第155話 勝負の夜③ - roues dentées engrenées

 楓人さんと出会ってから、あたしは変わったらしい。


「姉さま、なにか良いことありました?」

「え? 特にはないけど?」

「そうですか。なら、気になる男の子でもいるんですか?」

「なっ!? 久しぶりに家に帰ってきたと思ったらなに言い出すのよ! ていうか、あたしの部屋でゴロゴロしながら雑誌読むのやめなさいよね」

「だって、顔に書いてありますよ。恋してますって」

「な、なにバカなこと言ってんのよ」

「私は応援しますよ」

「……え?」

「私たちは、祖父あの人がいる限り有栖川の孫娘という呪縛からは逃れられません。姉さまが辛い経験をなさったのも知ってます。だから私は恋を諦めました」

「陽奈……?」

「でも、姉さまには幸せになって欲しい。たから私は応援します」

「なんで陽奈が諦めてあたしだけ幸せになるのよ? 二人とも幸せになればいいじゃない」

「……分かってませんね」

「え?」

「姉さまが嫁いだら、誰が有栖川を継ぐんですか?」

「まさか陽奈、あんたが三ツ矢女学院に行ったのって……」

「そうですよ。私が有栖川を継ぐためにです」

「どうして!? なんで陽奈が犠牲になったみたいになってるのよ!」

「べつに犠牲になったつもり、ないですよ?」

「え?」

「これは祖父あの人に強要されたわけでも、お父様に説得されたわけでもありません。私の、自分の意志で決めたことです」

「本当に……?」

「姉さまに誓って、嘘なんて言いませんよ」

「でも、それじゃ陽奈の幸せは……」

「姉さま、今は多様化の時代ですよ?」

「え? どういうこと? まさか女の子と……」

「姉さま、想像が飛躍しすぎです」

「うっ、すみません……」

「幸せの形はそれぞれだということです。恋をして結婚して子供を産んで……。そういう、いわゆる女の幸せもありますが、それとは別の幸せだってあるんです」

「じゃあ、陽奈の幸せってなによ?」

「それは秘密です」

「えー! いいじゃない!」

「そうですねー、それなら姉さまの好きな人の情報と交換ならいいですよ」

「うっ……」

「ほら、やっぱり恋してるじゃないですか」

「なっ! は、ハメたわね!!」

「姉さまったら、私より頭良いのに恋愛となるとバカになりますよね」

「ば、バカってなによー!」

「可愛いってことです」

「もう……。陽奈なんて知らない!」

「あの時とは違いますから」

「……え?」

「なにもできなかった、あの時とは違います。あの辛い経験をした姉さまが恋に落ちた相手ならば、それがどんな人であろうと運命の人ですよ」


 そうだ。あの時、初めて会ったあの瞬間からあたしは……。


「だから、その人はなにがあっても姉さまを悲しませることはしませんよ。例え、どんな結末になろうとも」

「……それ、どういう意味?」

「そろそろ行きますね」


 陽奈は読んでた雑誌をラックに戻して立ち上がる。


「ちょっと、意味深なこと言い残さないでよね!」

「大丈夫ですよ。ただの予言ですから」


 陽奈は、昔から不思議な子だった。時折妙に言葉に重みがあったり、突然予定を変更したと思うと事故や不幸なことを回避できたりした。

 そんな陽奈が意味深なことを言う時は、それはもうだ。だから、今陽奈が言い残した予言は、100%近くの高確率で当たる。


 *   *   *


 ……陽奈の予言は当たる。つまり、楓人さんはどう転んでもあたしを悲しませることはない。ということだ。

 運命の確信と、陽奈の予言。この二つがあるから、あたしは


「美味しかったですね」

「ああ。相変わらずここの料理は絶品だな。……まだ2回目だけど」

「じゃあ、これからは毎年食べに来ませんか?」

「毎年? いつ来るんだ?」


 もちろん、結婚記念日に!

 ……はさすがに飛躍しすぎね。落ち着きなさい彩希。ここで一歩を踏み込むのよ!


「こ……」

「こ?」

「こ、ここってバースデーメニューがあるのよ!」

「ああ、なるほど誕生日に! ……あーでも二人なら年に2回になるか」

「へ?」

「だって、彩希の誕生日と俺の誕生日。2回あるだろ?」


 しまったー!!

 ていうか、「恋人記念日に」でしょうが! なによ誕生日にって! 一歩踏み出すんでしょ!


「あ、あーそうね! それなら、こ、こい」

「こい?」

「こい――」

「あら、楓人さん」


 ――あたしは

 一度会ったことがある。名前は確か……紫。

 遠い親戚と言っていたはず。なら、あの子が楓人さんに向けるあの視線はなに? それに、て自然に呼んでた。


「紫!? ど、どうしてここに!?」

「? おかしなことを聞きますね。食事に来たんですよ。――あら、あなたは有栖川彩希さん」

「こんばんは、奇遇ね」


 平静を装わなくちゃ。ここで引いたら負ける!


「こんばんは。お二人でお食事中でしたか」

「ええ。楓人さんに誘って頂いたの」

「そうですか。では、私は奥のほうを予約してありますので」

「え?」


 奥って、この店の奥にある部屋は確か……VIPのはず。なんで楓人さんの親戚がそんな部屋を?

 待って、ずっと引っ掛かってたことがある。紫という名前、あたしは知ってるはず。どこで聞いた? いったいどこで――


『昔、有栖川に嫁いだ家の者だよ』


「思い……出した」


 政略結婚という形で有栖川に嫁いだ家の名だ!


「あなた、廷々ていで家の者ね?」



 To be continued→

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