第158話 有紀寧先輩

 未確認の未知の魔物。もしそれがミューラという魔物なら、当然【エクスカリバー】で倒した魔物より強いことになる。あの戦闘狂に【エクスカリバー】を使わないと勝てなかったのに、それより強いなら俺は手も足も出ない。

 ミューラが陽奈の失踪に関わっているとしたら、協力者だけじゃ足りない。今のうちに花織さんを呼ぶか?


「姫嶋様、どうかされましたか?」


 陽奈を探しに学院の南側へ向かう途中、ミューラのことを考えていて水鳥の声でハッと我に返る。

 

「え? ああ、なんでもないよ。ちょっと考えごとをね」 

「……陽奈の裏切りについて、ですか?」

「うん」

「申し訳ありません。私が余計なことを言ったせいで……」

「水鳥は悪くないよ。むしろ最悪の可能性を提示してくれたのはありがたい。心の準備ができるからね」

「姫嶋様――! なんとお優しい……」

「それにしても、水鳥は随分と嬉しそうだね」

「はいっ! 校長先生の素晴らしい采配で姫嶋様とご一緒できるんです! こんな時に不謹慎ながら幸せを禁じ得ません!」

「ところで、水鳥は探知とか捜索は得意なの?」

「いえ、私はどちらかというと戦闘のほうが得意なので」


 まあ確かに、あの戦闘狂に立ち向かったくらいだしな。


「あ、そういえばなんか呪文みたいなの唱えてたよね。あれなに?」

詠唱魔法インカンテーションのことですか?」

「詠唱魔法?」

「はい。魔法には大きく分けて詠唱魔法インカンテーション非詠唱魔法ノン・インカンテーションがあるんです。多くの魔法少女は非詠唱魔法ノン・インカンテーションを使いますね」

「なんで水鳥は詠唱魔法インカンテーションを使ってるの?」

詠唱魔法インカンテーションには大きなメリットが二つあるんです。ひとつは威力、もうひとつは使ということです」

「なんだって!?」


 威力のことも気になるが、登録しないで使えるというのは確かに大きなメリットだ。もしかしたら俺にも……。


「登録してなくていいなら、私にも使えたりする?」

「使えなくはないんですが……」

「なにか問題があるの?」


 担当する南のエリアに到着して探知用レーダーを全開にする。


「……いませんね。問題というほどではないんですが、デメリットが二つあります。ひとつは使いたい魔法を杖に登録するように、詠唱魔法用の術式を杖に埋め込む必要があるんです」

「ていうことは、他の魔法が使えないの?」

「小さい魔法なら使えます。強力な魔法は大きな容量が必要なので」

「そ、そんなに容量が必要なの?」

「はい。なので私は実質的に詠唱魔法インカンテーションしか使えません。デフォルトのピュアラファイは使えますが」

「もう一つは?」

「時間です。当たり前のことですが、詠唱魔法インカンテーションを使う時は詠唱が必要になります。どんなに小さな魔法でも詠唱が必要なので隙が大きくなり、使い勝手はあまり良くないんです」

「ちなみに詠唱破棄なんてのは?」

「残念ながら、仕組み上それはできません」


 だよな、そんなことできたら高位ハイランク魔法少女が皆使ってるはずだ。


「魔法の杖の容量、時間と詠唱中の隙か……。それなら使いたい魔法を登録したほうが早いってなるね」

「はい。なので、高位ハイランクにも詠唱魔法インカンテーションを使ってるのはごく一部なんです」

「じゃあ――」


 もう一つ訊ねようとすると、センサーに何かが引っ掛かった。


「水鳥!」

「はい! 援護します姫嶋様!」


 ――この気配は、陽奈じゃない?


「あら? 風間さんじゃありません?」


 建物の陰から出てきたのは、縦ロールの金髪美女だった。

 

「有紀寧先輩!」

「え? 誰?」

「芦森有紀寧さんです。学院にいる魔法少女の中でもトップクラスの実力がある高校2年生です」

「高校生? ここって高校生もいるの?」

「はい。お嬢様学校と呼ばれる多くの学校は中学と高校が同じ敷地にあるんです。三ツ矢女学院もそうです」

「あら、その子はどなたですの?」

「転校してきた子です」

「転校?」

「はい」

「姫嶋かえでと言います。よろしくお願いします」

「かえでちゃんね、よろしく。――ところで、貴方たちはこんなところでなにを?」


 聞いてないのか? 同じ敷地でも中学と高校は別ってことか。


「実は、中学2年の有栖川陽奈が行方不明になりまして」

「あら、陽奈ちゃんが?」

「ご存知なんですか?」

「もちろん知ってるわよ。彩希ちゃんの妹でしょ?」

「そうです」

「そういうことなら、わたくしもお手伝い致しますわ」

「いいんですか!?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます!」


 水鳥がこんなに嬉しそうだなんて、よほど頼りになる人なんだな。


「それじゃあ、見つかったら連絡しますわ」

「よろしくお願いします!」


 どうやら別ルートで探すらしい。どこかへ行ってしまった。


「そんなにすごい人なんだ?」

「え?」

「水鳥すごく嬉しそうだったから」

「いえそんな! 私が敬愛するのは姫嶋様だけです!」

「あはは、そういう意味じゃないよ。それに、慕ってくれてるのはよく分かってるよ」

「姫嶋様……」

「どういう人なの? あの芦森さんて」

「中学の時に2度、高校1年の時にも牡丹賞を受賞した天才魔法少女です」

「牡丹賞?」

「毎年各学年で選ばれる最優秀生徒に贈られる賞です」

「そ、そんなにすごいんだ……3回もか」

「ええ。まあ、もっとすごい伝説の生徒もいましたが」

「伝説の生徒?」

「はい。全学年で牡丹賞を受賞するグランドスラムを達成した天才中の天才です」

「はは……」


 そこまでいくと、なんだかもう現実味がないな。


「でも、すごい人だってのは分かったよ」

「はい。有紀寧先輩が動いてくださるのは心強いです」


 天才魔法少女か。当たり前だが高校生の中にも魔法少女がいるんだな。100人いる10キロメートルエリア担当のほとんどが東京周辺にいるんじゃないか?


 それにしても、未だに陽奈の痕跡が見つからない。他の魔法少女からの連絡もない。最悪の事態になったら、俺は彩希になんて言えばいいんだ……!


「水鳥、早く陽奈を見つけよう!」

「はい!」


 陽奈は俺が助けてみせる!



 To be continued→

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