第179話 戻れる可能性

「元に戻れる……?」


 元の、樋山楓人に戻れる? もし本当に戻れるなら、俺は……。

 と、返事をする前にコンコンとドアがノックされた。


「失礼します。真島会長との会談のお時間が迫っております」

「少し遅れると言っておいて。準備はいつも通りに」

「畏まりました」


 連絡事項だけ済ませると、家政婦さんは一礼して退出した。


「彼女は魔法少女なんですか?」

「いや、民間人だよ」

「え? それだと魔法少女に関する話題を気軽に話せないのでは?」

「私はあくまで三ツ矢女学院理事長だ。それに魔法少女としてはうの昔に引退している。普段は魔法少女の“ま”の字も出ないよ」

「引退といえば、確か護衛がつくんですよね? 今もいるんですか?」

「ああ、護衛なら一人いるよ。普段はまったく意識してないがね。……それにしても、随分と質問が出るな。好奇心かね? スレイプニルから説明は受けなかったのか?」

「あー、スレイプニルはなんだかんだ肝心な部分はなんの説明もしないんですよ。三ツ矢女学院についても協力者の生徒や北見校長に色々と教わってますし」

「職務怠慢だな。私から言っておこう」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「気にするな。私もできる限りの協力は惜しまないよ」


 よし、これからクレームは理事長に言おう。

 

「それで、元に戻れるっていうのは……」

究極魔法ウルティマギアは知ってるね?」

「はい。膨大な魔力と複雑な術式が絡む魔法だとか」

「その究極魔法ウルティマギアの中には100キロメートルエリア担当にのみ許されるオールドタイプのものがある」

究極魔法ウルティマギアにもオールドタイプがあるんですか」

「ああ。しかし通常のそれより遥かに扱いが難しく、それでいて実用性は低い。それでも100キロメートルエリア担当にのみ許されているのは、その威力や効果が途轍もなく大きいからだ」

「もしかして……その中に、私が戻れる可能性のある魔法があるんですか!?」

「あくまで、私の推測による希望的観測だがな」

「でも、そんなものがあるなら、どうしてスレイプニルは言わなかったんでしょう?」

「恐らく忘れ去っているのだろう。そもそもオールドタイプの究極魔法ウルティマギアの存在を知る者は少ない。天界でもそう多くはいないだろう」

 

 それを把握してる中原理事長がすげーよ。


「それに、オールドタイプの魔法はそもそも未解明の領域が大き過ぎる。現代に開発された魔法はなにが起こるのかが100%保証されているが、オールドタイプは予期せぬ問題が起きやすい。だから、スレイプニルが把握していたとして許可するとは思えない」

「中原理事長なら許可してくださるんですか?」

「いや。少なくとも今の段階では無理だろう。究極魔法ウルティマギアは本来、複数人で発動させるものだ。それがオールドタイプともなれば尚のこと。いくら私が声を掛けたとして、そう簡単に協力者は集まらないだろう」

「ということは……」

「ああ。君がその究極魔法ウルティマギアを使いたければ実力を示し、誰もが高位ハイランク魔法少女であると認めるデセム・マギア――100キロメートルエリア担当になるしかないだろう」


 ぷに助から負担が減ると聞いて50キロメートルエリア担当を目指すと決めた。しかし、俺が樋山楓人としての日常に戻るためには100キロメートルエリア担当になる必要が出てきた。

 保証はない。あくまで中原理事長の推測に過ぎない。だがそこに可能性と希望があるのなら、やるべきだろう。本当なら一刻も早く間宮楓香に魔法の杖を渡すべきなんだ。


「……」

「迷いがあるのかね?」

「いえ、迷いというか……。私を――いや、姫嶋かえでの事が好きで、大切に想ってくれてる魔法少女が何人もいて。その子らには申し訳ないな……と」

「心配ない。事後処理は私が引き受けよう」

「……どうしてそんなに親身になってくださるんですか?」

「不思議かね?」

「だって、魔法少女として利用できなくなるんですよ?」

「ふっ。私は利がなければ動かない薄情者に見えるか?」

「い、いえ! そういうわけじゃ……」

「気にするな。ただの人助けだよ」

「はぁ」


 何か裏がありそうな気がしたが……考えすぎか。


「まあ、どうするかはゆっくり考えておきたまえ。今すぐに答えるものでもない」

「そう……ですね」

「ああ、それと最後に一つ。元に戻る選択は魔法少女の関わりを断つことになる。それだけ覚えておきなさい」

「はい。分かりました」


 中原理事長のおかげで大きな目標が見えた。

 そもそも魔法少女としての体があるとはいえ、周りの女の子を騙し続けているようなものだ。歩夢にはバレかけて、紫には完全にバレた。いつ破綻してもおかしくはないんだ。


 そう。俺は樋山楓人なんだ――。



To be continued→

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