脱線したが、改めて訊こう。天界についてどう思う?」

「なんだか、信用していいか分からなくなりました……」

「それが答えだよ」

「え?」

「我々は天界を信用できない。もちろん、その息が掛かった魔法M少女G協会Aもな。だから危険を承知で干渉を拒否している。天界に染まらない人材を育てるためにな。

 その結果として、三ツ矢女学院には有能な魔法少女が多く集まるようになった。姫嶋かえでを招いたのも、天界の目が届かぬ所に置いておきたかったのが理由の一つだ」

「それでマンションという餌をチラつかせたんですね? 私が食いつくと踏んで」

「そうだな、それは否定しない。どうにかして姫嶋かえでを三ツ矢女学院に引き入れることはできないかと理由を探していたら、そこへスレイプニルが新居を探してると相談に来たのでね、この好機を逃す手はないと思ったのだよ」

「まあ、おかげで助かりましたけど。でも本当にいいんですか? 高位ハイランクになったら家賃タダって」

「それは間違いない。高位ハイランク魔法少女になれば、約束通り家賃は免除だ」


 よっしゃー! 理事長の確約を頂いたぜ!!


「ランク報酬もあるし、早く高位ハイランク魔法少女になりたいなー」

「ランク報酬?」

「あ、理事長はまだご存知ないんですね。実は先日、高位ハイランク魔法少女の会議に参加させていただきまして、そこでランク報酬というものが新設されると発表があったんです」


 ランク報酬について詳しく話すと、「なるほどな」と小さく頷いた。


「すごいですよね!」

「ああ、確かにすごい。だが気になるのは天界がそれを承認したということだ」

「どういうことですか?」

「考えてもみたまえ、魔物を浄化するだけで大量ポイントが手に入るのなら、天界が定める浄化ポイントの存在意義が無くなるだろう?」

「そう……いえば」

「気をつけたほうがいい。美味い話の裏には必ず罠がある。モチベーションにするのは構わないが、鵜呑みにして手放しで信用すると痛い目に遭うかも知れんぞ?」

「そうですね、気をつけます。それにしても天界が怪しいなんて、全然思いもしませんでした。私はけっこうスレイプニルに助けられているので」

「それが、だとしたら?」

「どういうことですか?」

「基本的にスレイプニルも放任主義だ。魔法少女の契約と死体の処理、なにか大きな事件でもない限りはそうそう姿を現さない」

「え? そうなんですか?」

「君のところにはしょっちゅう現れているようだね」

「はい。まあ私が緊急コールを使うせいもありますけど」

「緊急コール?」

「はい、魔法の杖のボタンを3回連打するとスレイプニルに緊急信号が送られる仕組みです。て、ご存知ですよね」

「いや。知らんな」

「……え?」

「そんな機能は、魔法の杖にはない。これは断言できる。現に今の今までそんな機能は聞いたこともないし、使ったという話も聞かない」


 どういうことだ? 緊急呼び出しは魔法の杖の標準機能じゃないのか?


「どうやら、思ってた以上に姫嶋かえでは貴重なサンプルのようだ」

「……ぷに助の話だと」

「ぷに助?」

「え? あ、すみません独り言が漏れてました! えと、スレイプニルの愛称というか略称です。ぬいぐるみみたいな奴だったので、私が『お前なんてぷに助で十分だ』と言って、それ以来」

「ふっ。なるほど、ぷに助か。いいじゃないか」

「ありがとうございます」


 まさか理事長にウケるとは思わなかったぞ。


「それで、そのぷに助の話だと、なんだ?」

「私の器を常時監視してるというんです」

「――! 伏せろ!」

「え!?」


 言われて慌てて伏せる。しかし特になにも起きない。


「常時監視してると、そう言ったんだな?」

「は、はい」

「であれば、今この密会も知られている恐れがある」

「あの、伏せてるとバレないんですか?」

「魔法少女の器は、伏せ状態ではノイズが乗りやすいのだよ」

「そうなんですか!?」

「これはごく一部の魔法少女しか知らないことだ。他に漏らすなよ」

「は、はい」

「いいか、次にスレイプニルに会うことがあれば、どんな質問をされても白を切れ。私と天界について話したことは決して悟られるな。それと、学院内で起きたこと。特に魔物絡みの話はするな」

「分かりました……。あの、その代わりと言ってはなんですが、またお話を聞かせてもらえますか?」

「いいとも。魔法通信は使えないから連絡先を教えておこう」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「私は事情を知る協力者の一人だからね。それに、君のことは気に入ったよ」

「え?」

「ところで樋山楓人君、彼女はいるのか?」

「彼女ですか? いませんね……」

「では、私の孫娘を紹介しようか」

「孫娘!?」

「なにを驚く? 夫と死別したとは言ったが、子供がいないとは言ってないぞ」

「そうでしたね……。えーと、やっぱり三ツ矢女学院に通われているんですか?」

「ああ。私よりも優秀な子だよ。今は50キロメートルエリア担当だ」

「え!? 三ツ矢女学院に50キロメートルエリア担当いるんですか!?」

「今は2人いるよ」


 おいおい、戦力過多にも程があるぞ!


「うち一人は大学生だがね。孫は高校1年生だ」

「えっ、高校生ですか?」

「そうだ。なにか問題でもあるかね?」

「いやいや、問題しかないでしょう!? 私は35歳ですよ!?」

「構わんよ。私が気に入ったと言えば娘も首を縦に振るだろう」


 それは、なんというか圧力的なことなんじゃないか?


「孫娘には私から伝えておく」

「え!? 本当にお付き合いするんですか!?」

「ふっ、そう慌てるな。あくまでだ。孫娘が気に入らないと言えば話は終わりだ」

「まあ、それなら……」

「本当は娘が適齢なんだが、皆結婚してしまったからな」

「え? 失礼ですがお子さんは何人いらっしゃるんですか?」

「5人だよ」

「子沢山ですね……」

「夫がどうしても男の子が欲しかったようでね。あの頃は若かったし、毎晩限界まで付き合わされたよ」


 そんな生々しい話していいのかよ……。


「が、その甲斐もなく全員女でな。女系一家となってしまった」

「ということは、理事長にも兄や弟はいないんですか?」

「ああ。死んだ姉と妹がいる」

「そうなんですか……。ちなみに魔法少女の割合としては?」

「魔法少女は私と孫娘だけだ。どうやら突然変異的に私の中に強力な魔法少女の器が生まれたようでね。その血を色濃く受け継いだのが孫娘だ。

 先ほど君の器は稀有だと言ったが、孫娘の器もかなり希少だ。100キロメートルエリア担当も狙えるだろう」

「そんなに!? すごいですね……」

「君が例外的なだけで、孫娘も歴代トップ10には入るよ。学校の成績も文句なしだ。将来のパートナーとしても申し分ないだろう?」

「将来のって、結婚ですか!?」

「そんなに驚くことではないだろう。……それと、伏せ状態はもういいぞ、楽にしていい」

「あ、はい」


 車内で伏せ状態はなかなかしんどかった……。


「孫娘さんのお名前は?」

「悠月だ。中原悠月ゆづき


 高校生の中原悠月か。あとで調べておこう。

 話していると、あっという間に会談の料亭に着いた。


「肝心な話はまた今度にしよう。日にちは追って連絡する」

「え? 電話じゃなく?」

「それだけ重要な話だということだ。……もう昼か。ここで食べていくか?」

「いえ! お気持ちはありがたいんですが、北見校長にカレーを用意していただく約束ですので」

「カレー……。ああ、あれか」

「理事長もご存知なんですか?」

「中原で構わないよ。あのカレーは確かに絶品だ。三ツ矢女学院でしか食べれないからね、よく味わうといい」

「はい! それではこれで!」


 最後に連絡先を交換して、誰もいない所へ移動してからステルスモードをオンにして学院へと飛ぶ。


「そういや、あの手紙はなにが書いてあったんだ?」


 *   *   *


「ふっ」


 中原は手紙の内容を思い出して笑う。


「どうされました?」

「いや、ただの思い出し笑いだよ。やはりあの子は有能だ」

「あの子? そういえば、あの姫嶋かえでという子、?」

「ああ。今は10キロメートルエリア担当だ」

「あの歳でですか……。優秀なんですね」

「高校生で50キロメートルエリア担当のお前が言うと、皮肉にしか聞こえないな」

「そんな! 正直な感想ですよ」

「近く、お前に会わせたい人がいる。予定を空けておきなさい」

「またですか? お見合いはもう結構ですよ」

「いや、今回はただの紹介だ。気に入らなければ蹴って構わない」

「……珍しいですね、お祖母様がそう仰るなんて」

「ああ。私のお気に入りだからね。お前もきっと気に入るよ」

「では、楽しみにしておきます」

「さて、狸親父の相手でもしようか」


『中原理事長へ

 あなたから聞かされていた姫嶋かえでさんは本当に面白い子ですね。まるでビジネスマンが女の子になったよう。悪巧みなら、今度私にも話してくださいね。』



 To be continued→

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