第177話 手紙

 ――朝。

 鳥の鳴き声と太陽の光で目を覚ます。


 なんて表現するとまるでお嬢様の起床シーンみたいだ。でも実際、三ツ矢女学院の寄宿舎にお世話になってからというもの、すっかりこの生活リズムが身についてしまった。


「健康的っちゃあ健康的だよな」


 夜遅くまで残業して朝早く出社して休みは週に一度あるかどうか、半年前までそんな生活してたのが嘘のようだ。

 いや、お嬢様学校の寄宿舎で寝泊まりしてる生活のほうが嘘のようだが……。


「おはようございます!」

「おはようございます、御坂さん」

「今日のお昼はカレーです!」

「え?」

「今日は某有名カレー店が出張で来てくれるんですよ! これを食べないでどうしますか!」

「そ、そうなんだ」


 ポンコツ隊長にもだいぶ慣れてきたなぁ。


「ところで授業間に合うの?」

「授業?」


 首を捻って部屋の時計を見る。


「あっ! 遅刻です! 遅刻ですよ姫嶋ちゃん!」

「急いで転ばないようにねー」

「大丈夫です! こう見えてあたしは陸上部にスカウトされたことがあるんです!」


 いや、それと転ばないようにするのとは別では?


「夜にカレーの感想をお聞かせしますね! では!」


 本当に、朝から台風みたいな子だなぁ。

 しかし、カレーか。気になる……。


 *   *   *


「ダメですよ」


 ダメ元で北見校長に直接確認してみた。


「やっぱりダメですか……」

「しかし、御坂さんから聞かされて食べれないというのも可哀想ですねー。あそこのカレーは本当に美味しいですし」

「じゃあ!」

「食堂はダメですよ。どうしたってバレる恐れがありますから」

「ですよねー……。え? 食堂は?」

「ここで食べるなら問題ないでしょう」

「いいんですか!? あ、でもここで食べたらお邪魔になるじゃ……。寄宿舎の自室で食べますよ」

「姫嶋さん、寄宿舎の自室での飲食は厳禁ということ、お忘れですか?」

「あ! そうでしたね」

「お昼になったらここへ運んでもらいましょう」

「ありがとうございます!」

「ただし」

「……お仕事、ですか?」

「ええ。理解が早くて助かります」


 三ツ矢女学院での生活はそれなりに自由に過ごさせてもらってるが、その代わり一つだけルールがある。なんらかの要望・要求がある場合はお仕事と引き換えに、というもの。

 要は「働かざる者食うべからず」のシステムだ。


「それで、お仕事は魔物の浄化ですか?」

「いえ、お手紙を届けて欲しいんです」

「え? 手紙……ですか?」

「はい。とても大事なお手紙なので、ちゃんと届けてくださいね」


 手紙を届けるなんて、急ぎなのか?


「お急ぎですか?」

「いいえ。でも、あなたに届けて欲しいんです。姫嶋さん」


 俺に? なんらかの意図がありそうだが……。手紙を届けるだけでカレーが食べれるなら安いものだな。


「分かりました」

「ありがとうございます。住所はここに書いてあります」


 と、封蝋で閉じられた手紙を渡される。住所はそう遠くない。


「では、お気をつけて」

「はい。行ってきます」


 校長室を後にすると、ステルスモードがオンになってるのを確認して空を飛ぶ。


「魔女ならぬ魔法少女の宅急便かな?」


 魔法少女で飛ぶと数キロメートルの距離もほんの数分だ。数秒でも行けるが、そんなに速く飛ぶ必要もないし、行き過ぎてしまう。


「ここら辺りかな?」


 止まって下を見ると、そこは高級住宅街だった。


「げっ! さすが北見校長の知り合い。どんなお偉いさん宛てだ?」


 えーと、中原……中原……。


「あ、ここだ」


 ザ・豪邸って感じだな。個人宅にこんなでっかい門いるのか?


「おっと、一応ステルスモードをオフにして、私服に変えとくか」

  

 さすがに平日の午前中、名門学校の生徒がこんな所にいるのはマズいだろう。 

 インターホンを押すと、「はい。どちら様でしょうか」と若い女性の声が聞こえた。


「えーと、姫嶋かえでと言います。中原陽子さんにお手紙を預かって来たんですが」

『お待ち下さい』


 しばらくして、「どうぞ、お入り下さい」と門が開けられる。

 これ電動かよ……。


「お邪魔しまーす」


 恐る恐る門をくぐる。……って、ここまだ庭だぞ。こっちは公務(?)で来てるんだ、ビジネスみたいに堂々と行こう。

 玄関ドアを開けて、今度こそ「お邪魔します」と玄関に入る。


「姫嶋様ですね」

「え? あ、はい。そうです」

「こちらへ」


 この声、さっきインターホンで対応してくれた人だ。家政婦さんにしてはえらく若いな。


「姫嶋様が来られました」

「入って」


 中から年配の女性と思われる声がして、家政婦さんがドアを開けてくれた。


「いらっしゃい」

「はじめまして……」


 声は年配と思ったが、薄紫の髪を綺麗にまとめ、細渕の眼鏡がキリッとした印象の若々しい人だった。

 

「ん? どうしたの?」

「あ! いえ! こちら北見校長先生からのお手紙です」

「ありがとう」


 手紙を渡すとペーパーナイフを使い、慣れた手つきで封筒を開ける。


「……。君、姫嶋と言ったね?」

「はい」

「私のことについて、なにか聞かされているかね?」

「いえ、なにも……」

「ふっ。あの子の悪い癖だ」


 何が何だか分からずポカーンとしていると、「マンションの住心地はどうかな?」と訊かれた。


「え? はい、とても良いですけど……」


 あれ? なんでマンションのこと……。

 ――あっ!!


「思い至ったようだね。私が三ツ矢女学院理事長の中原陽子だ」



 To be continued→

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