第156話 勝負の夜④ - Malédiction et urgence

 昔聞いたことがある。物心がつく頃に。


「あの子はだれー?」


 たまたま有栖川うちに用事があったのだとかで、母親らしき女性に連れられてやって来た女の子。

 形容するなら、「人形みたいな」まさにその言葉はこの子のためにあるんじゃないか。そう思わせるほど可愛らしく、美しかった。


「昔、有栖川に嫁いだ家の者だよ。女の子のほうはゆかりと言ったかな」

「ゆかりちゃん……?」


 父様からそう教わった。紫――なんと気高く美しい名だろうか。

 そして、父様はこうも言っていた。


「廷々家がうちに来なければ……」

「なーに?」

「いや、なんでもないよ」


 その時の父様は、少し悲しく見えた。


 *   *   *


「あなた、廷々ていで家の者ね?」

「……」

「なっ!」


 楓人さん、本当に正直な人ね。間違いなさそう。


「はい。以前は理由わけあって苗字を偽っておりました。大変申し訳ありません」


 素直に認めて深く頭を下げる。やっぱり、悪い子じゃない。


「いいわよ。廷々家とのいさかいは聞いてるし、隠したくなるのも分かるわ。そんなことよりも」


 キッと楓人さんを睨むと、蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。


さんはどうして、遠い親戚なんて嘘をついたんですか?」


 にっこり笑うと楓人さんは「えーと、その……ですね」と挙動不審になる。


「それは、私の提案なんです」

「え?」

「楓人さんから、若い子とどう話していいか分からない。といった相談を受けまして、それなら私が同席しましょうと提案しました。そのさいに、妹や恋人は無理があるということで、遠い親戚ということに」

「そうだったの。……本当なの? 楓人さん」

「あ、うん。実はそういうことで……。騙した形になってしまって、本当に申し訳ない」


 楓人さんは本当に悔いているんだろう、紫ちゃんよりももっと深く頭を下げる。


「ふぅ……。もういいわ、分かった」

「え、許してもらえる?」

「ええ」

「良かったぁ……」


 楓人さん、尻に敷かれるってタイプね。ふふ、ちょっと楽しみかも。


「でも、どうしてそんな簡単に許していただけるんですか?」

「どうしてって?」

「廷々と有栖川には浅からぬ因縁があるはずです」

「ええ、聞いてるわ」

「因縁って……どんな?」

「廷々が有栖川うちに嫁いで来てから呪われるようになったって」

「の、呪い?」

「あはは、そんなの無いわよ。ただ、有栖川の女の子が不審死したり行方不明になることがあって、それがと言われてるの」

「――!」

「実はね、あたしの母様も行方不明になってるの」

「え!? それっていつから?」

「あたしが生まれて間もなくだから、23歳頃って聞いてるわ」

「そうでしたか……」

「ああ、気を遣わなくていいわよ。それより、紫ちゃん奥の部屋に行かなくていいの?」

「そうですね、お邪魔しました」


 ペコリとお辞儀して奥へと行った。


「それにしても楓人さん、どうやって知り合ったの? あんな可愛いと」

「え? ああ、仕事の関係でね」

「仕事? 紫ちゃんプログラマーなの?」

「いや、仕事の関係といってもSEシステムエンジニアとは無関係だよ」

「そうなの」


 じゃあどういう知り合い? と訊くのはやめておいた。もう少しイジメたい気はするけど、あまり問い詰めるのも可哀想だ。


「ところで、例の案件は進捗どうですか?」


 食事が終わり、雑談タイムに入る。


「ああ、それなら問題ないよ。少し遅れたけど間に合わせる」

「さすがね。でもどうして遅れたの?」

「ちょっと最近調子が悪くて」

「え? 大丈夫なの?」

「うん。もう治ったよ」

「体には気をつけてね。仕事は少しくらい遅れてもいいけど、楓人さんが倒れたら困るわ」

「はは、大丈夫だよ。ありがとう」


 仕事が遅れてもいい? あたし、何言ってるんだろ。そんなこと言ったの初めて……。でも、仕事が遅れるよりもなによりも、楓人さんのほうが大切だって思った。


「……ねえ、楓人さん」

「なに?」

「あたし、楓人さんのこと――」


 意を決したその瞬間、携帯電話から着信ありのバイブが鳴った。


「もう、なんなの? ちょっとごめんね」

「いいよ」


 席を離れて化粧室へ行きスマホを見る。案の定、敷根来馬くるまからだった。


「もしもし? 今夜は大事な用があるからって言ったわよね?」

『申し訳ありません。緊急でしたので』

「緊急?」

『はい。先ほど陽奈様が行方不明と報告がありました』

「陽奈が!!?」


 うそ……うそよ。陽奈が? なんで……どうして……。

 まさか、まさか本当に……廷々の呪い!?

 居ても立ってもいられず、化粧室を飛び出した。


「彩希?」

「ごめんなさい楓人さん、急用なの」

「分かった。会計は任せて、早く行って」

「ありがとう」


 陽奈、無事でいて……!



 To be continued→

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